輸送の実地地試験その二
――翌朝。
私は、昨日まで使っていた帳面とは別の紙を広げていた。
第三回実地試験。
今度は条件を変える。
ただ行軍するだけではない。
途中で予定外の問題を発生させる。
「本当にやるんですか?」
フェルディナントが、少し呆れた顔で私を見る。
「やるわ」
「前回で十分、結果は出ているように思いますが」
「前回は、問題が起きることを想定していなかったでしょう?」
「……まあ」
「だから今回は、わざと問題を起こすの」
私は地図を指で叩いた。
「水場が使えない」
「荷車が一台故障する」
「食料の一部が濡れる」
「そして、予定より早く野営する」
フェルディナントの眉が上がった。
「ずいぶん厳しいですね」
「実際の行軍なら、何か一つくらい起こるでしょう?」
戦場というものを私は知らない。
だからこそ、何も起こらない前提で計画を立てるのは危険だと思った。
「問題が起きたときに、戦闘員まで対応に回るのか。それともトロスだけで処理できるのか」
そこを確かめたい。
「それが今回の試験よ」
私は新しい紙に、今回の判定基準を書き出した。
「まず、一番大事なのはこれ」
紙の一番上に、大きく書く。
**戦闘員を兵站作業から外せるか。**
「戦闘員一〇〇人は、原則として兵站作業をしない」
フェルディナントが頷く。
「なるほど」
「水場が変わっても、荷車が壊れても、食料が一部駄目になっても、トロスだけで対応する」
次の項目を書く。
**食料を切らさない。**
**水を確保する。**
**燃料を確保する。**
**一四頭の軍馬を維持する。**
**荷車を故障しても復旧させる。**
**物資の残量と損耗を記録する。**
そして最後に――。
**指揮官が逐一指示しなくても、担当班だけで処理できること。**
「これを満たせれば合格」
「一つでも失敗したら?」
「すぐ不合格にはしないわ」
私は少し考えてから書き足した。
「部隊の運用そのものが維持できたなら、条件付き合格」
「では、不合格は?」
「食料や水が尽きる。荷車が壊れたまま行軍できなくなる。あるいは、戦闘員を大勢兵站作業に回さなければならなくなる」
私は筆を置いた。
「そこまでいったら、仕組みそのものを見直す」
だが――。
私はもう一つ、空いている欄を見つめた。
「……あと、これだけじゃ足りないわね」
「何がです?」
「実際に戦闘になった場合」
フェルディナントが黙った。
「今回は、戦闘員一〇〇人が普通に行軍して、普通に訓練している」
「はい」
「でも実戦では違う」
戦闘になれば、戦闘員は一斉に戦闘に入る。
行軍は止まるかもしれない。
隊列も変わる。
負傷者も出る。
場合によっては、戦闘員の一部が戦線から離れて治療を受けることになる。
「その間、トロスはどうする?」
私は紙に書き込んだ。
**戦闘発生時の兵站維持。**
「戦闘員が戦闘に入ったら、兵站作業を手伝う人はいなくなる」
「そうですね」
「だから、その状態でもトロス五〇人だけで回せるのかを確認しないと」
さらに書く。
**戦闘中も給水できるか。**
**食料を維持できるか。**
**軍馬を管理できるか。**
**荷車を守り、必要なら移動できるか。**
**負傷者が出た場合に対応できるか。**
私はそこで筆を止めた。
「……負傷者」
「はい」
「これも考えないと駄目ね」
戦闘員が負傷した場合。
誰が運ぶ?
誰が応急処置をする?
誰が安全な場所まで移動させる?
