皇帝陛下を交えた品評会
厨房へ戻った私は、先ほどまで頭の中で考えていたことをローザリンデに一気に話した。
「料理を一品ずつ考えるより、給仕そのものを何段階かに分けたほうがいいと思うんです。最初は軽い料理から始めて、その中で相手の文化を意識した料理を出す。次の給仕では肉を中心にして、今度は帝国側の料理をしっかり見せるんです」
私は身振りを交えながら説明し、頭の中にある食卓の配置まで指で描いてみせる。ローザリンデは作業台に並べた皿を眺めながら、半ば呆れたように、けれど興味深そうに耳を傾けていた。
「つまり、一度の食事で全部を見せるのではなく、順番そのものにも意味を持たせるということですか?」
「そうです。最後は甘いものとお酒ですね。最初から重たい料理ばかり並べたら、相手も疲れてしまいますから」
そう答えると、ローザリンデは小さく笑って肩をすくめた。
「料理だけでなく、食事そのものを組み立てるのですね。随分と大掛かりになりましたね」
「でも、そのほうが外交には向いていると思うんです」
私はそう言いながら、さらに考えを進めた。
一対一の外交なら、相手の文化に合わせた料理を中心にする。それでも、必ず帝国の料理を一品は入れる。
逆に複数の国や地域から人が集まるなら、それぞれの文化を少しずつ取り入れ、その合間に帝国の料理を挟んでいく。
「相手に合わせることと、こちらを捨てることは違いますから」
そう言った私を見て、ローザリンデは一瞬だけ目を丸くしたあと、納得したように頷いた。
「なるほど……」
そんな話をしながら試食用の料理を整えていくうち、私はふと、あることに気づいた。
「実際に食べてもらわないと分かりませんね」
「でしょうね」
ローザリンデが苦笑すると、私はさっそく試食相手を探すことにした。
こうして数時間後、厨房から運ばれた料理を前にして、マルク伯とガッティナーラが並んで座っていた。二人とも皿の数を見て、明らかに少し驚いている。
「……これは、全部食べるのか?」
マルク伯が並べられた皿を見回しながら尋ねると、私は首を横に振った。
「試食なんで一口だけ食べてもらえれば十分です。残った分は厨房に戻しますから、全部食べなくても大丈夫ですよ」
「それなら安心した」
マルク伯は胸を撫で下ろすような仕草を見せた。
「戦場だと、いつ補給が途絶えるか分からん。残すなど考えられなかったからな」
そう言って、彼は少し遠くを見るような目をしたが、すぐに料理へ視線を戻した。私はそれ以上、その記憶には踏み込まず、最初の皿を彼らの前へ置いた。
最初に出したのは、豆を魚や玉ねぎと一緒に柔らかく煮込み、香草と油で風味を整えた料理だ。
「これはスペインの食文化を意識しています」
私が説明すると、ガッティナーラはスプーンを手に取り、匂いを確かめるように軽く鼻を近づけてから一口食べた。目を細めながら味を確かめ、ゆっくりと頷く。
「豆を主役にしながら、魚で旨味を加えているわけですな。確かに、単なる豆料理とは違います」
続いて魚料理を出すと、今度はマルク伯が身を乗り出した。バターの香りに鼻を動かし、酸味のあるソースを少しだけ絡めて口に運ぶ。
「こちらも魚か。だが、さっきとは印象がまるで違うな」
「こちらはオランダ方面の食文化を意識しています。パンや野菜と合わせても食べやすいですよ」
マルク伯が頷く横で、ガッティナーラも小さく笑った。
「こうして並べると、一口ごとに違う土地を巡っているようですな」
「そこが狙いなんです」
私は嬉しくなって、次の皿を持ってくる。
今度は生のトマトにチーズを合わせ、緑の香草と油で仕上げた一皿だった。赤、白、緑という鮮やかな色が皿の上に並ぶ。
「トマト……ですか」
ガッティナーラが少し意外そうに皿を覗き込む。
