現状のヨーロッパ情勢
その日の午後、第五回実地試験の報告についてフェルディナントと話を続けていると、執務室の扉が控えめに叩かれた。
「失礼します」
落ち着いた声とともに扉が開き、入ってきたのはマルク伯だった。その後ろには、いつものように穏やかな表情を浮かべたガッティナーラの姿もある。
二人は室内へ入ると私たちへ軽く一礼し、机の上に広げられた第五回実地試験の報告書へ目を向けた。マルク伯は書類の内容を確かめるように目を細め、ガッティナーラは報告書の脇に置かれたイタリアの地図へ静かに視線を移す。
「ちょうどよかった。迷い鳥殿に話しておきたいことがありましてな」
マルク伯はそう言いながら、私へ軽く顎を向けた。
「私に?」
私は少し意外に思いながら筆を置き、背筋を伸ばして椅子へ座り直す。
「ええ。イタリアの件です」
その言葉を聞いた私は、自然と姿勢を正しながらマルク伯の顔を見た。
「それは助かります。前に届いた報告書だけでは、どうにも全体像が掴みにくかったんです」
私が眉を寄せて率直にそう告げると、マルク伯は苦笑しながら空いている椅子へ腰を下ろし、ガッティナーラも静かにその隣へ座った。
「それも無理はありません」
マルク伯は肩をすくめるようにしながら、私のほうへ少し身を乗り出す。
「現在の戦況だけを見ていても、なぜフランケ王国と皇帝陛下がイタリアで争っているのかまでは分かりにくいでしょうからな」
「お願いします」
私は小さく頷き、二人の説明に耳を傾ける。
私の返事を確認すると、マルク伯は一度ガッティナーラへ視線を向け、それから改めて私へ目を戻した。
「では、少し前から話しましょう」
そう言って、彼は机の上の書類を指先で軽く叩いた。
「聖暦一五一九年、皇帝陛下が神聖帝国皇帝に選ばれたことで、フランケ王国との対立が深まりました。皇帝陛下はエスパニアやネーデルラント、イタリアにも大きな権益を持っていますからな。当然、フランケ王もそれを黙って見ているわけにはいかない」
マルク伯は淡々と説明しながら、地図の上を指先でなぞる。
「つまり、両者の勢力がぶつかる場所の一つがイタリアだった」
私が地図を覗き込みながら確かめるように言うと、マルク伯は満足そうに頷いた。
「その通りです」
彼は短く答えたあと、ミラノ周辺を指で示した。
「イタリアは豊かで、地中海にも近い。それに諸都市や諸勢力がそれぞれ独自の利害を持っている。大国同士が争うには、非常に重要な土地なのです」
「ところで、イタリアって、小さな都市国家がいくつも乱立しているんですよね?」
私は地図へ顔を近づけるようにしながら、確認するように尋ねた。
「ええ。その認識でよいでしょう」
今度はガッティナーラが答えた。彼は地図の上へ指を置き、いくつかの都市を順番に示していく。
「ミラノ、ヴェネツィア、フィレンツェ、ジェノヴァなど、それぞれが独自の政府と軍事力を持っています。都市だけでなく、その周囲の領地まで含めて一つの国家のように動いているところも少なくありません」
「だから、大きな国が二つ戦っているだけじゃないんですね」
私が納得したように頷くと、ガッティナーラは静かに微笑んだ。
「その通りです。フランケと皇帝陛下だけを見ていると単純な争いに見えますが、実際にはイタリアの各勢力が自国の利益を守るため、それぞれ別の判断をしています」
マルク伯も腕を組み、地図を見ながら続ける。
「同じ都市でも、昨日まで味方だった相手と今日には敵になることがあります。大国の軍が通る道一つを巡って交渉が必要になることもある。軍を動かせば、それだけで周囲の都市や諸侯の思惑まで変わるのです」
「なるほど……」
私は難しい顔で地図を見つめた。
「それなら、イタリアで兵站を組むのも大変そうですね。単純に『ここからここまで運べばいい』とはならない」
「ええ」
マルク伯は力強く頷く。
「道そのものが使えるかどうかだけでなく、途中にある都市が誰の支配下にあるのか、通行を認めるのか、物資を売ってくれるのか、兵を駐留させてよいのかまで考える必要があります」
ガッティナーラも地図から顔を上げ、静かな表情で補足した。
「しかも、都市国家同士の関係は固定されているわけではありません。ある勢力にとってフランケが都合のよい相手でも、別の勢力にとっては皇帝陛下のほうが都合がよいこともある。そのため、誰と誰が味方なのかだけを覚えていても、情勢の変化についていけないのです」
