輸送の実地試験その一
翌朝。
私は帳面を抱えて、集まった兵士たちの前に立っていた。
人数を確認する。
戦闘員――一〇〇人。
そして、その後ろに並ぶトロス――五〇人。
「今日から実地試験を始めるわ」
ざわり、と兵士たちが騒ぐ。
「期間は?」
「一〇日間」
「一〇日……」
「そう。一〇〇人の戦闘員と五〇人のトロスで、本当に部隊を動かせるか試すの」
今回の目的は単純だ。
これまで考えてきた軍用食を、実際の行軍で使ってみる。
机の上で計算するだけでは分からないことがある。
だから――。
**実際に一〇〇人を一〇日間動かしてみる。**
用意したのは、硬めの混合パン。
保存肉。
チーズ。
乾燥豆。
乾燥サツマイモ蔓。
塩。
油。
そしてトウモロコシ。
人間用だけではない。
軍馬の飼料としても使う。
「食料の量は?」
「十日分、確保しています」
「予備は?」
「入れています」
「軍馬は?」
「十四頭です」
「よし」
私は頷いた。
計算上は問題ない。
一人分を決めた。
一〇〇人分を計算した。
一〇日分を用意した。
予備もある。
これなら大丈夫。
――そう思っていた。
「……積み終わりません」
「え?」
私は荷車の前まで走った。
そこには、まだ大量の荷物が残っている。
パン。
豆。
保存肉。
チーズ。
馬飼料。
鍋。
薪。
水桶。
調理道具。
予備食料。
修理道具。
「ちょっと待って」
私は帳面を見る。
計算は間違っていない。
必要量も合っている。
なのに――。
「荷車が足りない」
兵士たちが黙る。
「……どういうこと?」
「食料を運ぶ荷車が必要です」
「ええ」
「荷車を引く馬が必要です」
「それも分かる」
「馬の飼料も必要です」
「……」
私は黙った。
「荷物が荷物を呼んでる……」
結局、荷車を増やす。
すると馬も必要になる。
馬が増えれば飼料が増える。
飼料が増えれば、また荷物が増える。
出発は予定より半日遅れた。
「……最初からこれなの?」
私は額を押さえた。
しかし、本当の問題はここからだった。
出発してしばらく進んだところで、トロスの一人が声を上げる。
「水です」
「水?」
「この先、水場がありません」
私は地図を見る。
「……本当に?」
「はい」
「次の水場は?」
「かなり先です」
私は絶句した。
水は必要だ。
だが、一〇〇人以上の人間と馬の分を全部運べば、それだけ荷車が重くなる。
「……全部持って行くのは無理ね」
そこで私は考えた。
水場があるなら、現地で確保すればいい。
問題は――。
「そのまま飲むわけにはいかない」
私は試作した装置を取り出した。
布。
砂利。
砂。
木炭。
濁った水を上から流す。
少しずつ水が透明になっていく。
「綺麗になりましたね」
「でも、これだけでは安全とは限らない」
私は首を振った。
「最後は煮沸する」
ろ過して濁りを減らす。
そのあと、火にかける。
「つまり――」
私は紙に書いた。
**水場→ろ過→煮沸。**
「水そのものを全部運ぶんじゃない。ろ過器を運ぶの」
「なるほど」
兵士たちも頷いた。
これなら運ぶ水を減らせる。
……と思った。
「薪が足りません」
「…………」
私は空を見上げた。
「そうだった」
水を煮沸する。
料理をする。
豆を炊く。
乾燥サツマイモ蔓を戻す。
その全部に薪がいる。
「薪を増やして積みますか?」
「それをしたら、また荷車が増えるでしょう」
私は頭を抱えた。
そこで調理方法そのものを見直した。
「豆は事前に加熱してから乾燥できない?」
「できます」
「サツマイモ蔓も、下処理しておく」
「はい」
「パンはそのまま食べられる」
火を使う時間を減らす。
そして、
「薪はできるだけ現地調達」
森林がある場所なら必要な分だけ集める。
では、森林が少ない場所はどうするか。
私は考えた。
そして一つの答えに行き着く。
「石炭があるなら……コークスを試せないかしら」
いきなり全面採用はしない。
少量だけ試す。
着火は薪。
火が回ったらコークス。
薪だけの場合と比較して、使用量を記録する。
「どれだけ薪を減らせるか、実際に測ってみましょう」
ところが。
「コークスを作るなら、加工する場所が必要です」
「……そうよね」
石炭を取る。
加工する。
保管する。
運ぶ。
「結局、兵站はどこまで行っても兵站ね……」
そして三日目。
「荷車が壊れました」
「え?」
「車輪です」
道路が悪かった。
食料は無事。
水も確保している。
なのに荷車が止まる。
荷車が止まれば、食料も止まる。
「修理は?」
「職人がいればできます」
「……職人」
私は帳面に書き足した。
修理。
予備部品。
工具。
担当者。
そして――時間。
食料だけではない。
水。
燃料。
飼料。
輸送。
修理。
調理。
全部がつながっている。
四日目。
私は全員を集めた。
「最初の計画は失敗です」
兵士たちがざわつく。
「食料が足りなかったんですか?」
「違う」
「水ですか?」
「それも違う」
私は荷車を指差した。
「全部あるの」
食料もある。
水もある。
薪もある。
飼料もある。
なのに――。
「持って運ぶ量が多すぎた」
私は帳面を広げた。
「だから、ここから変えるわ」
まず。
「水は水場で確保する」
ろ過器を使う。
その後に煮沸する。
「薪は現地調達を基本にする」
「調理時間を短くする」
「豆とサツマイモ蔓は事前加工する」
