水車製粉所でトウモロコシを挽いてみよう
翌朝。
私は料理長とともに、宮廷近くにある水車製粉所へ向かっていた。
「ユーリ様が製粉所へいらっしゃるとは、珍しいですね」
案内役の役人が、少し緊張した様子で言う。
「私も来るのは初めてです」
私は答えながら、流れていく水路を眺めた。
川から引かれた水が水車へ流れ込み、大きな車輪をゆっくりと回している。
ぎぎぎっ。
木製の歯車が噛み合い、その力が建物の中へ伝わっている。
思っていた以上に大掛かりな設備だった。
「……すごい」
思わず声が漏れる。
「お気に召しましたか?」
「はい」
私は頷いた。
前世の教科書や映像で見たことはあっても、実物を見るのは初めてだ。
しかも、これは何百年も前から人々が使ってきた技術なのである。
「これなら、トウモロコシも挽けそうですね」
「粉挽き職人たちも、昨日から興味津々ですよ」
料理長が笑う。
「珍しい穀物ですからね」
製粉所の中へ入る。
途端に、低い唸りのような音が耳に飛び込んできた。
石臼が回っている音だ。
周囲には小麦やライ麦の袋が積まれている。
ところどころに粉がこぼれ、木の床は白く染まっていた。
「こちらが石臼です」
粉挽き職人が案内してくれる。
二つの大きな石が重なっている。
上の石が回転し、その間に穀物が落ちていく仕組みだ。
「普段は小麦を?」
「小麦とライ麦が中心です。ほかにも、注文があれば別の穀物を挽くことがあります」
「なるほど」
私は石臼をじっと見つめた。
「では、これでトウモロコシを試してもらえますか?」
「もちろんです」
職人が頷く。
「ただ、どの程度の粉に仕上げればよいのでしょう?」
「それが、私にも分かりません」
「……分からない?」
「はい」
私は正直に答えた。
「用途によって変わるんです」
「用途?」
「粥にするのか、パンのように焼くのか、生地にするのか。それによって必要な細かさが違います」
「なるほど」
職人が考え込む。
「では、まずは普通に挽いてみましょう」
「お願いします」
私は持ってきたトウモロコシの袋を開けた。
黄色い粒が、手のひらの上に転がる。
「これを挽きます」
「分かりました」
職人が粒を投入する。
水車が回る。
歯車が動く。
石臼がゆっくりと回転を始める。
ごりごり、ごりごり。
しばらくして、石臼の出口から黄色っぽい粉が落ちてきた。
「……できました」
職人が手に取る。
私も指先でつまんでみる。
「少し粗いですね」
「やはりそうですか」
「でも、これはこれで使えそうです」
私は粉を指で擦った。
小さな粒が残っている。
「このくらいなら、粥や焼き物には使えそうです」
「パンには?」
「もう少し細かいほうがいいでしょう」
料理長が横から尋ねる。
「では、石臼の間隔を狭めましょうか?」
「できますか?」
「この石臼なら可能です」
職人が調整する。
上臼を少しだけ下げる。
「これで挽いてみましょう」
再びトウモロコシを投入する。
ごりごり、ごりごり。
今度は先ほどより細かい粉が落ちてきた。
「……いいですね」
私は指で触れる。
「かなり細かくなりました」
料理長も粉を手に取る。
「小麦粉とは色が違いますね」
「トウモロコシですから」
「これなら焼き物にも使えそうです」
私は頷く。
「では、次にこれを厨房へ持っていって、実際に料理してみましょう」
「すぐにですか?」
「はい」
ところが。
「少々お待ちください」
職人が声を上げた。
「どうしました?」
「石臼に粉が残っています」
「……」
私は石臼を見た。
「小麦の粉ですか?」
「はい。先ほどまで小麦を挽いていました」
なるほど。
当然の問題だった。
「では、トウモロコシを挽く前に掃除する必要があるんですね」
