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農業大学生、異世界で皇帝に呼ばれる――「迷い鳥」は国を変える  作者: 水源


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イチゴとパイナップルとアボカドとパパイヤ

 さて。


 私が考案したことになっている料理が、どうやらこの国ではちょっとした名物になっているらしい。


 その名も――。


 **ユーリ・トルテ。**


 珍しい菓子ということもあって、最近では外国からの来賓をもてなす際にも出されることがあるそうだ。


 ……まあ。


 厳密に言えば、私が考案したわけではない。


 前世の知識を思い出して、料理人たちに作ってもらっただけなのだけれど。


 この世界では、私の名前が冠されてしまっている。


 なんとも複雑な気分である。


 そして今日の昼食。


 食事を終えた私の前に、デザートが運ばれてきた。


「本日のデザートでございます」


 給仕が丁寧に頭を下げる。


イチゴ(エアトベア)白チーズ(ザーネクワルク)ケーキ(トルテ)でございます」


「わあ……!」


 思わず声が漏れた。


 私の前に置かれたのは、白いチーズ生地の上に真っ赤なイチゴがたっぷりと並んだケーキ。


 白と赤の組み合わせが実に鮮やかだ。


「美味しそうですね」


「ありがとうございます。料理長が、本日は特に良いイチゴが手に入ったと申しておりました」


「それは楽しみです」


 私はナイフを入れる。


 サクッと生地が切れ、白いチーズ生地とイチゴが一緒になった。


 そして、一口。


「……んっ」


 甘い。


 イチゴの甘酸っぱさと、白チーズのまろやかな味。


 そこへ香ばしい生地の風味が加わる。


「んー……これは美味しいです」


「お気に召しましたか?」


「はい。とても」


 私はもう一口食べる。


 白チーズは、フランスでいうフロマージュ・ブランに近いものだろう。


 ヨーグルトのような爽やかさがありながら、クリームのような滑らかさもある。


 イチゴとの相性は抜群だ。


 ……それにしても。


 こうしてイチゴを食べていると、前世のことを思い出す。


 そういえば、イチゴはアメリカ原産だったっけ?