「うわぁ……」
私は思わず額に手を当てる。
「それは確かに、報告書だけ読んでいたら分かりにくいですね」
その反応に、マルク伯は苦笑し、ガッティナーラは小さく口元を緩めた。
「そういうことです」
マルク伯はそう答えてから、もう一度ミラノ周辺を指で示した。
「それで聖暦一五二一年に戦争が始まったのです。フランケ軍がナバラとネーデルラントへ侵攻しました。しかし、ピレネーを越えたフランケ軍はエスパニア側の軍に撃退されました。一方、皇帝側もフランケ北部へ攻め入りましたが、決定的な勝利には至っていません」
「お互い、最初から思い通りにはいかなかったわけですね」
私は書類から顔を上げ、少し困ったように眉を寄せながら言った。
「そうなりますな」
マルク伯も苦笑を浮かべて頷いた。
「その一方で、イタリアでも戦闘が再開されました。教皇が皇帝陛下の側につき、さらにイングラント王も反フランケの立場を取ったことで、戦いはさらに複雑になります」
「イングラントまで加わるんですか」
私は驚いて目を少し見開き、思わず身を乗り出した。
「ええ。ただし、皆が同じ目的で動いているわけではありません」
マルク伯が落ち着いた口調で答えると、ガッティナーラが静かにこちらへ顔を向けた。
「むしろ、そこを一つの陣営として考えないほうがよいでしょう」
ガッティナーラは穏やかな表情のまま話しながら、地図の上へ細い指を置いた。
「ヴェネツィアは当初フランケ側ですが、自国の利益を最優先にしています。教皇にも教皇自身の事情がある。イングラントにも独自の思惑がある。そして神聖帝国内にも、皇帝陛下と必ずしも同じ考えを持たない諸侯がいる」
ガッティナーラは淡々と説明しながら、地図上のいくつかの地域を順番に指していく。
「帝国といっても、一人の君主がすべてを思い通りに動かせる国家ではありません。諸侯にはそれぞれの領地と権益があり、宗教や古くからの対立も抱えている。皇帝陛下の命令だけで全てが決まるわけではないのです」
「神聖帝国内にも、皇帝と距離を置く勢力があると」
私が眉を寄せて問い返すと、ガッティナーラは小さく頷いた。
「ええ」
その返事をしてから、彼は少しだけ表情を引き締めた。
「そして、宗教の問題もあります」
「宗教ですか?」
私は首を傾げるようにして、ガッティナーラの顔を見る。
「ええ。フス戦争をご存じでしょう」
「昔、ボヘミアで起きた戦争ですよね」
私が記憶を辿るように目を細めながら答えると、ガッティナーラは一瞬だけ目を細めた。
「その通りです」
短く答えたものの、ガッティナーラはそのまま私の顔を静かに見つめた。
――思っていたよりも、迷い鳥殿は我が国や、その周辺の歴史に詳しいようですな。
これまでにも、皇帝陛下の治世や帝国内の事情について話す際、こちらが説明する前に要点を掴んでいることが何度かあった。もちろん、専門家ほど細かな知識を持っているわけではない。しかし、少なくとも異邦人として扱うには不自然なくらい、神聖帝国とその周辺で起きてきた出来事を知っている。
ガッティナーラはそんなことを考えながら、わずかに口元を緩めた。
「戦争そのものはとうに終わっていますが、当時の対立や、その後に生まれた宗教上の違いまで消えたわけではありません。フス派の流れを受け継ぐ者もいれば、近年ではルターの教えに耳を傾ける者も出ている。教会との関係や信仰のあり方を巡る問題は、帝国内でも無視できないものになりつつあります」
「つまり、帝国内には昔からの宗教的な因縁だけでなく、新しい宗教上の対立まで生まれている」
私は難しい顔で地図を見つめながら確認する。
「そう考えてよいでしょう」
ガッティナーラは落ち着いた様子で頷いた。
「それなら、フランケが帝国内部の不満を利用しようと考えても不思議ではないですね」
私が腕を組んで考え込むように言うと、ガッティナーラはほんの少し口元を緩めた。
「その可能性は考えておくべきでしょう。皇帝陛下と対立する諸侯がいるなら、フランケがそこへ働きかけ、皇帝陛下の手を縛ろうとすることは十分にあり得ます」
マルク伯もゆっくりと頷きながら、私へ視線を向けた。
「軍を直接送り込まずとも、帝国内で皇帝陛下の兵を別の場所へ縛りつけることができれば、それだけでフランケには意味がありますからな」
