皇帝陛下の新たな命は外交用の宮廷料理
「はい。発芽させた豆などを食べる方法です」
私が答えると、皇帝陛下は興味深そうに目を輝かせ、椅子からわずかに身を乗り出した。
「ならば、それも説明してくれ」
皇帝陛下が促すように片手を上げる。
「はい!」
私は嬉しそうに頷き、スプラウトについて説明を始めた。
豆を水に浸して発芽させれば、長期間保存できる豆を新鮮な野菜のように食べられること。長い航海でも栽培できる可能性があること。さらに、保存食ばかりになりがちな船上の食事に変化をつけられること。
私が話すたびに、皇帝陛下は時折「ほう」と小さく相槌を打ちながら、顎に手を添えたり、身を乗り出したりして熱心に耳を傾けていた。
やがて一通り説明を終えると、皇帝陛下は満足そうに頷いた。
「なるほど。これならば、船の上でも新鮮なものを食べられるわけか」
皇帝陛下が納得したように口元を緩める。
「はい。ただ、まだ実際の船でどこまでうまくいくかは試してみないと分かりません」
私は人差し指を立て、慎重な表情で付け加えた。
「それも試してみればよい」
皇帝陛下は鷹揚に頷いてから、ふと何かを思いついたように私へ顔を向けた。
「そういえば、お前は以前、珍しい菓子を作ったことがあったな」
「え?」
私は思わず目を瞬かせ、少し首を傾げた。
「ユーリトルテのことですか?」
「そうだ」
皇帝陛下は楽しそうに目を細めると、卓上の地図へ手を置いた。
「先ほどの話を聞いていて思ったのだ。そなたは食料の確保だけでなく、食べ方そのものまで考えているのだろう?」
地図を指先で軽く叩きながら尋ねる皇帝陛下に、私は少し考えてから苦笑した。
「まあ……そうですね」
私は肩をすくめるようにして頷く。
「以前、そなたが作った菓子もそうだったな」
「ユーリトルテですか?」
私が再び首を傾げると、皇帝陛下は嬉しそうに頷いた。
「うむ。あれは実に面白かった。宮廷の者たちにも好評だったそうではないか」
皇帝陛下は当時の様子を思い出したのか、愉快そうに頬を緩めた。
「ありがとうございます」
私は照れくさそうに目を伏せ、頭を下げた。
「だからこそ、その発想を外交にも使えないかと思ったのだ」
「外交に?」
私は顔を上げると、驚いたように目を丸くした。
「使節を招いたとき、言葉や贈り物だけでなく、料理でも我々のことを伝えるのだ」
皇帝陛下は地図へ視線を落とし、ゆっくりと指を広げる。
「我が帝国がどのような土地を支配し、どのような作物を育て、どのような文化を受け入れているのか。それを食卓で見せる」
「……なるほど」
私は腕を軽く組み、しばらく考えるように視線を落とした。
「だったら、外国の料理も出したほうがいいと思います」
そう言って私は顔を上げる。
「外国の料理を?」
フェルディナント大公が興味深そうに眉を上げ、私へ視線を向けた。
「はい。たとえばスペインやネーデルラントです」
私は地図の西側へ指を向ける。
「相手の国の料理を出して、『あなたたちの文化を理解しています』と伝えるんです」
「それは面白い」
フェルディナント大公は腕を組み、感心したようにゆっくり頷いた。
「ならば、イタリアも入れたほうがよいのではないですか?」
そう言って、フェルディナント大公はイタリアのあたりへ視線を移した。
「はい。私もそう思います」
私はすぐに頷いた。
「今の我々とイタリア諸国との関係が、すべて良好というわけではありませんが」
ガッティナーラが静かに口を挟み、指を組んだままこちらを見る。
「だからこそです」
私はガッティナーラへ向き直り、少し身を乗り出した。
「仲のいい国だけでなく、立場が違う国とも、できるだけ話ができる道は残しておいたほうがいいと思うんです」
「料理を、その道にするわけですね」
ガッティナーラがわずかに眉を上げ、納得したように呟いた。
「はい」
私は力強く頷いた。
「相手の国の料理を出すことは、相手に従うということじゃありません。『あなたたちの文化を理解しています』と伝えるためです」
私はそう言いながら、人差し指を一本立てた。
「その上で、帝国独自の料理も必ず一品入れるんです」
「……相手に合わせることと、こちらを捨てることは違う、と」
ガッティナーラが確認するように言う。
「そういうことです」
私は笑顔で頷いた。
ガッティナーラは腕を組んだまま、しばらく私を見つめていたが、やがて口元に薄い笑みを浮かべた。
「料理を外交の窓口として考えるわけですね」
「はい」
皇帝陛下も楽しそうに頷いた。
「なるほど。では、東方の料理も入れられそうだな」
皇帝陛下が地図の東側へ手を伸ばす。
「はい。特にオスマン帝国との外交を考えるなら、そこは意識したいです」
私は皇帝陛下の指先を追うように東へ目を向けた。
「ただ、『オスマン風料理』として出すんじゃありません。もっと古い東方の食文化や、ビザンツ以来の料理の流れを意識するんです」
「ビザンツの伝統を?」
皇帝陛下が少し驚いたように聞き返した。