「そうなります」
「どのくらい時間がかかりますか?」
「簡単な掃除ならできますが、完全に取り除くとなると時間がかかります」
私は考え込んだ。
小麦を挽いたあとにトウモロコシを挽けば、多少なりとも混ざる。
逆も同じだ。
もし農民がトウモロコシを持ち込むたびに、
「今日は小麦を挽いていたので、全部掃除してください」
となれば、製粉所側の負担が大きくなる。
「……トウモロコシ専用の石臼はありますか?」
「ございません」
「なら、時間を決めてまとめて挽くのは?」
「例えば?」
「週に一日、トウモロコシの日を作るんです」
料理長が「ああ」と声を上げた。
「それなら、まとめて掃除できますね」
「はい」
職人も頷く。
「それなら可能でしょう」
私は少し安心した。
設備が新しくなくても、運用を工夫すればいい。
これも農業改革の一部なのだ。
「それから、もう一つ」
「何でしょう?」
「製粉料金です」
「料金、ですか?」
「はい」
私は職人を見る。
「農民がトウモロコシを持ってきたとき、小麦やライ麦と同じように挽いてもらえるようにしたい」
「でしたら、通常の製粉料をいただければ」
「その料金で、農民は利用できますか?」
職人の顔が少し曇った。
「……量によります」
「なるほど」
私はすぐに理解した。
農民が少量だけ持ち込んだ場合、わざわざ水車を動かして製粉するには効率が悪い。
だったら。
「各村で一定量をまとめて持ち込む方法はどうでしょう?」
「村ごとに集める?」
「はい」
農民一人ひとりが運ぶより、村でまとめて運んだほうが効率がいい。
そして完成した粉を村に持ち帰る。
これなら製粉所の負担も減る。
「……ユーリ様」
料理長が少し驚いた顔で私を見る。
「どうしました?」
「本当に、製粉所まで仕組みを考えておられるのですね」
「考えてしまいますね」
私は苦笑した。
「ここまで来ると、料理だけの問題ではありませんから」
そのとき。
職人が、新しく挽いたトウモロコシ粉を指差した。
「ユーリ様」
「はい?」
「この粉なら、もっと細かくできます」
「本当ですか?」
「石臼をもう一度通せばできます」
「二度挽きですか」
「ええ」
職人が頷く。
「一度目で粗く砕き、二度目に細かくするのです。小麦でも行うことがあります」
「……なるほど」
私は目を輝かせた。
「それなら、かなり細かい粉が作れそうですね」
「やってみましょう」
粗い粉をもう一度石臼に通す。
ごりごり、ごりごり。
そして。
「できました」
今度の粉は、先ほどとは明らかに違っていた。
指先で擦っても、ざらつきが少ない。
「これなら……」
私は思わず笑った。
「これなら、トウモロコシのパンやトルティーヤも作れそうです」
料理長も粉を見つめる。
「では、これを厨房へ持って帰りましょう」
「はい」
私は粉を袋に詰めてもらう。
そして、製粉所を出る前にもう一度、水車を見上げた。
大きな木の車輪が、今日も変わらず回っている。
人々が長い年月をかけて作り上げてきた技術。
私は、それを新しい作物に利用しているだけだ。
そう考えると、少し不思議な気分になる。
「ユーリ様」
「はい?」
「何かありましたか?」
「いえ」
私は首を振った。
「ただ、思ったんです」
「何をでしょう?」
「新しい技術を作ることだけが、改革じゃないんだな、と」
水車は昔からある。
石臼も昔からある。
製粉所も昔からある。
それでも。
そこに新しい作物を組み合わせるだけで、新しい食料が生まれる。
「今あるものを、どう使うか」
それもまた改革なのだ。
私は袋詰めされたトウモロコシ粉を抱えた。
「さて」
次は厨房だ。
この粉が、本当に農民の食卓を変えられるのか。
――料理にして確かめてみよう。




