その軍用食、もっと軽くできますよ?――農業改革から始まる兵站革命
翌日。
私は、昨日聞いた兵士たちの話を紙に書き出していた。
パン。
豆。
肉。
チーズ。
そして、水と薪。
問題は、料理を美味しくすることではない。
兵士が――。
**「いつでも、どこでも食べられるもの」を作ることだ。**
前世の記憶を探る。
ナポレオン戦争の頃には、兵士が持ち歩く食料と、後方から運ばれてくる食料を組み合わせていた。
何日分かを手元に置き、補給が遅れてもすぐには困らないようにする。
考えてみれば、当たり前の話だ。
補給が一日遅れれば困る。
二日遅れれば、もっと困る。
ならば――。
「最初から、少し持たせておけばいい」
問題は何を持たせるかだ。
私は目の前のパンを見る。
硬い。
保存には向いている。
だが、毎日これだけでは辛い。
「……まず、パンからね」
細長いパンを一本。
普通のパンを一つ。
さらに、できるだけ水分を減らして焼いたもの。
同じ粉を使って、三種類作る。
「重さを測りましょう」
焼く前の生地を同じ重さにする。
焼き上がってから、もう一度測る。
どれだけ水分が抜けたのか。
どれだけ軽くなったのか。
「なるほど……」
焼き上がったパンを持ち比べる。
ほんの少しの差。
だが、これが千人分となれば話は変わる。
さらに一年。
何度も輸送する。
積み重なれば、無視できない差になる。
次に、パンを袋へ入れてみる。
丸いパン。
細長いパン。
小さく分けたパン。
どれが一番詰めやすいか。
どれが割れにくいか。
「……これは細長いほうがいいかしら」
持ちやすい。
袋にも入れやすい。
食べる分だけ取り出すこともできる。
ただし――。
保存性と食べやすさは別問題だ。
硬くしすぎれば食べにくい。
柔らかければ傷みやすい。
そこで、小麦の割合を変えてみる。
ライ麦を増やしたもの。
小麦を増やしたもの。
そこへ、少量のトウモロコシ粉を加えたもの。
「これは……」
一つずつ割ってみる。
香りを確かめる。
手で押して硬さを見る。
そして、兵士たちに渡す。
「食べてみてください」
「どれからです?」
「全部です」
兵士たちは顔を見合わせた。
最初は恐る恐る。
だが、一口食べると――。
「……こっちのほうが食べやすいですね」
「私はこっちが好きです」
「これは少し硬すぎます」
なるほど。
やはり、実際に食べてもらうのが一番早い。
私は結果を書き込んでいく。
硬さ。
味。
噛みやすさ。
腹持ち。
そして、持ち運びやすさ。
「次は豆ね」
乾燥豆を鍋に入れる。
普通に煮るもの。
あらかじめ砕いたもの。
粗く挽いたもの。
さらに、十分に煮てから乾燥させたものも作る。
「これなら、火にかける時間を短くできるかもしれません」
豆を粗く挽いたものに、トウモロコシの粉を加える。
水を入れて煮る。
すると――。
「これは、かなり簡単にできますね」
濃いめの粥。
あるいはポタージュのようなものになる。
これならパンだけでは足りない栄養も補える。
何より、普通の乾燥豆より調理時間を短くできる。
もちろん、保存性はこれから試さなければならない。
でも、方向は見えてきた。
「そして……これ」
私は味噌玉を思い出す。
味噌を丸めて乾燥させ、必要なときに湯へ溶かす。
日本では、そういう携帯しやすい食料の工夫もあった。
ここで同じものを作ることはできない。
だが、発想は使える。
**水分を抜いておけば、運びやすい。**
**食べるときに水を加える。**
だったら、この考え方を豆にも使える。
濃く煮る。
乾燥させる。
砕く。
そして必要なときに水へ戻す。
「これも試しましょう」
私は紙に書き加えた。
次はチーズだ。
水分を減らして硬くする。
塩を加える。
形を小さくする。
そして保存期間を見る。
「パンに載せて焼けば……」
一口食べる。
「うん」
思わず笑みがこぼれた。
「これは美味しい」
兵士たちにも食べてもらう。
「どうです?」
「これはいいですね」
「パンだけより、ずっと食べやすいです」
その反応を見て、私は頷いた。
保存食は、腹を満たせば終わりではない。
食べ続けられることも重要なのだ。
そして――。
私は一枚の紙に、大きく線を引いた。
**普段の食事。**
パン。
豆。
肉。
野菜。
温かい料理。
その隣に――。
**行軍時の食事。**
硬めのパン。
チーズ。
保存肉。
簡単に戻せる豆。
「これなら、役割を分けられる」
毎回、鍋を用意する必要はない。
火を使わずに食べられるものを持っていれば、急いでいるときにも対応できる。
そして、温かい料理を完全になくす必要もない。
余裕があるときは、いつもの食事を作ればいい。
重要なのは――。
「選べることね」
私は呟いた。
そして、もう一枚の紙を取り出す。
そこには、兵士が自分で持つ分。
後方から運ぶ分。
そして、輜重の人々が運ぶ分を書き分けていく。
兵士自身が持てる量には限界がある。
だから、すべてを背負わせるわけにはいかない。
しかし、だからといって何も持たせないのも危険だ。
ならば――。
**兵士には数日分の最低限。**
**輜重には追加の食料。**
**倉庫には予備。**
三段階にする。
「これなら、補給が少し遅れても耐えられる」
私は思わず息を吐いた。
食料を改良する。
それだけのつもりだった。
だが、違った。
パンを変えれば輸送が変わる。
豆を変えれば調理時間が変わる。
保存食を増やせば、兵士自身が持てる食料が増える。
兵士が持てる食料が増えれば、補給が遅れても耐えられる。
そうなれば――。
現地の農村から無理に食料を集める必要も減る。
「……全部、繋がっているのね」
私は紙を見つめた。
農業。
加工。
保存。
備蓄。
輸送。
軍隊。
別々に見えていたものが、一つの線になっていく。
私は、新しく一枚の紙を取り出した。
そこに大きく書く。
**軍用食試作案**
その下に、項目を並べていく。
パン。
チーズ。
保存肉。
豆。
トウモロコシ。
「よし」
私は筆を置いた。
次は、味ではない。
**何日持つのか。**
**どれだけ軽くできるのか。**
**どれだけの兵士を養えるのか。**
そこまで確かめる。
農業改革と同じだ。
試す。
測る。
比べる。
改良する。
「軍用食も、研究してみましょう」
私はそう言って、焼き窯の火を見つめた。
ここから始まる。
畑で始めた改革が――。
ついに、軍隊の食卓へ届こうとしていた。




