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農業大学生、異世界で皇帝に呼ばれる――「迷い鳥」は国を変える  作者: 水源


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麦畑とブドウ畑

 皇帝との謁見から三日後、私はフェルディナントさんが手配してくれた馬車に揺られていた。向かいに座っているマルク伯は、窓の外の景色を時折眺めながらも、どうにも納得できないといった様子でこちらを見つめている。


「本当に行かれるのですか?」


 半ば呆れたように眉を上げながら、マルク伯が問い掛けてくる。


「はい」


 私は迷うことなく即答し、まっすぐマルク伯の目を見返した。


「農村を見せてほしいとお願いしたのは、私ですから」


「しかし、まさか三日後には視察が決まるとは……」


 マルク伯は小さく肩をすくめると、困ったように苦笑した。どうやら、私が本当にすぐ動くとは思っていなかったらしい。


「善は急げ、です」


 何気なくそう口にした瞬間、マルク伯が不思議そうに首を傾げたので、私は自分の失言に気づき、思わず口元を押さえた。


「……その言葉は初めて聞きましたな」


「あ」


 しまった。また余計なことを言ってしまった。


「……私の故郷の言葉です」


 少し誤魔化すように笑って答えると、マルク伯は一瞬だけ私の顔をじっと見たものの、それ以上追及することなく、穏やかに頷いた。


「なるほど」


 それだけで済ませてくれたので、私は内心でほっと息を吐いた。ありがたい。


 やがて馬車が街道を外れると、舗装された道などない土の道へと入っていった。車輪が石を踏むたびに車体が大きく上下し、そのたびに座席から身体が浮きそうになるほどの衝撃が尻に響いてくる。


「うわっ!」


 思わず声を上げて座席にしがみつくと、向かいのマルク伯が心配そうに身体を少し前へ乗り出した。


「大丈夫ですか?」


「……はい」


 私は何でもないように答えたものの、正直なところ大丈夫ではない。座っているだけなのに尻がじわじわと痛くなってきて、現代日本の道路って、本当に素晴らしかったんだなと、こんなところでしみじみ実感してしまう。


 そんなことを考えているうちに、窓の外の景色が少しずつ変わっていった。建物の数が減り、代わりに森が増え、さらにその先へ進むと、視界いっぱいに広がるものが見えてくる。


「……畑」


 思わず窓へ身を寄せると、そこには広大な麦畑が広がっていた。とにかく広く、風が吹くたびに黄金色の穂が一斉に揺れ、まるで大きな波が畑の上を走っているように見える。遠くには木造の家々が並び、その周囲では何人もの農民が腰を屈めたり鍬を振るったりしながら働いていた。


 一見すれば、私が知る「昔の農村」そのものだ。


 けれど、その景色を眺めているうちに、私は次第に眉をひそめていった。


「……同じですね」


 私の呟きに、向かいのマルク伯が不思議そうに顔を上げる。


「何がです?」


「作っているものです」


 私は窓の外へ視線を戻したまま、広がる畑を見渡した。


「この辺り、ほとんど全部が麦ですよね?」


「そうですが」


 マルク伯は特に疑問を感じていないように頷いた。


「三圃式は使っていないんですか?」


 私が尋ねると、マルク伯は少し考えるように顎へ手を当て、それから静かに首を横に振った。


「知っています。しかし、この辺りでは、教科書通りには行っておりません」


「教科書通り?」


 思わず聞き返す私に、マルク伯は苦笑しながら説明する。


「畑を三つに分け、冬作、春作、休閑を順番に回す方法でしょう。理屈としてはよく分かっていますし、実際に行っている土地もあります」


「じゃあ、どうしてここでは?」


 私が首を傾げると、マルク伯は窓の外へ視線を向けた。


「この地方では、雨の降り方が一定ではありませんからな」


「雨が?」


「ええ。十分に降る年もあれば、そうでない年もある。ですから、毎年決まった区画を休ませるより、その年の天候や土の状態を見ながら作付けを変えるほうが都合がいいのです」


