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農業大学生、異世界で皇帝に呼ばれる――「迷い鳥」は国を変える  作者: 水源


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輸送の実地試験その三

 ――翌朝。


 私は帳面を開いた。


 第四回実地試験の結果を整理するためだ。


 今回の試験では、これまでとは条件を変えた。


 実際に戦闘が発生した、と仮定したのである。


 戦闘員――一〇〇人。


 兵站を担当するトロス――五〇人。


 軍馬――一四頭。


 荷車――三台。


 戦闘が始まった瞬間から、戦闘員一〇〇人は兵站業務から完全に離れる。


 水を運ばせない。


 薪を集めさせない。


 荷車を直させない。


 食事の準備もさせない。


 戦闘員は、戦うことだけに集中する。


 それが今回の試験だった。


「結果は?」


 隣からフェルディナントが聞いてくる。


「戦闘中の兵站は、問題ありません」


「……本当に?」


「ええ」


 水は運ばれた。


 食事も用意された。


 薪も確保された。


 馬の世話も止まらなかった。


 荷車が壊れたときも、トロスだけで応急修理を行った。


 戦闘員は、一人も兵站に戻していない。


 そこまでは合格だった。


 だが。


 私は帳面の次の欄を見た。


「問題は、その後です」


「戦闘が終わってから?」


「そうです」


 戦闘員一〇〇人は、全員が疲れている。


 トロス五〇人も疲れている。


 軍馬も一四頭すべてが無傷というわけではない。


 そして、荷車三台のうち二台に問題が出た。


 一台は車輪に不具合が出て応急修理したものの、長距離を走らせるのは危険。


 もう一台は荷台の一部を損傷し、積載量を減らさなければ使えない。


 さらに、模擬負傷者が三人。


 二人は歩ける。


 だが、一人は歩けない。


 当然、その一人は荷車に乗せなければならない。


「食料は?」


「予定していた消費量より、一割ほど多く消費しました」


「水は?」


「一割五分ほど」


「薪は?」


「二割ほど多いです」


 私は帳面を閉じた。


「このまま予定していた行程を進めれば、食料は明日の夕方ごろに足りなくなります」


「水は?」


「もっと早い。明日の昼過ぎには危ないでしょう」


「……つまり?」


「明日の行程を短くする必要があります」


 予定より一日遅れる。


 目的地への到着は遅くなる。


 だが、水場を優先して進路を変えなければならない。


 戦闘そのものには勝ったとしても、その翌日に行軍できなければ意味がない。


 私は、そこでようやく理解した。


 兵站というのは、戦闘中に物資を届ければ終わりではない。


 戦った人間を。


 疲れた馬を。


 壊れた荷車を。


 減った食料を。


 そして負傷者を。


 全部まとめて、もう一度動ける状態に戻す。


 そこまでやって、初めて兵站なのだ。


「……五〇人では、かなり厳しいですね」


 フェルディナントが言った。


「ええ」


 私は認める。


「だったら、トロスを増やせばいいんじゃないですか?」


「一〇〇人くらいに?」


「そうすれば余裕ができます」


 確かに、その発想は自然だった。


 兵站要員が五〇人では足りない。


 なら、一〇〇人に増やせばいい。


 ――だが。


「……待ってください」


 私は考え込んだ。


「トロスも人間ですよね」


「ええ」


「なら、一〇〇人に増やしたら、その五〇人分の食料が必要になります」


「あ」


「水も必要です」


「……はい」


「薪も必要です」


 さらに考える。


 五〇人増えれば、その分の寝る場所も必要になる。


 装備も増える。


 荷物も増える。


 今の荷車三台で足りなくなるかもしれない。


 荷車を増やせば、馬も必要になる。


 馬を増やせば、飼料と水が必要になる。


 そして、それらを運ぶためには、また人手が必要になる。


「……兵站を支える人間そのものも、兵站の対象なんですね」


「その通りです」


 フェルディナントが苦笑した。


 私も苦笑するしかない。