そして、その間も兵站を止めてはいけない。
「戦闘員一〇〇人が全員、戦闘に集中する」
私は呟いた。
「その状態で、トロス五〇人だけで部隊を支えられるか」
そこまで確認して、初めて本当の意味で試験になる。
私は判定基準を書き足した。
**戦闘発生時にも兵站機能を維持できること。**
**戦闘員を兵站作業に戻さないこと。**
**負傷者が発生しても、兵站を停止させないこと。**
そして――。
**戦闘終了後、部隊を速やかに再編できること。**
「……ここまで必要ですか?」
フェルディナントが聞く。
「必要でしょうね」
私は苦笑した。
「戦闘になった瞬間に兵站が止まったら、せっかく整えた意味がないもの」
――出発。
戦闘員一〇〇人。
トロス五〇人。
軍馬十四頭。
荷車。
食料。
水。
燃料。
前回よりも、荷物は少ない。
だが、トロスの動きは明らかに違っていた。
「給水班、先行します!」
「燃料班、野営予定地を確認!」
「荷車班、車輪を点検します!」
「物資管理、現在の食料残量を報告!」
それぞれが自分の仕事を理解している。
私はその様子を後ろから眺めた。
「……いい感じね」
以前なら、私がいちいち指示を出さなければ動かなかった。
今は違う。
担当者が、自分の判断で動き始めている。
そして――。
昼過ぎ。
「止まってください!」
給水担当のトロスが戻ってきた。
「予定していた水場が使えません」
「理由は?」
「水が濁っています」
私は地図を見る。
「別の水場は?」
「西にあります。ただし、少し遠いです」
「どのくらい?」
「歩いて一時間ほど」
私は考える。
一時間。
全員を移動させるのは効率が悪い。
だが、水は必要だ。
「給水班だけで行ける?」
「はい」
「ならお願い」
「分かりました」
給水班が動き出す。
戦闘員はその場で待機。
燃料班は火を起こす準備。
調理班は昼食の準備。
馬と荷車の担当は馬を休ませる。
誰も慌てていない。
「……前なら、全員で水を探しに行ってたわね」
フェルディナントが頷く。
「その場合、戦闘員も一時間歩くことになります」
「そう」
私は帳面に一つ目の判定を書いた。
**戦闘員の兵站投入――なし。**
まず一つ、クリア。
しばらくして。
「水、確保しました!」
給水班が戻ってきた。
水をろ過する。
煮沸する。
必要量を確保する。
水の問題も解決した。
私は二つ目の欄に書き込む。
**給水――合格。**
問題は、それだけではなかった。
「荷車班から報告!」
一人が駆けてくる。
「後方の荷車の車輪に異常があります!」
「修理できる?」
「はい。予備部品があります」
「じゃあお願い」
修理班がすぐに動く。
工具を取り出す。
車輪を外す。
予備部品を確認する。
交換する。
以前なら、兵士の中から何人かを呼んでいたはずだ。
だが今は違う。
「修理完了!」
「早いわね」
「前回の故障記録を参考に、よく壊れる部品を予備として持ってきました」
「……そこまで考えてたの?」
「はい」
私は思わず笑った。
「成長してるじゃない」
私は三つ目の欄に書く。
**荷車故障――自力復旧。**
これも合格。
ところが。
「大変です!」
今度は物資管理担当だった。
「保存肉の一部が濡れています」
「原因は?」
「荷車の幌に隙間がありました」
私は荷台を見る。
確かに、一部が濡れている。
「食べられそう?」
「確認します」
物資管理担当が保存肉を一つずつ確認していく。
「これは問題ありません」
「これは?」
「乾燥させれば使えます」
「こっちは?」
「廃棄したほうが安全です」
「分かった」
私は頷いた。
全部を捨てるわけではない。
全部を食べるわけでもない。
状態を確認して分ける。
「それも担当の仕事ね」
「はい」
私は帳面に書き込んだ。
**物資管理――損傷品を判別し、使用可能な物資を維持。**
これも合格。
そして夕方。
予定より早く野営する。
ここからが最後の試験だ。
「夕食を準備して」
「はい!」
調理班が動く。
燃料班が薪を集める。
給水班が水を準備する。
馬担当が馬の飼料を配る。
修理班が荷車を確認する。
物資管理班が消費量を記録する。
五〇人が、それぞれの持ち場で動く。
私はその様子を眺めていた。
「……戦闘員は?」
フェルディナントが答える。
「訓練を続けています」
「誰も手伝いに行かないの?」
「必要ありませんから」
私は思わず黙った。
そして帳面を見る。
戦闘員の兵站投入――なし。
給水――合格。
燃料――問題なし。
調理――予定時間内。
馬――問題なし。
荷車――故障から復旧。
物資管理――損傷品を処理。
そして――。
トロスは、私が一つ一つ指示しなくても動いている。
私は最後の欄に丸を付けた。
**自律運用――合格。**
私は帳面を閉じた。
「……でも」
フェルディナントを見る。
「まだ、この試験だけでは足りないわ」
「戦闘時、ですね」
「ええ」
私は新しい欄を作った。
**戦闘発生時の兵站維持――未試験。**
その文字を見ながら、私は考える。
戦闘員が戦う。
トロスが支える。
負傷者が出る。
物資が減る。
荷車が動く。
水が必要になる。
そして戦闘が終わったら、再び部隊を動かさなければならない。
「……ここまでやって、ようやく本当の試験なのかもしれないわね」
フェルディナントが頷いた。
「次は、戦闘を想定した訓練を?」
「そう」
私は帳面に書き込む。
**第四回実地試験――戦闘発生を想定。**
そして、その下に続けた。
**戦闘員一〇〇人が兵站作業に戻ることなく、トロス五〇人だけで兵站を維持できるか。**
「……これを確かめないと」
私は筆を置いた。
軍用食から始まった実地試験。
食料を運ぶだけだったはずが、水を考え、燃料を考え、馬を考え、荷車を考え、修理まで考えるようになった。
そして今度は――。
**戦闘そのものが、兵站にどんな負荷を与えるのか。**
それまで確認しなければならない。
「……本当に、どこまでやることになるのかしら」
私は苦笑しながら、第四回の計画を書き始めた。