「はい。肉に干した葡萄や無花果を合わせたり、蜂蜜や酸味を使ったり、香辛料を利かせたりする料理なら、東方らしさを見せながら、こちらでも受け入れやすいと思います」
私は料理を思い浮かべるように、卓上へ視線を落としながら説明する。
皇帝陛下は静かに頷き、東方へ向けていた視線をゆっくり戻した。
「東方との古い繋がりを食卓で示すわけか」
「そうです」
私は頷いた。
「面白い」
皇帝陛下は小さく笑みを浮かべた。
「では、新大陸の作物も使えるな」
「もちろんです」
私はすぐに頷いた。
「ジャガイモ、トウモロコシ、サツマイモ。ほかにもトマトや唐辛子もあります」
私は指折り数えながら、新大陸から入ってきた作物の名前を挙げていく。
「珍しいものを並べるだけではないのだろう?」
皇帝陛下がこちらを見て、確かめるように尋ねた。
「はい」
私は少し身を乗り出した。
「せっかく新大陸から入ってきた作物なんですから、帝国でどう使えるのかを見せたいんです」
「それは農業政策とも関係してきますな」
フェルディナント大公が顎へ手を添え、考え込むような表情を浮かべる。
「その通りです」
私は大きく頷いた。
「小麦が育ちにくい土地でも、ジャガイモやトウモロコシなら役立つかもしれません。だから、宮廷で珍しい料理として食べるだけじゃなくて、農民が実際に作って食べられる料理まで考えたいんです」
「なるほど」
ガッティナーラが感心したように目を細める。
「つまり、外交料理でありながら、帝国の農業政策まで見せる、と」
「そうです」
私は嬉しそうに笑った。
「それに、外国料理をそのまま真似する必要もありません」
「ほう?」
ガッティナーラが興味深そうに片眉を上げる。
「帝国で手に入る材料や、新しく入ってきた作物を組み合わせて、こちらの料理として作り替えていくんです」
私は卓上に皿を並べるような仕草で両手を動かした。
「そうしていけば、最初は外国から入ってきた料理でも、何年も経てば帝国の料理になっていくかもしれません」
フェルディナント大公は目を細め、静かにこちらの話を聞いていた。
「外国の文化を取り入れながら、自分たちのものにしていくわけですな」
「はい」
私は頷いた。
「それは、帝国そのものにも似ていますね」
ガッティナーラが静かな口調でそう言い、私の顔を見つめた。
「……確かに、そうかもしれません」
私は少し考えてから、納得したように頷いた。
「だから、料理の出し方も工夫したほうがいいと思います」
「出し方?」
皇帝陛下が首を傾げ、こちらへ身を寄せる。
「はい」
私は少し考えながら答えた。
「一皿ずつ全部を現代みたいに順番通りに出すんじゃなくて、何度かの給仕に分けるんです」
皇帝陛下が興味深そうに身を乗り出した。
「具体的には?」
「最初の給仕では、スープや魚、豆料理、野菜、それから冷たい一皿など、比較的軽い料理をいくつかまとめて出します」
私は指を一本立てた。
「その中に、スペイン、ネーデルラント、イタリア、それから帝国の料理を入れるんです」
「次の給仕は肉料理か」
ガッティナーラが私の言葉を先回りするように尋ねた。
「はい。肉料理を中心にして、東方風の料理や新大陸の作物を使った料理も並べます」
私は二本目の指を立てる。
「最後は菓子や果物、それから新しく作った酒や飲み物です」
「なるほど」
皇帝陛下が楽しそうに頷いた。
「つまり、一度の給仕の中に複数の文化を置き、それを何度かに分けて見せるのだな」
「はい。そのほうが、一つ一つの料理にも意味を持たせられます」
「一対一ならどうする?」
フェルディナント大公が少し身を乗り出して尋ねる。
「一対一なら、相手の国の料理を中心にします」
私は迷わず答えた。
「でも、帝国の料理を必ず一品入れるんです」
「なるほど」
フェルディナント大公が納得したように頷いた。
「たとえばスペインの使節なら、最初の給仕でスペイン風の料理を中心に出して、肉料理の給仕では帝国の料理を出す。最後には帝国で新しく作った菓子や飲み物を出す」
私は皿を並べるように片手を動かしながら説明した。
「これなら『あなたの国を理解しています』と伝えながら、『ここは我々の帝国です』ということも忘れずに済みます」
皇帝陛下はしばらく黙って私を見ていたが、やがて満足そうに頷いた。
「そして多国間なら?」
「全部を少量ずつです」
私は両手を広げる。
「スペイン、ネーデルラント、イタリア、東方、新大陸。それに帝国料理も入れる」
「食卓そのものを帝国の縮図にするわけか」
皇帝陛下が感心したように呟き、ゆっくりと地図へ視線を落とす。
「そうです」
私は嬉しそうに頷いた。
「面白い」
皇帝陛下は再び顔を上げ、今度は楽しそうな笑みを浮かべた。
「では、そなたに任せよう。料理で帝国を見せてみせよ」
皇帝陛下がそう言って手を軽く差し出す。
「はい!」
私は勢いよく頷き、明るい笑顔を浮かべた。
こうして私は、宮廷外交のための新しい料理を考えることになった。