「はい。これも新大陸の作物です。でも、料理としてはイタリア方面の食文化を意識しています」
私はそう答えたが、ガッティナーラは軽く指を立てて訂正するように首を振った。
「イタリアという一つの国の料理、と言い切るのは少し違うでしょう。今の時代は都市国家ごとに文化も違いますからな」
「そうでした」
私が素直に頷くと、ガッティナーラは柔らかく微笑んだ。
「それでも、地中海側の文化を意識していることは伝わります。特にトマトの赤が目を引きますな」
その言葉に、私は得意げに胸を張った。
「見た目も大事ですから」
続けて、ジャガイモを茹でて潰し、少量の小麦粉を加えて形を整え、再び茹でた料理を出す。
「ジャガイモは、こうして食べれば小麦を大量に使わなくても料理にできます。農村ではもっと簡単に茹でたり焼いたりして食べてもらえばいいですし、宮廷ならこうやって料理として整えられます」
フェルディナント大公が皿を覗き込みながら尋ねた。
「つまり、同じ作物でも、食べる場所によって使い方を変えられるというわけか」
「はい。庶民の食料としても使えるし、宮廷料理にもできます」
大公は納得したように顎へ手を添えた。
「そうなると、料理だけの話ではないな。農業や交易の話にもつながる」
「まさにそこなんです!」
私は思わず身を乗り出した。
「新大陸作物は珍しいだけじゃなくて、将来的には帝国の食料を支えるものにできます。小麦が育ちにくい地域でも、別の作物が育てば食料事情を安定させられますから」
その勢いに、マルク伯が苦笑する。
「料理の話をしていたはずなのに、いつの間にか農政の話になっているな」
「だって、食べるものがなければ料理もできませんから」
私が真顔で返すと、マルク伯は肩を揺らして笑った。
次に出したのは、干し葡萄や干し無花果、蜂蜜、酸味のある調味料と香辛料を使って仕上げた肉料理だった。
「こちらは東方の食文化を参考にしています」
肉を口にしたガッティナーラは、甘味と酸味の重なりを確かめるように少しだけ舌先を動かし、やがて頷いた。
「香辛料の使い方に東方らしさがありますな」
「相手に合わせる料理として使えると思います」
そして最後に、帝国側の料理として考えた仔牛肉を出した。
薄く切った仔牛肉に小麦粉、卵、パン粉をまとわせ、油で揚げたものだ。衣は厚くしすぎず、軽くきつね色になる程度に仕上げてある。
マルク伯が一口食べ、少しだけ目を見開いた。
「これは分かりやすいな。肉の旨味を残したまま、衣で食感を変えている」
「帝国の新しい料理として出したいんです」
私はそう答えながら、皆の表情を見回した。
すると、フェルディナント大公だけでなく、皇帝陛下までこちらを見ていた。
「……これまでの料理は、相手の文化を意識したもの。そしてこれは帝国そのものを見せる料理というわけか」
陛下はそう言って仔牛肉をゆっくり味わい、しばらく考え込んでから小さく頷いた。
「面白い」
その一言に、私は背筋を伸ばした。
「料理を使って相手に歩み寄り、その後で帝国を見せる。そして新大陸の作物を使って、その先にある帝国の未来まで見せるのです」
私は皿を指しながら説明した。
「だから、一度の食事の中にいろいろな国や地域の料理を入れるだけでは足りません。順番そのものが大切なんです」
皇帝陛下は黙って私を見つめていたが、やがてわずかに口元を緩めた。
「食卓そのものが、帝国の地図みたいになるということか」
「はい!」
思わず大きく頷く私を見て、マルク伯が呆れたように笑う。
「本当に楽しそうだな、お前は」
その言葉には答えず、私は次の料理を用意した。
焼いたトウモロコシを粉にして焼き上げ、小麦を少なくしてもパンに近い形で食べられるもの。そして、サツマイモを焼いたり蒸したりして、素材そのものの甘味を生かした料理だ。