 なるほど。三つにきっちり分けて毎年同じように回すこと自体が、この土地では必ずしも最善ではないらしい。


 その会話を聞いていたのか、近くで働いていた農夫がこちらへ顔を向け、鍬を肩に担ぐように持ち直した。


「その通りです」


 農夫は私たちへ歩み寄ると、畑を見渡しながら苦笑する。


「昔から似たようなやり方はありますが、この土地では毎年きっちり同じようにするのは難しいんですよ」


「どうしてです?」


 私が尋ねると、農夫は鍬の柄を地面に立て、その上へ両手を置いた。


「雨が読めませんから」


「雨が?」


「ええ。乾いた年に畑を休ませすぎれば、食べるものが足りなくなります。かといって、無理に植えても雨が来なければ実りません」


 農夫は空を見上げ、それから畑へ視線を戻した。


「だから、その年にどれくらい植えるかを考えるんです」


「なるほど……」


 私は畑を見渡した。三圃式を知らないわけではないし、休閑の意味も理解している。ただ、この土地では決まった形をそのまま当てはめるより、その年の雨や土の状態に合わせて調整しなければならないのだ。


「春作のほうには、豆やカブを入れることもあるんですか?」


「ええ。できるところではやりますとも」


 農夫は頷いたものの、少し申し訳なさそうに笑った。


「ただ、毎年同じように育つとは限りませんからな。雨が少なければ、結局は麦を優先することになります」


「麦を?」


「麦なら売れますし、食べることもできます。それに税も麦で納めますから」


 私はその言葉に少しだけ眉を寄せた。


「肥料はどうしています?」


「家畜の糞を使っています」


 農夫は足元の土へ目を落としながら答える。


「堆肥には?」


「していますとも」


「足りますか?」


 私が念を押すと、農夫は少しだけ顔を曇らせ、それでも迷うことなく首を横に振った。


「……足りません」


「家畜が少ないので」


 その答えを聞き、私は畑の周囲を改めて見渡した。


「牛や馬が高いから?」


「ええ。農民には簡単に買えるものではありません」


 私は何も言わず、再び麦畑へ目を向けた。雨が不安定で、肥料も足りず、それでも麦を減らすわけにはいかない。こうして考えてみると、この村が麦中心になっている理由が少しずつ見えてきた。


「麦以外は?」


「豆やカブを少し」


「野菜は?」


「畑の隅で育てる程度です」


「どうして増やさないんですか?」


 私が問い掛けると、農夫は逆に、なぜそんなことを聞くのか分からないといった顔をした。


「売れないからです」


「……あ」


 思わず漏れた声に、農夫は苦笑する。


「麦なら売れます。それに税も麦で納めますから」


 私は言葉を失った。そういうことか。


 農民が麦ばかり作っているのは、麦しか知らないからじゃない。麦を作らなければ生活できないのだ。食べるためにも、税を払うためにも、道具を買うためにも、家族を養うためにも金が必要で、そのためには売れる麦を作るしかないという、当たり前だが簡単には抜け出せない事情がある。


「では、不作になったら?」


「蓄えを崩します」


 農夫は淡々と答えたが、その声には慣れた苦さが滲んでいた。


「それでも足りなければ?」


 私がさらに尋ねると、農夫はすぐには答えず、視線を地面へ落とした。


「……買います」


「でも、不作なら麦の値段も上がりますよね?」


「ええ」


「つまり――」


 私は思わず息を呑み、言葉の続きを考えながら農夫を見つめた。収穫が減れば値段が上がり、それでも買わなければならないのだから、金がなければ食料を手に入れることすら難しくなる。


「厳しいですね」


 私が小さく呟くと、農夫は苦笑を浮かべながら静かに頷いた。


「ええ」


「だから、凶作は怖いのです」


 その言葉を聞き、私はしばらく何も言えなかった。


 私は畑を見つめながら、頭の中でこれから必要になることを整理していく。単純に収穫量を増やせばいいわけではなく、平年の収穫を増やし、乾いた年でも何かを収穫できるようにし、収穫したものを保存し、さらにそれを作った農民がきちんと生活できるようにしなければならない。どれか一つだけでは足りず、全部を考える必要がある。


