いつものメンバーで試食会
厨房へ戻った私は、さっそくローザリンデに今まで考えたことを話した。
「ローザリンデさん、今度の料理なんですけど、普通の晩餐みたいに一皿ずつ決めるんじゃなくて、何回かの給仕に分けて考えたいんです」
「給仕に?」
ローザリンデが首を傾げる。
「はい。最初はスープや魚、豆、野菜みたいな軽いもの。次は肉料理を中心にして、最後に菓子や酒です」
「それなら、料理の組み合わせも大事になりそうですね」
「そうなんです」
私は頷いた。
「一回の給仕で一種類だけじゃなくて、いくつかの料理をまとめて出します。それぞれの料理で、どこの文化を見せるかまで考えるんです」
「なるほど」
ローザリンデが卓上へ目を向ける。
「かなり大掛かりになりそうですね」
「だからまず、試食してもらいましょう」
「誰に?」
「捕まえられそうな人から」
私が笑顔で答えると、ローザリンデは嫌そうな顔をした。
「……嫌な予感がします」
「大丈夫です」
「その言葉も信用できません」
そして数時間後。
「……なぜ私がここにいるのでしょうな」
厨房へ連れてこられたマルク伯が、ずらりと並べられた皿を見て眉を寄せる。
「試食ですよ、試食」
「その言葉が一番怖いのですが」
「私も同じ意見です」
隣に立つガッティナーラまで苦笑している。
「どうしてガッティナーラさんまで?」
「外交料理なのでしょう? それなら私にも確認する必要があるでしょう」
「そうですそうです」
私は満足そうに頷いた。
「では、一番目の給仕からいきます」
私は最初の料理を指差した。
「まずはスペインを意識した豆と魚の料理です」
豆を柔らかく煮込み、魚と玉ねぎを加え、香草と油で味を整えてある。
「こういう料理を最初にいくつか出して、そこから次の給仕へつなげます」
「では、いただきますかな」
マルク伯が匙ですくって口へ運ぶ。
「……ほう」
しばらく味わってから、頷いた。
「素朴ですが、これはいい」
「スペインの料理をそのまま再現したわけじゃないんです」
私は説明する。
「スペインの食文化を参考にしながら、帝国の厨房で作りやすい形に仕立てています」
「つまり、スペイン風の料理ではあるが、帝国で作った料理だと」
ガッティナーラが確認する。
「はい」
「なるほど。外交の席なら、その説明も大切でしょうね」
ガッティナーラが頷く。
「『スペイン料理を出しました』ではなく、『スペインの食文化を理解し、それを帝国の厨房で仕立てました』と言える」
「そうです」
私は嬉しそうに頷いた。
「次はこちら」
今度は魚料理を出す。
「ネーデルラントを意識しています。魚にバターと酸味のあるソースを合わせて、パンや野菜を添えています」
マルク伯が一口食べる。
「これは、酒に合いそうですな」
「そうでしょう?」
「こちらもさっぱりしていますね」
ガッティナーラも食べながら頷いた。
「最初の給仕だから、あまり重くしないほうがいいと思って」
「なるほど」
そして私は、次の皿を置いた。
「これはイタリア風です」
「……これは随分と鮮やかだな」
マルク伯が身を乗り出す。
赤いトマト、白いチーズ、緑の香草が皿の上に並んでいる。
「トマトは熱を加えず、チーズと香草、それから油を合わせています」
「赤、白、緑……」
ガッティナーラが皿を見つめる。
「見た目だけでも話題になりますね」
「そうでしょう?」
私は得意げに笑った。
「しかも、トマトは新大陸の作物です」
「これも新大陸か」
マルク伯が驚いたように呟く。
「はい」
「新大陸の作物をイタリア風の料理に仕立てたわけですな」
ガッティナーラが面白そうに笑った。
「これは外交の席には向いています。料理そのものが話題になりますから」
「でしょう?」
私は満足そうに頷いた。
「ただし、これはあくまでイタリア風の新しい料理です。今ある料理の名前をそのまま借りるわけじゃありません」
「それでいいでしょう」
ガッティナーラも頷いた。
「新しい料理なら、これから帝国で育てていけばいい」
「次は、これです」
私は小さな塊が並んだ皿を置いた。
「ジャガイモです」
「これも新大陸でしたな」
「はい。茹でて潰したものに、少しだけ小麦粉を混ぜて丸め、茹でています」
マルク伯が一つ口へ運ぶ。
「……これは面白い」
「ほとんど小麦粉を使っていないんです」
私は嬉しそうに説明した。
「だから、小麦の育ちにくい土地でも作りやすいんです」
「しかし、こうして食べると宮廷料理にもできる」
「それが狙いです」
私は頷いた。
「農民には実用的な食べ方として広めて、宮廷ではもっと綺麗に仕上げて出せばいい」
ガッティナーラが腕を組む。