「荷車には、どうしても持ち運ばなければならないものだけを積む」
そして――。
私は五〇人のトロスを見る。
「それから、あなたたちの仕事も決める」
「仕事を?」
「そう」
私は地面に線を引いた。
「これまでは手が空いた人が、その場その場で手伝っていたでしょう?」
「はい」
「それをやめるの」
五〇人全員がこちらを見る。
「担当を決める」
私は帳面を開いた。
「まず、給水」
十人。
「水場を探す。水を汲む。運ぶ。ろ過器を管理する。煮沸の準備もする」
「十人ですか?」
「一〇〇人と馬の分よ。少ないくらいでしょう?」
次に、
「燃料」
八人。
「薪を集める。必要なら乾いた枝を探す。石炭が使える場所なら、その確保もする」
「分かりました」
「ただし、使った量も記録して」
続いて、
「調理」
十二人。
「食事の準備。豆の戻し。パンと保存肉の配分。鍋と調理道具の管理」
「十二人も?」
「一五〇人分の食事を作るのよ」
さらに、
「馬と荷車」
八人。
「馬の飼料。給水。体調確認。荷車の積み下ろし。車輪と車軸の点検」
そして、
「修理」
五人。
「工具と予備部品を管理して。荷車が壊れたとき、すぐ動けるようにする」
最後に、
「物資管理」
七人。
食料。
水。
燃料。
飼料。
予備品。
全部を記録する。
私は指で人数を数えた。
給水十。
燃料八。
調理十二。
馬と荷車八。
修理五。
物資管理七。
合計――五〇。
「これで五〇人」
トロスたちは互いに顔を見合わせた。
「足りないところは?」
「余裕がある人が手伝う」
「はい」
「でも、自分の担当を放り出して手伝いに行くのはなし」
私は帳面を閉じた。
「誰が何をしているのか分からない状態が、一番困るから」
五日目。
第二回の試験を始めた。
今度は最初から水場を確認してある。
ろ過器も用意した。
薪は必要量だけ確保する。
豆は事前加工済み。
乾燥サツマイモ蔓も短時間で調理できる。
そして何より――。
兵士たちが余計な仕事をしなくなった。
水を汲むのは給水担当。
薪を集めるのは燃料担当。
鍋を準備するのは調理担当。
荷車を確認するのは輸送担当。
馬を見るのも馬担当。
物資管理担当は帳面をつけている。
その間、兵士たちは――。
歩く。
訓練する。
武器を点検する。
休む。
「……前より楽ですね」
一人の兵士が言った。
「でしょう?」
私は少しだけ得意になる。
今までなら、兵士が水を運んだ。
兵士が薪を集めた。
兵士が荷車を押した。
兵士が料理を手伝った。
その時間が減った。
「兵士には、兵士の仕事をしてもらう」
私は呟いた。
そして、五〇人のトロスを見る。
給水。
燃料。
調理。
荷役。
馬。
修理。
物資管理。
それぞれが、自分の持ち場で動いている。
ふと、気づいた。
これだけで――。
部隊全体の動きが、ずいぶん滑らかになっている。
「……そういうことか」
私は帳面に書き込んだ。
**兵站要員を置くことで、戦闘員の負担を減らせる。**
そこで、私は手を止めた。
帳面を見る。
戦闘員――一〇〇人。
トロス――五〇人。
軍馬。
荷車。
食料。
水。
燃料。
修理。
調理。
給水。
私は首を傾げた。
「……あれ?」
私は自分の帳面を眺める。
「なんで私、こんなことまで考えてるの?」
そもそもの始まりは、軍用食だった。
兵士に何を食べさせるか。
どうすれば保存できるか。
どうすれば運びやすいか。
ただ、それだけだったはずだ。
なのに今では――。
軍馬の飼料を考えている。
水場を調査している。
燃料を考えている。
荷車の修理まで考えている。
しかも――。
「トロスの人数比率まで決めてる……」
私は頭を抱えた。
「私、軍人じゃないんだけど」
戦争をしたいわけではない。
英雄になりたいわけでもない。
ただ――。
兵士がちゃんと食べられるようにしたかった。
それだけだった。
なのに。
食料を用意する。
運ぶ。
荷車が必要になる。
馬が必要になる。
馬には飼料が必要になる。
水も必要になる。
水を安全にするには燃料が必要になる。
壊れたら修理しなければならない。
そして、それを担当する人間が必要になる。
「……全部、つながってる」
私は思わず苦笑した。
だから――。
兵站を考えるしかなかった。
私は地図を広げる。
水場。
野営地。
補給地点。
燃料を確保できる場所。
それらを一本ずつ線でつないでいく。
そこで、また手が止まった。
紙の上には、すでに次の計画が書かれていた。
**第三回実地試験・兵站計画。**
「……あれ?」
私は固まった。
「なんで第三回までやることになってるの?」
自分で決めた。
自分で書いた。
誰にも命令されていない。
「……まあ、やるけど」
結局、私は筆を握り直した。
農業改革をしていたはずだった。
食料改革をしていたはずだった。
それがいつの間にか――。
**軍隊をどうやって効率よく動かすか。**
そんなことまで考えている。
「……本当に、人生って何が起こるか分からないわね」
私は苦笑した。
そして帳面の次のページを開く。
今度は――。
トロス五〇人を、もっと活用する。
兵士一〇〇人が戦う。
トロス五〇人が支える。
その役割分担で、本当に部隊を動かせるのか。
「さて……」
私は筆を走らせる。
「第三回で、ちゃんと確かめましょう」
実地試験は、まだ終わっていない。
むしろ――。
**ここからが本番だった。**