「……マルク伯」


 私は振り返り、少し離れた場所に立ってこちらの会話を聞いていたマルク伯へ声を掛けた。


「はい?」


 マルク伯が姿勢を正して私を見る。


「この村で、試験用の畑を一つ借りられませんか?」


「試験用?」


 マルク伯は目を丸くし、私の顔をまじまじと見た。


「何をなさるおつもりで?」


「作物の組み合わせを変えてみたいんです」


「三圃式を?」


 マルク伯が少し興味を示すように身を乗り出す。


「それだけじゃありません」


 私は首を振った。


「三圃式のように決まった形にするのではなく、雨の量や土地の状態を見ながら、麦と豆などの組み合わせを変えてみたいんです」


「なるほど……」


 マルク伯は顎に手を当てながら、畑を見渡した。


「いきなり全部を変えるつもりはありません」


 私は安心させるように小さく首を振った。


「まず、小さく試します」


「失敗したら?」


 マルク伯が眉を寄せると、私は少し笑って答えた。


「だから小さくするんです」


 マルク伯が黙り込む。その隣では農夫も、鍬を握ったまま私の顔を見つめていた。


「収穫が増えるんですか?」


 やがて農夫が、期待と不安の混じった声で尋ねてくる。


「分かりません」


「……分からない?」


「はい」


 私は苦笑しながらも、その目だけは真剣に農夫を見つめた。


「だから、試すんです」


 農夫はしばらく私を見つめていたが、やがて肩の力を抜くように小さく笑った。


「変わった迷い鳥様ですな」


「よく言われます」


 私も笑いながら返し、そのままもう一度畑へ視線を戻した。


 麦や豆、カブだけでなく、そこには家畜や肥料、保存の問題まで絡んでいて、それぞれが別々の問題ではなく、互いに繋がりながらこの村の農業を形作っている。そう考えているうちに、頭の中でいくつもの知識が繋がり、その中から一つの作物が浮かんだ。


「……ジャガイモ」


「はい?」


 農夫が聞き返したので、私は少し慌てて首を横に振った。


「いえ、こちらの話です」


 地面の中に芋を作る作物で、収量も多く、主食の一部を置き換えられる可能性がある。ただ、知っているからといって、ここですぐ育てられるとは限らない。種芋はあるのか、気候は合うのか、土壌は適しているのか、病気の問題はないのか、そもそもこの世界に存在するのかと、確認しなければならないことはいくらでもある。


 そして、ジャガイモについて考えたことで、別の作物のことも頭に浮かんできた。


 ――トウモロコシ。


 これも、少ない土地から多くの食料を得られる作物として知られている。


 そういえば、歴史の授業か何かで聞いた覚えがある、ジャガイモはドイツのフリードリヒダオ王が広めたことで有名だったが、ハプスブルク帝国では、マリア・テレージアの時代を中心に、トウモロコシの栽培が積極的に勧められていたはずだ。


 単純に農民を飢えさせないためだけではない。


 高く売れる小麦を西ヨーロッパへ回し、国の収入を増やす一方で、国内で暮らす貧しい農民たちの食料を別の作物で補う。つまり、輸出用の穀物を増やしながら、国内の食料不足も何とかしようという、一見すると別々に見える二つの目的を同時に達成するためだったはずだ。


 確か、トウモロコシは小麦よりも土地当たりの収穫量が多く、降水量が少ない地域など比較的さまざまな土地や気候に適応できるからこそ、貧しい農民の主食として広まっていった。


伊達に21世紀では生産量が世界最大の穀物ではなかったのだ。


 なるほど、そう考えると、作物を増やすというのは、単純に「農民に食べるものを与える」という話だけではない。何を食料にするのか、何を商品として売るのか、どの作物を国内に残し、どの作物を外へ売るのかまで考えれば、国全体の経済まで含めた問題になってくる。


 ただ、そこには嫌な記憶もあった。


 トウモロコシが主食として広まりすぎた地域では、長い目で見ると別の問題も起きたはずだ。栄養の偏りによって、後にはペラグラと呼ばれる病気が広がったという話を、どこかで読んだ覚えがある。


 ……やっぱり、一つの作物に頼りすぎるのは危険だ。

 収量が多いから。

 育てやすいから。

 売れるから。

 そんな理由だけで、そればかりを植えてしまえば、今度は別の問題が生まれる。


「まずは調べないと」


 私は考え込むように呟き、遠くの畑へ目を向けた。


 ジャガイモにしても、トウモロコシにしても、私が知識として知っていることと、この土地で実際に育てられることは別の話だ。気候も土壌も違えば、必要な道具も違うし、そもそも種や種芋が手に入らなければ始めることすらできない。