「なるほど……」
私は納得したように小さく息を吐き、改めて地図へ視線を落とした。
そこへマルク伯が、ミラノ周辺を指で示す。
「そして、それをよく示しているのが今年のビコッカです」
「聖暦一五二二年四月二十七日でしたね」
私が日付を思い出しながら言うと、マルク伯は少し嬉しそうに目を細めた。
「その通りです。ビコッカで皇帝側と教皇側の軍がフランケ軍を破り、フランケ軍はロンバルディアから押し返されました」
「それなら、今は皇帝側が優勢なんですね」
私は少し期待するような顔で尋ねた。
「少なくともイタリアでは、そう見てよいでしょう」
マルク伯は頷きながらも、そこで表情を緩めずに続けた。
「ただし、ここで安心はできません。フランケが再び兵を動かす可能性もありますし、戦場がイタリアだけに留まるとも限らない」
「フランケ本土やネーデルラントへ戦場が移ることもある」
私が言葉を継ぐと、マルク伯は指を一本立てた。
「ええ。どこへ兵を動かすかによって、必要になる兵士や馬、食料、飼料、輸送手段まで変わります」
私はその言葉を聞いて、机の上にある第五回実地試験の報告書へ視線を落とした。
「……だから、兵站が難しい」
「そういうことです」
マルク伯は頷き、報告書へ目を向けながら続ける。
「どこへ兵を動かすのかが変われば、補給線も変えなければならない。しかも、同盟相手の都合まで考える必要がある。一度作った計画を、そのまま使い続けるわけにはいかないのです」
「その場に応じて組み替えられる仕組みが必要になる」
私は報告書の端を指で軽くなぞりながら言う。
「ええ」
マルク伯は大きく頷いた。
「だからこそ、迷い鳥殿が進めている兵站改革は意味があるのでしょう」
「私のほうも、まさに今それで悩んでいたところです」
私は苦笑しながら、先ほどまで見ていた報告書を軽く叩いた。
「荷車を増やしたことで運べる量は増えました。でも、狭い道では渋滞が起きる。今回は荷車に問題が起きることを予測して人員を増やしていたので、ある程度は対応できましたが、今度は人力輸送と荷車輸送をどう使い分けるかまで考える必要が出てきました」
「ほう」
マルク伯は興味を引かれたように眉を上げ、報告書へ身を寄せる。
「現場で実際に動かしてみたからこそ、机の上では見えなかった問題が出てきたわけですな」
「ええ」
私は頷きながら、少しだけ表情を和らげた。
「計画を作るだけなら簡単ですが、それを実際に使えるものにするには、現場で問題を見つけて直していく必要があります」
「それなら、悪いことではありません」
マルク伯は穏やかな笑みを浮かべ、安心させるように軽く手を上げた。
「大きな戦場へ持ち込んでから問題に気づくより、小さな試験で見つけられたほうがよいでしょう。今回の試験で、次に直すべき場所まで分かったのなら、それは十分な成果です」
「確かに」
私も素直に頷き、肩の力を少し抜いた。
そこで私は、先ほどから気になっていたことを改めて口にした。
「そういえば、実際の戦場では、どんなふうに兵を組み合わせて戦っているんですか?」
私が尋ねると、マルク伯は少し考えてから、机の上の地図へ身を乗り出した。
「基本になるのは、長槍兵、火縄銃兵、砲兵、そして騎兵です」
彼はそれぞれの配置を説明するように、地図の上を順番に指していく。
「長槍兵は密集した隊形を作り、接近してきた敵を受け止める。火縄銃兵はその前後や側面、あるいは陣地の内側から敵を射撃する。砲兵はさらに遠くから敵の隊形を崩す。そして騎兵は敵の側面を狙ったり、敵が崩れたところへ突撃したり、予備として戦場の状況に応じて動かします」
マルク伯はそこで一度言葉を切り、地図の上に置いた指を別の場所へ移した。
「ただし、それだけではありません。堀や土塁、柵などを築いて敵の進む方向を制限し、その前に火縄銃兵や砲兵を配置することも増えています」
「つまり、敵を好きなところへ進ませないようにして、そこへ射撃を集中する」
私が確認するように言うと、マルク伯は頷いた。
「ええ。正面から力比べをするだけではなく、地形や陣地を使って敵の動きを縛り、その間にこちらの火力を使うのです」
マルク伯はビコッカの位置を指で示した。