「新大陸の作物を、イタリアの料理文化を参考にしながら帝国の農業政策へ繋げているわけですね」
「はい」
「これは面白い」
マルク伯ももう一つ手を伸ばした。
「……食べやすいですな」
私は思わず笑った。
「よし」
「何が『よし』なのです?」
「普及させられそうだなって」
私が答えると、ローザリンデが苦笑した。
「宮廷で試食しているのに、頭の中は農村ですか」
「もちろんです」
私は胸を張った。
「次の料理です」
私は肉料理を卓上に置いた。
「これは東方の料理を参考にしています」
肉に干した葡萄や無花果を合わせ、蜂蜜と酸味を加え、香辛料で風味をつけている。
「では、いただきますかな」
マルク伯が口へ運んだ。
「……甘いですな」
私は首を傾げる。
「嫌ですか?」
「いや」
マルク伯はもう一口食べる。
「肉には合いますな」
「でしょう?」
ガッティナーラも食べてから頷いた。
「これは『オスマン風』と銘打つより、古い東方の食文化を参考にした料理として出したほうがよいでしょう」
「私もそう思います」
私は頷いた。
「東方の文化を理解していることを見せながら、こちらにも古くから東方とのつながりがあったことを示せますから」
「まさに外交料理ですね」
ガッティナーラが静かに笑った。
その後、トウモロコシを使った料理と、サツマイモを使った料理も出した。
「トウモロコシは粉にして焼けば、パンに近い食べ方もできます」
私は説明する。
「これなら小麦が育ちにくい地域でも使いやすいですし、サツマイモは焼いたり蒸したりして、そのまま食べてもいい」
「どちらも農民向けの使い方が考えられているのですな」
フェルディナント大公が皿を見ながら言った。
「いつの間に……」
私は驚いて大公を見る。
「話を聞いているうちに気になりましてな」
大公は笑って席へ着いた。
「では、私にも食べさせてください」
「もちろんです」
私はトウモロコシ料理を差し出した。
大公は一口食べ、次にジャガイモ料理へ手を伸ばした。
「……なるほど」
少し考えながら頷く。
「これは確かに、宮廷だけで消費するものではない」
「はい」
「農村で使える食材を、宮廷で食べても恥ずかしくない料理にしておく。それなら広めやすいでしょう」
「そうなんです」
私は嬉しそうに笑った。
「新しい作物そのものを押しつけるんじゃなくて、『これなら食べてみたい』と思ってもらえる料理にするんです」
「よく考えていますな」
大公は満足そうに頷いた。
「では、こちらも」
私は次の皿を出した。
薄く伸ばした仔牛肉に小麦粉、卵、パン粉をまぶし、油で揚げた料理だ。
衣は薄く軽く、表面は黄金色に仕上げてある。
「これは帝国独自の新しい料理です」
「では、いただきます」
マルク伯が一口食べる。
「……これは」
「どうです?」
「見た目もいいですし、食べやすい」
マルク伯はもう一口食べた。
「これは残るかもしれませんな」
「本当ですか?」
私は目を輝かせた。
「ええ。肉そのものの味が残っていますし、黄金色の衣も華やかです」
ガッティナーラも一口食べ、頷いた。
「外交の席でも使いやすいでしょう。帝国の新しい料理として紹介できます」
「よし!」
私は小さく拳を握った。
「これは残しましょう」
「名前は?」
ローザリンデが尋ねる。
「それは後です」
私は即答した。
「まずは美味しい料理にすることのほうが大事です」
マルク伯が笑った。
「それはその通りでしょうな」
そして、最後の給仕。
「今度は菓子です」
最初に出したのは、卵を泡立てて砂糖と小麦粉を合わせ、軽く焼き上げた菓子だった。
「……軽いですな」
マルク伯が指先で表面を押す。
「戻ってきますな」
「はい。卵をしっかり泡立てることで、ふわっとした食感にしています」
「こんな食感の菓子は、私はあまり食べたことがありません」
「まだ新しい作り方ですから」
続いて、私は少し重みのある焼き菓子を出した。
「こちらはバター、砂糖、卵、小麦粉を使って、もう少ししっかり焼いてあります」
「こちらも菓子ですか」
「はい。それと、干し葡萄を新しい蒸留酒に漬けています」
マルク伯が口へ入れた瞬間、目を細めた。
「……これは酒が進みそうですな」
「菓子を食べて酒を飲むんですか?」
私が首を傾げる。
マルク伯は真面目な顔で答えた。
「逆です。酒を飲んで、これを食べる」
「……同じでは?」
「全然違います」
ガッティナーラが堪えきれずに笑った。
「マルク伯、そこは譲らないのですね」
「酒好きの人間にとっては大事なのですよ」
「そうですか……」
私は呆れながらも笑った。
最後に、私は新しい蒸留酒を使った飲み物を作る。