 知っているからといって、成功するとは限らない。

 だから試す。

 小さく試して、結果を見る。

 うまくいった方法だけを広げていく。

 それが、今の私にできることだった。


 そして、その日の午後、私たちは麦作中心の村を離れ、さらに街道を進んだ。しばらく馬車に揺られていると、先ほどまでとは違った景色が窓の外に見えてくる。


「ブドウの村、ですか?」


 私が窓の外を眺めながら尋ねると、マルク伯が頷いた。


「ええ。この辺りでは有名です」


 景色が変わっていた。低い丘が連なり、その斜面に沿って緑の木々が整然と並んでいる。さっきまで見ていた広大な麦畑とは、まるで別の国へ来たかのようだった。


「……きれい」


 思わず口から漏れた声に、マルク伯が少しだけ笑みを浮かべる。


 丘の斜面いっぱいにブドウの木が植えられ、葉の間からは小さな実の房が顔を覗かせていた。


「この辺りでは、昔からブドウを?」


「ええ。日当たりも土も、ブドウに向いているそうです」


 馬車を降りると、甘いような、青臭いような独特の匂いが鼻をくすぐった。畑では農民たちが黙々と作業を続けており、枝を確認したり、余分な葉を落としたり、実の状態を確かめたりしている。


「こんにちは」


 私が声を掛けると、こちらに気づいた農民が手を止め、驚いたように振り返った。


「これは……迷い鳥様」


「少し畑を見せてもらってもいいですか?」


 私は笑顔で尋ね、農民へ軽く頭を下げる。


「もちろんです」


 農民も笑顔を返すと、こちらへ近づいてきて畑の中を案内してくれた。


 案内されながら、私は一本一本のブドウの木を眺めた。先ほどの麦とは違い、どの木にも細かな手入れが施されていることが分かる。


「かなり手がかかりますね」


「ええ。放っておけばいい作物ではありませんから」


 農民は枝を持ち上げ、その先に伸びた芽を示しながら説明する。


「伸ばしすぎれば実が減ります。実をつけすぎても、一つ一つが小さくなる」


「だから剪定を?」


 私が枝へ目を向けたまま尋ねると、農民は得意げに頷いた。


「そういうことです」


 なるほど。麦のように広い土地で一斉に育てる作物とは違い、ブドウは一本一本に手をかけ、その状態を見ながら育てていく必要があるらしい。


「収穫したブドウはどうするんですか?」


「ほとんどワインにします」


 農民は丘の下にある建物を指差した。


「村で?」


「はい。向こうに醸造所があります」


 少し離れた場所には、大きな木造の建物が建っていた。そこでは、この村で収穫されたブドウがワインへ姿を変えているのだろう。


「生のまま売ることは?」


「少しだけです」


「なぜ?」


「ブドウは傷みやすいので」


「ああ……」


 私は納得したように頷いた。麦なら乾燥させればいいが、ブドウはそのままでは傷みやすいからこそ、ここではワインに加工することで保存できる商品へと姿を変えているわけだ。


「ワインはどこへ売るんです?」


「商人が買いに来ます。街へ運んで、そこから各地へ」


「値段は安定していますか?」


 私が問い掛けると、農民の表情がわずかに曇った。


「……年によりますな」


「豊作なら?」


「安くなります」


「不作なら?」


「高くなります」


「では、豊作でも必ず儲かるわけではない?」


「ええ」


 農民は困ったように笑いながら肩をすくめた。


「収穫が多すぎれば、商人も安く買おうとしますから」


「なるほど……」


 ここにも問題がある。作って売ればそれで終わりというわけではなく、どれだけ収穫できたかによって市場価格が変わる以上、豊作だからといって必ず収入が安定するわけではない。


「もし、ブドウが不作になったら?」


「困ります」


「麦は?」


「買います」


「そのお金は、どこから?」


 私が尋ねると、農民は答えに詰まったように口を閉じた。


「……だから、不作は怖いんです」


 また同じ言葉だった。


 私は丘の斜面に広がるブドウ畑を見渡した。外から見れば豊かな村に見えるけれど、その実態は麦作村と同じくらい不安定なのかもしれない。


「ブドウ畑を増やすことは?」


「もちろん考えます」


 農民は頷いたものの、その表情には迷いが残っている。


「麦畑を減らして?」


「……そうなりますな」


 農民は苦笑しながら答えた。


「ブドウは麦より高く売れますから」


「でも、食べる麦が減る」


「ええ」


 私はその返事を聞いて黙り込んだ。


 ここでも同じだ。食べるための作物と売るための作物があり、土地には限りがある以上、どちらかを増やせば、その分だけもう一方を減らさなければならない。値段の高い作物を増やせば収入は増えるかもしれないが、食料を買わなければならなくなり、今度は別の問題が生まれてしまう。