「今年のビコッカでも、皇帝側は堀や土塁などを利用して防御陣地を整えました。その後ろに火縄銃兵を置き、長槍兵も配置して陣地を守る。敵が近づけば銃と砲で攻撃し、それでも接近してきたところを長槍兵が受け止めるという形です」
「昔みたいに、騎兵が正面から突撃して全部決めるという戦いではないんですね」
私が目を丸くして尋ねると、マルク伯は苦笑して首を横に振った。
「そう単純ではありませんな。騎兵は今でも重要ですが、堅固な陣地へ正面から突っ込めば大きな損害を受けます。だからこそ、敵の弱いところを見つけて攻撃したり、歩兵や砲兵と連携したりする必要があるのです」
「古代のファランクス相手でも騎兵は正面からじゃなくて側面から突撃していたみたいですし、そのほうが理にかなっていますよね、馬は非常に高価みたいですし」
私がそう言うと、マルク伯は少し驚いたように目を細めた。
「……それも知っているのか」
「これも昔習っただけです」
私は少し気まずそうに笑った。
そんな私を見て、ガッティナーラはどこか面白そうに口元を緩めた。
「迷い鳥殿は、ご自身で思っているよりも広い範囲の知識をお持ちなのかもしれませんね」
「いや、本当に昔習ったことを思い出しているだけなんですけど……」
私はそう答えながら、ふと日本で習った歴史の授業を思い出した。
「日本で言えば、昔は長篠の戦いって、織田・徳川軍が陣地を構築して馬の突撃を防ぎながら鉄砲を並べて、次々に撃ち続けることで武田の騎馬隊を押さえ込んだ戦いだって習いましたけど……それに少し似ている気がします」
「長篠の戦い?」
マルク伯が聞き返す。
「はい。私の故郷で起きた戦争です」
私は少し考えてから、慎重に言葉を選んだ。
「長篠についても、今では昔習ったような話だけがそのまま事実だったのかは分からないみたいですけど、それでも私は子供のころ、そういう戦いとして習ったんですよね」
「なるほど」
ガッティナーラは興味深そうにこちらを見る。
「遠い国の戦争と、こちらの戦い方を比較しているわけですか」
「はい。だから、今のイタリアの戦いって、昔の戦争から新しい時代の戦争へ、少しずつ変わっている途中なのかなって感じます」
マルク伯は少し考えてから、静かに頷いた。
「戦争のやり方というのは、一度にすべてが変わるものではない。古い兵種が残ったまま新しい武器が加わり、それに合わせて陣地や指揮のやり方まで変わっていく。昔のやり方が、その日を境に突然使えなくなるわけではないからな」
「そうですよね」
私は頷いた。
「昔ながらの方法がすぐに消えるわけじゃないし、新しい方法が出てきたからといって、それだけで全部入れ替えられるわけでもない。砲兵や銃兵は協力して使う必要があるし、天候の影響も受けやすいし、弾薬の確保も必要になりますからね」
そこで私はふと、兵站について考えていたこととつながるのを感じた。
「兵站も同じなのかもしれませんね。それと火縄銃兵や砲兵が加わっているなら、弾薬の補給はどうしているのですか?」
マルク伯は一瞬考えるように眉を寄せ、それから答えた。
「火縄銃兵なら、兵士自身がある程度の火薬や弾丸、火縄を持っている。しかし、それだけでは足りない。戦いが長引けば、追加の補給が必要になる」
「火薬を使うなら、濡らしたら終わりですよね」
「ああ。火薬は濡らさないようにしなければならない。それに弾丸も大量に必要になる。鉛の弾丸を一つずつ運ぶことになるからな」
「砲兵はもっと大変です」
ガッティナーラが静かな口調で補足する。
「砲弾も火薬も重い。それに、砲の種類によって使う弾の大きさも違います。大砲を増やせば、それだけ弾薬を運ぶ荷車も増やさなければならない」
「なるほど……」
私は思わず第五回実地試験の報告書へ目を落とした。
「荷車を増やしただけで渋滞したのに、そのうえ弾薬用の荷車まで増やす必要があるんですね」
「そういうことです」
マルク伯は苦笑しながら頷いた。
「しかも、食料や飼料と違って、火薬を積んだ荷車は扱いにも注意が必要です。必要な場所へ必要な量を届けられなければ、銃兵も砲兵も戦力として働けません」
「兵士、馬、食料、飼料だけじゃなくて、火薬や弾丸まで計算しないといけない……」
「ええ」
マルク伯は静かに頷いた。
「だから兵站は、兵士を戦場まで連れていけば終わりではありません。戦っている間に何が消費され、どれだけの量が必要になるのかまで考える必要があるのです」