フェルディナント大公はそれぞれを食べ比べながら、考え込むように眉を寄せる。
「これも、食料として考えれば価値が大きい。特に小麦だけに依存しなくていいというのは重要だな」
「そうでしょう?」
私は嬉しそうに頷いた。
「だから、珍しい作物として宮廷だけで使うんじゃなくて、少しずつでも農村に広げていきたいんです」
「なるほど」
大公が感心したように頷く横で、皇帝陛下もトウモロコシとサツマイモを見つめていた。
食事の最後には、卵と砂糖と小麦粉を使ってふんわり焼き上げた菓子と、バターや砂糖、卵、小麦粉を使った、もう少し密度のある菓子を並べた。
そして新しく考えた蒸留酒には砂糖と柑橘の果汁を加え、上に香りのよいミントを浮かべる。
マルク伯がグラスを持ち上げると、鼻先へ近づけて香りを確かめ、それから満足そうに笑った。
「これは酒なのか?」
「はい。でも砂糖や果汁の量を変えれば、甘さや香りを調整できます」
「なるほど。相手によって変えられるわけか」
ガッティナーラが横からグラスを覗き込み、感心したように頷いた。
「酒まで外交道具にするとは……」
「食事の最後ですから、気分よく終わってもらったほうがいいでしょう?」
私が何気なく答えると、その場にいた全員が顔を見合わせた。
やがて皇帝陛下がゆっくりとグラスを置き、私へ視線を向けた。
「相手の文化を尊重し、帝国の誇りを示し、そのうえで帝国の未来まで見せる。料理だけを考えているのではないのだな」
陛下の言葉に、私は少し緊張しながら頷いた。
「はい」
皇帝陛下はしばらく考えたあと、静かに告げた。
「これを実際の外交に使ってみるとよい」
その言葉を聞いた瞬間、私は思わず拳を握った。
「本当ですか?」
「うむ。実際に相手がどう受け取るのか、それを確かめるのもよいだろう」
ガッティナーラが微笑みながらこちらへ視線を向けた。
「では、最初の相手を決めなければなりませんな」
彼は少し考えるように目を伏せてから、静かに顔を上げた。
「ヴェネツィアがよいでしょう」
「ヴェネツィアですか?」
私が聞き返すと、ガッティナーラは頷いた。
「はい。ヴェネツィアは地中海とアドリア海の航路に大きな利害を持っています。オスマンの海軍力が強まり、南方では北アフリカ沿岸などを拠点とするイスラム系の海賊勢力も活動している。海上交易を守るためにも、ヴェネツィアとの関係は重要です」
ガッティナーラの声には、いつもの落ち着きの中にも外交官らしい慎重さがあった。
「海上交易、海軍力、オスマンへの備え……少なくとも、敵対を避けたい相手ですな」
「なら、料理でも歩み寄れそうですね」
私がそう言うと、フェルディナント大公が頷いた。
「それだけではない。ヴェネツィアとの交易を考えるなら、新大陸作物や農業技術の話へもつなげられるだろう。料理と交易と農業は、別々の話ではないからな」
私はその言葉を聞いて、ますますやる気が出てきた。
「では、最初の給仕は魚料理を中心にしましょう。豆も組み合わせて、ヴェネツィア側が親しみを感じやすいものから始めます」
「次に帝国の仔牛肉を出して、こちらの料理も見せる」
ガッティナーラが指を一本立てると、私は頷いた。
「その後にトマトやジャガイモを使った料理を入れて、新大陸の作物を見せる。最後はお菓子とお酒ですね」
「よい流れでしょう」
皇帝陛下が満足そうに頷いたことで、その方針が正式に決まった。
それからしばらくの間、厨房ではヴェネツィアの使節を迎えるための準備が続いた。今回相手になるのは、新しく遠方からやって来る一団ではない。すでに帝都の周辺に滞在しているヴェネツィアの使節へ招待を出し、その返答を待って晩餐の日取りを調整したのだ。




