パスタと唐辛子とココアとザッハトルテ
さて、お話は続きます。
「取り合えず、当面のところは救済作物として育てているキビをトルコ小麦に置き換えつつ、畑を拡張してタバコの栽培も推奨していくのがよいかと思います」
私がそういうとフェルディナンド様が聞いてきた。
「その理由を聞いてもいいかな?」
私はうなずいて答えます。
「まず、キビをトルコ小麦に置き換えるのは単純に収量が大きく増えるからです。
収量が増えればそれだけ食べられる量も増えます」
トウモロコシはキビやソバに比べると実が大きく、イネやコムギに比べると、光合成の効率がはるかに優れているため収穫倍率で抜きんでて優れている作物です。
21世紀の現代においてトウモロコシの収穫倍率は約800倍、イネは約100倍、コムギは小麦は約20倍。
16世紀ではそこまで高くないだろうけどそれぞれが5割から2割程度だとして、トウモロコシの収穫倍率は約400倍から約160倍、イネは約50倍から約20倍、コムギは小麦は約10倍から約4倍といったところかな?
確か麦については気候や土壌的に劣る西欧・東欧では、中世から近世くらいまでは一部10倍以上の収穫率が得られる地方があるものの、全体をならせば4倍程度にしかならない時代が長かったはずなのですがトウモロコシは小麦ほど水分を必要としないので収量がそこまで減ることもないはずなのですよね。
「なるほどそれは大事ですね。
しかし、なぜ同時にタバコも栽培させるのですか?」
フェルディナンド様がそう聞いてくるので私は答えます。
「タバコはお金になるからです。
そしてタバコは日照が十分であれば乾燥していても、温暖でも寒冷でも育ちます。
そしてタバコは高く売れます」
私がそういうとカール様がうなずきました。
「確かに、新大陸の銀やサトウキビとともにタバコはスペインの財政を潤してくれているのは事実だ。
よく知っているな」
スペインは、イギリスが台頭しはじめる16世紀末〜17世紀前半までは、タバコ貿易を独占していたはずなのですよね。
「ですので、このあたりでもタバコを栽培し、それをフランケライヒやオットマン帝国、ドイッチェラントなどに売りさばき、あちらの金や銀をこちらに集めるのがよろしいかと。
そのためにタバコは国が買い取り専売とするのがいいでしょう」
実際日本でも長い間タバコは専売公社が扱っていたんですよね。
「そしてタバコは常習性・中毒性が高いので吸った人はリピーターになる可能性が強いというメリットもあります」
私がそういうとフェルディナンド様はうなずきました。
「ふむ、それは良いですね。
非常に合理的です。
なるべく早く始めさせるようにしましょう」
そしてカール様が言います。
「ではそろそろ昼食のじかんだ。
続きは食事をしながらで良いだろうか?」
「はい、かまいません」
そんなんことを話していると料理が運ばれてきた。
「白アスパラのオランデーズソースでございます」
柔らかくなるまでじっくりと煮てある白アスパラにかかっているオランデーズソースは酸味の強いマヨネーズのような味でおいしいですね。
「うん、とてもおいしいです」
私が笑顔でそういうとフェルディナンド様も笑顔で言いました。
「渡り鳥様に喜んでいただけ何よりです」
次に運ばれてきたのはスープ。
「グリースクヌーデルでございます」
スープの中にはお団子のようなものが入っていて、食べた感じとしてチキンコンソメスープのすいとんといった感じです。
「こちらはデュラム小麦を練って丸めたものですね」
「ええ、その通りでございます」
そしてメインお料理が運ばれてきた。
「ザイブリングのムニエルにキャベツのパスタでございます」
運ばれてくる前、イワナのムニエルは大体どんな感じなのかわかっていたけど、キャベツのパスタはわからなかった。
運ばれてきて分かったけどフレッカールは、「角型の卵入りパスタ」のことで、感じとしてはラザニアに近いかな?
そういえばこの時代のパスタは白パン同様にまだ高級食材で貴族や豪商のような富裕層でないとなかなか食べられなかったんでしたっけ。
庶民は雑穀粥のポリッジや雑穀粉のポレンタ、ライムギパンのロッゲンブロートなどあまりおいしいとは言えないもんを食べざるを得なかったんですよね。
その理由は現状ではパスタの製法が手打ちで大量に作るのが難しいからですね。
なのでフェットチーネやラザニア、フレッカールのような平べったい麺のほうが多かった蓮です。
もうすこししたらダイスを使ってところてんのようにパスタの生地を押し出すパスタ押し出し器が開発され、富裕層でなくても食べられるようになるのですが。
でも、栄養価的には白パンのヴァイツェンブロートやパスタよりライムギパンのロッゲンブロートなどのほうが優れているのですが。
味付けはニンニクとバターに塩、こしょうのアーリオ・オーリオですね。
「これもシンプルですがおいしいですね。
でももう一つだけ味付けに加えてもらうとうれしいものがあるのですが」
「ふむ、何でしょうか」
「唐辛子です」
日本ではアーリオ・オーリオといえばペペロンチーノが真っ先に浮かびますしね。
「ふむ、また新大陸の農作物だな」
「はい、唐辛子の程よい辛みがいっそう食欲をそそるようになります」
「では次の機会にそれは試すとしよう」
「ありがとうございます」
さして最後に運ばれてきたのがデザートかな?
「こちらはココア(チョコラテ)でございます」
そういえばチョコレートやココアの原料のカカオもアメリカ大陸原産でしたっけ。
「たっぷりとミルクと砂糖にシナモンが入っていて、やさしい味ですね。
素敵です」
私の言葉を聞いてフェルディナンド様が笑顔で言います。
「現状ではそれを飲めるのはわが国だけですからね」
そういえばホットチョコがフランスに伝わったのは17世紀でしたっけ。
それを考えるととても貴重なものを私は飲んでいるのですね。
チョコレートを使用したケーキが誕生したのは、1700年代の18世紀ですが現状でも作ることは可能な気がします。
「女王の焼き菓子にチョコラテを混ぜてもきっとおいしくなると思います」
女王の焼き菓子は日本でいうカステラのような焼き菓子だが、スポンジケーキが生まれたのも確か16世紀ごろだったはずなんですよね。
タルトやチーズケーキの歴史はもっと古いのですが、比較的砂糖が簡単に手に入るようにならないとスポンジケーキを作るのは難しかったのでしょう。
「それは、おいしそうですね」
カール様がそういうとフェルディナンド様も言いました。
「迷い鳥様が作り方をご存じであるのならばぜひ食べてみたいものです」
「あー、材料や調理器具などがあればたぶん作れると思いますが……」
「ならば、ぜひ」
その後私は四苦八苦しながらチョコケーキのザッハトルテを作り上げたのでした。
ザッハトルテができるのは本来は1832年なんですけどね。
「濃厚なチョコレートに砂糖の甘さ、さらにはアプリコットジャムの酸味がアクセントになっていて何とも言えぬうまさだ」
カール様がそういうとフェルディナンド様もいいました。
「ではこの菓子はユーリ様のお名前をいただいて、ユーリの焼き菓子といたしましょう」
というわけでフランツ・ザッハさんには誠に申し訳ないことをしてしまったのでした。
はい、今回の農作物は唐辛子とカカオですね。