「これは、お酒に砂糖を入れて、柑橘の汁を加えています。それから最後にミントを浮かべます」
大公が興味深そうにグラスを覗き込む。
「ミントですか」
「はい。香りがかなり変わります」
大公が一口飲む。
「……これは」
少し驚いたように目を見開いた。
「飲みやすい」
「でしょう?」
「酒が強く感じられませんな」
マルク伯も口をつける。
「これは確かに飲みやすい」
ガッティナーラも続いて飲み、頷いた。
「外交の席では使いやすそうですね」
「そう思います」
私は嬉しそうに頷いた。
「一対一なら、相手の料理に合わせて甘さや香りを少し変えることもできますし、多国間なら帝国で新しく生まれた飲み物として出せます」
「なるほど」
ガッティナーラがグラスを見ながら言う。
「料理だけではなく、飲み物まで外交に合わせて調整するわけですね」
「はい」
そこで、マルク伯が改めて卓上を見回した。
豆料理、魚料理、トマトとチーズ、ジャガイモ料理、東方風の肉料理、トウモロコシ、サツマイモ、仔牛料理、菓子、酒――。
「……料理が多すぎませんか?」
「やっぱりそう思います?」
「思います」
マルク伯が即答した。
「これを全部、一度の晩餐で出すのですか?」
「全部ではありません」
私は首を振った。
「そこは、最初に考えた形から少し変えました」
「ほう?」
「一対一なら、相手の国の料理を中心にします」
私は指を一本立てる。
「でも、帝国の料理は必ず一品入れる」
「ふむ」
「たとえばスペインの使節なら、最初の給仕はスペインを意識した豆や魚料理を中心にして、次の給仕では帝国の仔牛料理を出す。最後には帝国で新しく作った菓子や飲み物を出すんです」
「なるほど」
「相手の国の料理を出して、『あなたたちの文化を理解しています』と伝える。その上で、帝国料理を出して、『こちらはこういう国です』と示す」
私は笑った。
「相手に合わせることと、こちらを捨てることは違いますから」
「それなら分かります」
マルク伯が頷いた。
「多国間ではどうする?」
ガッティナーラが尋ねる。
「その場合は、全部を少量ずつです」
私は卓上の皿を順番に指差した。
「スペイン、ネーデルラント、イタリア、東方、新大陸。それに帝国料理も入れる」
「一つの国だけを中心にせず、帝国そのものを見せるわけですね」
「はい」
ガッティナーラが静かに言葉をまとめた。
「一対一なら、『あなたの国を理解しています』」
彼はスペインの料理へ目を向けた。
「多国間なら、『これほど多くの文化が、この帝国の食卓に集まっています』」
「そう、それです!」
私は思わず手を叩いた。
「食卓そのものが、帝国の地図みたいになるんです」
「面白い発想ですな」
フェルディナント大公が笑った。
「外国から来たものを取り込み、それを帝国の中で作り替えていく。料理もまた同じということですか」
「はい」
私は頷いた。
「最初は外国料理でも、帝国で何年も作っていれば、いつか帝国の料理になるかもしれません」
「そして新大陸の作物も、そうして帝国の食卓へ入っていく」
「そうです」
大公はジャガイモ料理を見て、満足そうに頷いた。
「これは農業政策とも繋がりますな」
「それに、外交とも繋がります」
私はミントの入った飲み物へ目を向けた。
「料理や酒で話ができるなら、政治的に難しい相手でも、まず食卓から始められます」
「フランスとも?」
ガッティナーラが尋ねる。
私は少しだけ考えてから頷いた。
「今すぐフランス料理を宮廷の中心へ置く必要はないと思います。でも、料理まで敵味方で完全に切り分ける必要はありません」
「交流の窓口は残しておく、と」
「はい」
私は頷いた。
「いつか話せる日が来たとき、何も知らないより、少しでも相手の文化を知っているほうがいいですから」
皇帝陛下から任された料理だったが、気がつけば私自身も熱くなっていた。
ただ美味しい料理を作るだけではない。
この帝国がどんな土地と文化を抱え、どこから何を取り入れ、これから何を生み出そうとしているのか。
それを、食卓の上で見せる。
「……よし」
私は並べられた皿を見回した。
「もう一度、給仕ごとの組み合わせを考え直しましょう」
「まだ考えるのですか?」
マルク伯が疲れたように呟く。
「当然です」
「……やはり来るんじゃなかった」
「何か言いました?」
「いえ、何も」
マルク伯は目を逸らした。
その様子を見て、ガッティナーラとローザリンデが笑う。
こうして、宮廷外交のための料理は、単なる『外国料理の再現』ではなくなっていった。
相手の文化を理解し、帝国の食卓へ取り込み、そこから新しい料理を生み出していく。
それこそが、私の考える宮廷外交料理だった。