「ワインを、もっと高く売る方法は?」


 私が尋ねると、マルク伯が驚いたようにこちらを見る。


「高く、ですか?」


「はい」


 私は醸造所へ視線を向けながら答えた。


「同じブドウでも、売り方を変えれば価値を上げられるかもしれません」


「売り方を?」


「品質を揃える。保存状態を良くする。熟成させる。産地を明確にする……」


 思いつくことを口にしながら、私は頭の中でも必要な条件を考えていく。もちろん、簡単ではない。瓶も必要だし、樽も必要になるし、輸送の問題もある。何より、それだけ手を掛けた商品を買ってくれる人が必要になる。


「ワインは長く保存できますか?」


「きちんとした樽なら」


 農民が答える。


「なら、値段が安い年に無理して全部売る必要はないのでは?」


「そうできればいいのですが……」


 農民は少し困ったように笑い、両手を広げた。


「樽も地下蔵も必要ですから」


「ああ……」


 私は納得して頷いた。保存できるからといって、保存する設備が最初から整っているとは限らない。そこにも資金や労力が必要で、また一つ問題が見えてきた。


「なら、村で共同の貯蔵庫を作るのは?」


「共同で?」


 農民が目を丸くして聞き返した。


「安い年には無理に売らず、保存する。価格が戻ったら売る」


「……そんなことができるのでしょうか?」


 農民の表情には半信半疑の色が浮かんでいる。


「分かりません」


 私は笑いながら肩をすくめた。


「だから、調べるんです」


 また同じ言葉だ。


 けれど、今度は少し意味が違う。麦作村では、食料をどう増やすかを考えたのに対し、この村では、作ったものをどう価値に変えるかを考えている。


 農業は畑だけを見ていても分からない。生産するところから、加工し、保存し、輸送して、最後に販売するところまで全部が繋がっていて、そのどこか一つが滞るだけでも、農民の収入や生活に影響が出るのだ。


「農業って……」


 私は丘の上から村を見渡しながら呟いた。


「本当に、畑だけの問題じゃないんですね」


「どういう意味です?」


 マルク伯が隣へ歩み寄り、私の横顔を覗き込むようにして尋ねてくる。


「作るところから、売るところまで全部繋がっているんです」


 私はブドウ畑から醸造所へ、さらにその先へ続く街道へと視線を移しながら答えた。


「……なるほど」


 マルク伯も私の視線を追うようにして村を見渡した。


 ブドウ畑があり、その間には麦畑もあり、収穫されたブドウをワインにする醸造所があり、その周囲には農家があり、そして、その先には商品を街へ運ぶ街道が続いている。それぞれが別々に存在しているように見えて、実際にはすべてが一本の線で繋がっていた。


「面白い……」


 私は思わずそう呟いてしまった。


「面白い、ですか?」


 マルク伯が少し意外そうに眉を上げたので、私は振り返って笑った。


「はい」


「村によって、必要な改革が違うんです」


 最初の村に、いきなりブドウを植えろと言っても意味がない。逆に、この村に麦だけを増やせと言えば、貴重な収入源を失わせてしまう。土地の広さや気候だけではなく、そこで育つ作物、市場で売れるもの、そして実際にその土地で暮らしている人々の事情まで全部を見なければ、本当に必要な改革には辿り着けない。


「マルク伯」


「はい」


「もっと農村を見て回りましょう」


 私がそう言うと、マルク伯は呆れたように息を吐き、それでもどこか諦めたような笑みを浮かべた。


「まだ行くのですか?」


「もちろんです」


 私は即答し、まったく迷う様子なく頷いた。


「麦の村だけでも駄目です。ブドウの村だけでも駄目です」


「他にも見るおつもりで?」


「この国には、まだたくさんの村がありますから」


 私は、もう一度ブドウ畑を振り返った。

 麦だけではないし、ブドウだけでもない。豆やカブのような作物もあれば、家畜や果樹もあり、それぞれの土地によって育つものも、売れるものも、必要とされるものも違っている。ならば、一つのやり方を国中に押し付けるのではなく、その土地に合った農業の形を探していく必要がある。


「この国に合った農業の形を探さないと」


 そう口にした私は、目の前に広がる農村の景色を、これまでとは少し違った気持ちで見つめていた。それが、この日の視察で見つけた二つ目の課題だった。

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