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農業大学生、異世界で皇帝に呼ばれる――「迷い鳥」は国を変える  作者: 水源


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新たな豆を求めて――農業改革は種子探しから始まります

 翌日。


 私は、種子調達計画の書類を抱えて執務室へ向かっていた。


 農業改革の話をしているときは楽しい。


 トウモロコシを育てよう。


 ピーナッツを増やそう。


 インゲン豆を試そう。


 ライ豆も探そう。


 ルピナスも調べよう。


 マカまで候補に入れてしまった。


 ……問題は。


 そのための種が必要だということだ。


「フェルディナンド様」


「はい、ユーリ様」


 執務室に入ると、フェルディナンド様が書類を整理していた。


「少しお願いがあります」


「なんでしょう?」


「新しい作物の種を探してもらいたいのです」


 私は机の上に一覧表を広げた。


「トウモロコシやピーナッツについては、すでに動いていただいていますよね」


「はい。商人たちを通じて少しずつ集めています」


「ありがとうございます」


 私は頷く。


「それに加えて、インゲン豆、ライ豆、食用のルピナス、それからマカの種を探してほしいんです」


 フェルディナンド様が一覧表に目を落とす。


「……ずいぶん増えましたね」


「自分でもそう思います」


「新しい作物を、これだけ一度に?」


「全部を大量に作るわけではありません」


 私は首を横に振った。


「まずは試験栽培です」


「試験栽培」


「はい。少量だけ手に入れて、実際にこの国の土地で育つか確かめます」


 ここは重要だ。


 前世の知識だけを頼りにしてはいけない。


 同じ作物でも品種が違えば性質が変わる。


 さらに、この国と原産地では気候も土壌も違う。


 だから。


 最初から大規模栽培をするつもりはない。


「なるほど」


 フェルディナンド様が頷いた。


「しかし、どこから手に入れるのですか?」


「そこなんですよね……」


 私は腕を組んだ。


 インゲン豆やライ豆は、新大陸原産だ。


 当然、この時代のこの国に普通に存在しているとは限らない。


 マカについては、さらに難しい。


 アンデス高地の作物だ。


 簡単に手に入るとは思えない。


「南方や西方の商人だけでは難しいでしょう」


「そうですね」


「ならば、海上交易を利用するしかありません」


 その言葉を聞いて、私は顔を上げた。


「海上交易?」


「はい。帝国内の商人だけでなく、外国商人にも声をかけます」


 なるほど。


 この世界には、すでに大規模な交易網が存在している。


 私たちの領内にないものでも、商人を通じれば遠くから持ってこられる可能性がある。


「……お願いします」


「ただし」


 フェルディナンド様が少し真剣な顔になる。


「種子一つを探すために、かなりの費用がかかる可能性があります」


「分かっています」


 私は頷いた。


「ですが、食糧問題を解決するための研究費だと思えば安いものです」


「なるほど」


「それに」


 私は一覧表を指差した。


「全部が成功するとは思っていません」


「といいますと?」


「十種類試して、一種類しか成功しないかもしれない」


 私は笑う。


「でも、その一種類が十年後、二十年後に国を支えてくれるかもしれません」


 フェルディナンド様が黙って私を見る。


「……長い目で考えておられるのですね」


「食糧政策ですから」


 今年だけの問題ではない。


 来年も、その次の年も。


 十年後も。


 農民たちが安定して食べられるようにしなければ意味がない。


「分かりました。手配しましょう」


「ありがとうございます」


 話がまとまった。


 ……と思った、そのときだった。


「ですが、ユーリ様」


「はい?」


「もう一つ問題があります」


「問題?」


「海外から持ち込む種子です」


「あ……」


 私は固まった。


 そうだった。


 ただ種を持ってくればいいわけではない。


 前世でも海外から植物や農産物を持ち込む際には、病害虫などへの対策が必要だった。


 もし未知の害虫や病原体を持ち込んでしまえば――。


 国内農業そのものが大打撃を受ける。