 ……いや。


 正確には違う。


 ヨーロッパにも野生のイチゴは昔から存在していた。


 古代から食べられていたし、栽培も行われていた。


 今のような大粒のイチゴが生まれたのは、もっと後の話だ。


 北アメリカ原産のバージニアイチゴ。


 そして南アメリカ原産のチリイチゴ。


 この二つがヨーロッパで出会い、交雑することで、現在の栽培イチゴへとつながっていった。


 つまり。


「イチゴって、面白いですよね」


「……左様でございますか?」


「はい」


 給仕が首を傾げる。


「ヨーロッパにも昔から野イチゴはあったのに、今食べているようなイチゴはアメリカ大陸の植物が関係しているんですよ」


「なるほど……」


「植物も、人間と一緒に世界中を旅するんですね」


 私はそう言いながら、イチゴをもう一つ口へ運んだ。


 ……まあ。


 この世界では、その旅そのものがまだ始まったばかりなのだけれど。


 そう考えると、少し不思議な気分になる。


 それにしても。


 日本のイチゴのショートケーキも、懐かしいな。


 ふわふわのスポンジ。


 真っ白な生クリーム。


 そして、その上に乗った真っ赤なイチゴ。


 日本ではケーキの代表格と言ってもいい存在だ。


 けれど、あれも実は日本独自の発展を遂げたもの。


 海外から入ってきたものを、そのまま使うとは限らない。


 自分たちの好みに合わせて改良し、いつの間にか別の料理にしてしまう。


 ……日本人って、こういうのが好きだったなあ。


「日本人って、こういうの好きだったなあ」


「日本人……?」


「あっ」


 しまった。


 思わず前世のことを口にしてしまった。


「……いえ。昔聞いた話を思い出しただけです」


「そうでしたか」


 給仕は深く追及せずに頭を下げた。


 助かった。


 私は何食わぬ顔で、残ったケーキを食べる。


 すると。


「もう一品ございます」


「え?」


 新しい皿が置かれた。


「こちらは、パイナップル(アナナス)白チーズ(ザーネクワルク)ケーキ(トルテ)でございます」


「パイナップルですか!」


 今度は白いチーズ生地の上に、黄色い果肉が並んでいる。


 見た目だけでも美味しそうだ。


「どうぞ、お試しください」


「では……」


 フォークで一切れ。


 口に入れる。


「……うん。これも美味しい」


 イチゴとはまた違う。


 甘味が強く、ほどよい酸味がある。


 白チーズのまろやかさともよく合っている。


「これは外国のお客様にも喜ばれそうですね」


「料理長もそう申しておりました」


 なるほど。


 珍しい果物を使った菓子は、外交の場でも使える。


 外国の来賓に珍しい料理を振る舞えば、


「この国には、これほど豊かな食文化がある」


 そう示すことができる。


 皇帝陛下にとっては、それ自体が自国の権威を示すことにもなるだろう。


 そう考えると、私の名前が付いたケーキも、案外大きな意味を持っているのかもしれない。


 ……まあ。


 私としては、美味しく食べてもらえればそれで十分なのだけれど。


 私はパイナップルをもう一口食べる。


 パイナップルもまた、アメリカ大陸原産の植物だ。


 ただし、熱帯性の植物なので、この国で栽培するのは難しいだろう。


 そういえば、パイナップルは英語では「pineapple」。


 松を意味する「pine」と、リンゴを意味する「apple」を合わせた言葉だ。


 見た目が松ぼっくりに似ていることから付けられたらしい。


 この世界では「アナナス」と呼ばれているので、英語由来の名前はまだ知られていない。


 言葉も植物も、人の移動と一緒に広がっていく。


 そう考えると面白い。


 ……ただ。


 私はそこで、ふと考え込んだ。


 イチゴ。


 パイナップル。


 どちらも美味しい。


 見た目も華やかだ。


 外国の来賓をもてなすには、とてもいい。


 でも――。


「……食糧問題を解決する作物ではありませんね」


「はい?」


 給仕が不思議そうな顔をする。


「いえ、こちらの話です」


 私は苦笑した。


 美味しい作物と、人々の腹を満たす作物は違う。


 食糧不足を解決するためには、


 大量に収穫できる。


 保存できる。


 加工できる。


 そして、この土地の気候で安定して育つ。


 そういう条件が必要になる。


 そう考えると――。


「バナナ……」


 ふと、頭に浮かんだ。


 バナナは炭水化物を多く含み、地域によっては主食として利用されるほどだ。


 食料として考えれば、かなり魅力的な作物である。


 ……でも。


「暖かい土地が必要ですよね」


 熱帯性の植物だ。


 この国で大規模に栽培するのは難しい。


 次に思い浮かんだのは、アボカドだった。


 これもアメリカ大陸原産。


 脂質が豊富で、「森のバター」と呼ばれることもある。


 食料として考えれば面白い。


 しかし、これも温暖な気候を好む。


 さらにパパイヤ。


 これもアメリカ大陸原産の熱帯果樹だ。


 完熟すれば甘く、未熟果なら野菜のようにも使える。


 だが――。


「やっぱり、暖かい土地向けですね」


 私はため息をついた。


 魅力的な作物はたくさんある。


 でも。


 **育てられなければ意味がない。**


 それが農業の難しいところだ。


「ユーリ様は、本当に植物がお好きなのですね」


 不意に給仕から声をかけられた。


「え?」


「先ほどから、ずっと果物のことを考えていらっしゃいますので」


「……そう見えますか?」


「はい」


 私は少しだけ考える。


「好き……というより」


 窓の外を見る。


 宮殿の庭園。


 その向こうに広がる畑。


「この国で、たくさんの人が食べていけるようになればいいなと思っているんです」


「……」


「だから、美味しいだけじゃ駄目なんですよ」


 これは本心だった。


「この土地で育つこと」


「たくさん収穫できること」


「保存できること」


「そして、できれば病気や凶作にも強いこと」


 私は指を折りながら条件を並べていく。


「そういう作物を見つけないといけません」


 給仕は黙って聞いている。


 私は残ったイチゴケーキを見る。


 真っ赤な果実。


 白いチーズ。


 香ばしい生地。


「……美味しいんですけどね」


 これはこれで、大切なのだと思う。


 人は腹を満たすだけでは生きていけない。


 美味しいものを食べる。


 甘いものを楽しむ。


 特別な日に、ご馳走を食べる。


 そういう小さな幸せも必要だ。


 だからこそ。


「食糧問題を解決する作物と、食卓を豊かにする作物」


 私は呟く。


「両方必要なんですよね」


 そして――。


 ふと、思った。


 アメリカ大陸には、まだたくさんの植物がある。


 私が知っている作物も、まだ全部を試したわけではない。


 トウモロコシ。


 サツマイモ。


 カボチャ。


 ピーナッツ。


 これまでにも、いくつもの作物を試してきた。


 けれど。


「……他にも、何かあったはず」


 私はフォークを持ったまま考え込む。


 熱帯作物ではない。


 この国の気候でも育てられる。


 しかも、食料として役に立つ。


 そんな作物が――。


「……」


 記憶を探る。


 前世で見た農作物。


 学校で習った作物。


 スーパーに並んでいた野菜。


 海外の料理で使われていた植物。


「……そうだ」


 私は顔を上げた。


 頭の中に、一つの作物が浮かんだ。


 アメリカ大陸原産。


 寒さにも比較的強い。


 しかも、食べ方次第では主食にもなる。


「これなら……」


 思わず、笑みがこぼれる。


 まだ試していない。


 けれど。


 もしかしたら――。


 この国の食糧事情を変える、新しい切り札になるかもしれない。


「ユーリ様?」


「……いえ」


 私はフォークを置いた。


「食べ終わったら、農業担当の方を呼んでもらえますか?」


「承知いたしました」


 私はもう一度、イチゴケーキを見る。


 今日は美味しいデザートを楽しむ日。


 でも。


 明日からは――。


 また、新しい作物を試す日だ。


 私は最後の一口を、ゆっくりと口へ運んだ。


「……楽しみですね」


 次は、どんな作物がこの国の大地を変えてくれるのだろう。

というわけで今回はフルーツのイチゴとパイナップルとアボカドにパパイヤですね。


世界的なレベルではトウモロコシやジャガイモ、トマト、あるいはタバコのような大きな影響力はないですが。

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