「消耗品の補給まで含めて、軍隊を動かさないといけないんですね。それに橋を落とされたら、歩兵や騎兵はともかく砲兵は進めない」
私が納得したように呟くと、マルク伯は満足そうに頷いた。
「その通りですな」
私は第五回実地試験の報告書へ視線を落とした。
「そう考えると、兵站改革って本当にやることが多いですね」
ガッティナーラも静かに微笑みながら、私へ視線を向ける。
「そして、火器が広く使われるようになれば、その問題はさらに大きくなります。武器を作るだけでなく、火薬や弾丸を継続的に用意し、それを必要な場所へ運ぶ仕組みまで整えなければならない」
「なるほど……。新しい武器を導入するって、それだけで終わらないんですね」
私は納得したように頷いた。
日本の戦国時代でも、火縄銃そのものだけでなく、その弾薬や火薬をどう確保し、どう運ぶかまで考えなければならなかったはずだ。
そして、ふと別のことが頭に浮かんだ。
「そういえば、火縄銃兵って、弾を撃ち切ったらどうするんですか?」
「予備の弾薬を持っているし、後方から補給もする。しかし、戦闘が長引けば、それでも足りなくなることはある」
「その場合は?」
「銃床で殴ることもあるし、短い刃物を持っていれば、それを使うこともある。あるいは、長槍兵に守ってもらいながら後退する」
「銃で撃てなくなったら、結局は普通の近接戦闘になるんですね」
「ああ」
マルク伯は苦笑しながら答えた。
「便利な武器ではあるが、弾がなければ銃としての役目は果たせない。近づかれれば、銃床で殴るか、別の武器を使うしかない」
私はその言葉を聞いて、しばらく考え込んだ。
「だったら……」
私が呟くと、ガッティナーラがこちらを見る。
「何か思いつきましたか?」
「銃そのものを、弾切れしたときの槍みたいに使えたら便利じゃないですか?」
「槍のように?」
マルク伯が興味を持ったように眉を上げる。
「ええ。銃床で殴るより、先端に刃物を付けておけば、弾がなくなっても白兵戦で使えるんじゃないかなって」
私がそう言ってから、すぐに一つの問題に気づいた。
「……あ」
「どうしました?」
ガッティナーラが首を傾げる。
「いや、でも……銃口を塞いだら撃てなくなりますね」
私が自分で問題に気づいて苦笑すると、マルク伯も考え込むように眉を寄せた。
「確かに。先端に刃物を固定するなら、その固定方法次第では銃として使えなくなる」
「うーん……」
私は腕を組みながら考えた。
「銃として使ったあと、弾切れしたら槍みたいに使えるなら便利だと思ったんですけど……」
「発想そのものは面白いと思います」
ガッティナーラはそう言いながら、少し楽しそうに笑った。
何かすごい武器を作ろうと思っていたわけではない。
弾が切れたら殴るしかない。
だったら、そのときにも使えるようにできないか。
ただ、それだけのことだった。
「そのほうが思いつきやすいんですよ」
私が苦笑すると、マルク伯も小さく笑った。
「なるほどな。現場で困るところから考えるから、そういう発想になるのか」
「たぶん、そうなんだと思います」
私はそう答えながら、改めて机の上に置かれた資料へ視線を落とした。
今回、私が考えていたのは、荷車と人力による輸送の違いだったはずだ。
それなのに、いつの間にか火器の弾薬の補給について考え、戦術について話し、さらには弾切れした後の武器の使い方まで考えている。
新しい仕組みを作ったからといって、それだけですべてが解決するわけではない。
荷車には荷車の利点があり、人力には人力の利点がある。火器にも長槍にも騎兵にも、それぞれ向いている使い方がある。
そう考えているうちに、ふと、今回の実地試験で自分がやっていたこととも同じなのではないかと思った。
荷車が使えるからといって、どこでも荷車を使えばいいわけではない。人力が必要な場所では人の手を使い、道が広く大量に運べる場所では荷車を使う。新しいものが便利だからといって、古い方法まで全部捨てる必要はないのだ。
「結局、現場に合わせて使い分ける必要があるんでしょうね」
私はそう呟きながら、第五回実地試験の報告書へ視線を落とした。
そして、ふと我に返る。
私は農業改革をするだけだったはずなのに、なぜ火器の弾薬の輸送のことや戦術まで考えているのだろうと、少し思ったりした。