「……種子の検査が必要ですね」


「はい」


 フェルディナンド様が頷く。


「農務官に確認させます」


「お願いします」


 私は新しい紙を取り出した。


 そこに書き込む。


 **種子の出所。**


 **品種の確認。**


 **病害虫の確認。**


 **保管。**


 **試験栽培。**


「持ってきたものを、そのまま畑に植えるのは危険です」


「では、どうしますか?」


「まず隔離します」


「隔離?」


「はい」


 最初に小さな試験圃場へ持ち込み、他の畑から離して育てる。


 そこで発芽率や生育状況を確認する。


 異常があれば、すぐに処分する。


 問題がなければ、少しずつ栽培面積を増やしていく。


「慎重ですね」


「新しい作物だからこそ、慎重でなければいけません」


 私は頷いた。


 食糧問題を解決しようとして、逆に病害虫を広げてしまっては本末転倒だ。


「試験栽培の場所も用意しましょう」


「はい」


「それから、記録を残してください」


「どのような記録を?」


「発芽率、生育速度、開花時期、収穫量。それから病気や害虫の発生状況も」


「かなり細かく記録するのですね」


「はい」


 農業は経験の積み重ねだ。


 でも。


 経験を記録しなければ、次の世代に伝わらない。


「農民が試行錯誤した結果を、毎年記録していきましょう」


「農業台帳のようなものですか?」


「そんな感じです」


 成功したことだけではない。


 失敗したことも記録する。


「去年、この土地ではインゲン豆の収量が低かった」


「なら、その理由は何だったのか」


「肥料かもしれない。気温かもしれない。雨が多すぎたのかもしれない」


 原因を考え、翌年に試す。


「そうやって少しずつ、この国に合った栽培方法を作っていくんです」


 フェルディナンド様はしばらく黙っていた。


 そして。


「……ユーリ様は、本当に農業そのものを変えるつもりなのですね」


「え?」


「単に新しい作物を持ち込むだけではない」


 フェルディナンド様が微笑む。


「新しい作物を研究し、記録し、普及させる仕組みまで作ろうとしている」


「……そう言われると、少し大げさですね」


「いいえ」


 彼は首を横に振った。


「大切なことです」


 私は少し照れくさくなって、視線を逸らした。


「……ありがとうございます」


 その日の午後。


 さっそく商人たちへの依頼が出された。


 インゲン豆。


 ライ豆。


 食用ルピナス。


 そして――。


 マカ。


 遠い土地で育てられている、まだ見たこともない植物たち。


「本当に、手に入るんでしょうか……」


 私は窓の外を眺めながら呟いた。


 すると。


「ユーリ様!」


 廊下から慌ただしい足音が聞こえた。


「どうしました?」


 一人の侍従が息を切らして飛び込んでくる。


「商人ギルドから、急ぎの返答が届いております!」


「もう?」


「はい!」


 私は驚いた。


 まだ依頼を出して、それほど時間が経っていない。


「何か分かったんですか?」


「はい」


 侍従が封書を差し出した。


 私はそれを受け取り、封を切る。


 中には短い報告が書かれていた。


 ――インゲン豆。


 ――ライ豆。


 この二つについては、取り扱ったことのある商人がいるらしい。


「……本当に?」


 思わず声が出た。


 だが。


 その下には、さらに一文が続いていた。


 **食用ルピナスについても、南方の商人より情報あり。**


「すごい……」


 私は思わず笑った。


 ところが。


 最後の一行を読んだ瞬間。


 笑顔が止まった。


 **マカについては、現在確認できず。**


「……やっぱり、そう簡単にはいきませんか」


 未知の作物。


 未知の土地。


 未知の交易路。


 それでも。


「だったら探すだけです」


 私は封書を握り直した。


 インゲン豆。


 ライ豆。


 ルピナス。


 そして、いつかマカも。


 世界のどこかにあるのなら。


 この世界のどこかにも、必ず手がかりがあるはずだ。


 私は新しい紙に、大きく書いた。


 **種子探索網の構築。**


 農業改革は。


 ついに畑の外へと広がり始めた。

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