 ここで、単純に人数を増やすだけでは駄目だと分かった。


 兵站要員を増やせば、作業量は減る。


 だが、部隊全体の消費量は増える。


 荷物が増えれば輸送力が必要になる。


 輸送力を増やせば、荷車と馬が必要になる。


 馬が増えれば、その分の飼料と水も必要になる。


 つまり――。


「人数だけを見ても、意味がありませんね」


「では、何を見るんです?」


「部隊全体です」


 私は帳面に線を引いた。


 トロスの人数。


 荷車の数。


 軍馬の数。


 食料。


 水。


 薪。


 そして、行軍距離。


「例えば、トロスを六〇人にする」


 数字を書く。


「その場合、今の荷車三台で足りるのか」


 さらに書く。


「足りないなら、荷車を増やす必要がある。でも荷車を増やせば、馬も必要になる」


「……その馬にも食料が必要になる」


「そうです」


 フェルディナントが頷いた。


「なら、七〇人では?」


「同じです」


「八〇人なら?」


「やはり計算しないと分かりません」


 私は帳面を見つめた。


 五〇人。


 六〇人。


 七〇人。


 八〇人。


 九〇人。


 一〇〇人。


 人数を変えるだけではない。


 その人数を支えるために、何台の荷車が必要なのか。


 何頭の馬が必要なのか。


 その馬を維持するために、どれだけの飼料と水が必要なのか。


 そして、それらを含めた部隊が、どれだけの距離を一日に進めるのか。


「……面倒ですね」


「ですが、必要でしょう」


「分かっています」


 私はため息をついた。


 五〇人では、戦闘後の復旧が厳しい。


 だからといって一〇〇人にすればいいわけではない。


 人を増やせば、物資が増える。


 物資が増えれば、輸送力が必要になる。


 輸送力を増やせば、さらに馬と飼料が必要になる。


 結局、どこかに一番効率のいい地点があるはずだ。


 少なすぎても駄目。


 多すぎても駄目。


 重要なのは、兵站要員の人数ではなく、**部隊全体が最も長く、安定して動ける組み合わせ**なのだ。


 私は新しい欄を作った。


 そこに数字を書き込んでいく。


 五〇。


 六〇。


 七〇。


 八〇。


 九〇。


 一〇〇。


 その横に、荷車。


 馬。


 食料。


 水。


 薪。


 行軍距離。


 そして、戦闘後の復旧時間。


 考えることが、一気に増えた。


「……なんで私は、こんなことまで考えているんだろう」


「軍隊の運用を考えているからでは?」


「それが一番困るんですよ」


 私は苦笑した。


「私は軍人でもなければ行政官でもないのですが」


「ですが食料に関する困りごとを皇帝からなんとかしてほしいと頼まれているでしょう?」


「そうなんですよね」


 だが、もう逃げられない。


 第四回実地試験で分かった。


 兵站は、戦闘中だけを見るものではない。


 戦闘が終わった後。


 疲れた兵士が立ち上がれるか。


 負傷者を運べるか。


 壊れた荷車をどうするか。


 減った物資をどう補うか。


 そして翌朝、再び部隊を動かせるか。


 そこまで含めて、兵站なのだ。


 だから次に調べるべきなのは、単純な「兵站要員の増員」ではない。


 人。


 馬。


 荷車。


 物資。


 行軍距離。


 その組み合わせだ。


「……第五回実地試験ですね」


 フェルディナントが言った。


「ええ」


 私は帳面の新しいページを開いた。


 そして、題名を書き込む。


 ――第五回実地試験。


 ――兵站要員と輸送力の最適化。


 今度は、一つの数字を変えるだけではない。


 部隊全体の形を変える。


 五〇人で足りないなら、六〇人。


 六〇人でも足りないなら、七〇人。


 だが、そのたびに荷車や馬も見直す。


 増やしたことで、逆に行軍能力が落ちるかもしれない。


 逆に、少ない人数でも輸送力を増やせば解決するかもしれない。


 答えは、まだ分からない。


 だからこそ、試す。


 私は帳面を閉じた。


 ――次は、どこまで効率を上げられるか。


 また一つ、試験項目が増えた。

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