イモも色々
応接室。
私は商人のマルクと向かい合っていた。
「キャッサバ、ヤムイモ、タロイモ……ですか」
「はい」
私は頷いた。
「この三種類の作物を探しています」
「承知しました。ただ、すべてを同じ地域から入手できるとは限りません」
「分かっています」
私は用意していた紙を差し出した。
「まずは、入手できるものからで構いません。少量でいいので、試験栽培に使えるものを探してほしいんです」
「なるほど」
マルクは紙に目を落とした。
そして。
「ああ……」
突然、何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえば、ユーリ様は新大陸から植物が輸入されていることをご存じでしたね」
「ええ」
私は頷く。
「蘭でしょう?」
「はい」
新大陸から輸入された蘭。
珍しい花を咲かせるその植物は、貴族たちの間で高い人気を集めている。
もちろん、誰でも気軽に買えるようなものではない。
それでも――。
この国には、海の向こうから生きた植物を運ぶ交易路が、すでに存在している。
「実は、以前から気になっていたんです」
「何がでしょう?」
「蘭を新大陸から運んでこられるのなら……」
私はマルクを見つめた。
「他の植物だって、運べるんじゃないですか?」
「……」
マルクが目を瞬かせる。
やがて、ゆっくりと頷いた。
「確かに、その通りですね」
「もちろん、食用作物と観賞用植物では扱いが違うことは分かっています」
私は続ける。
「蘭は花そのものに価値があります。多少輸送費がかかっても、十分な利益が出る」
「はい」
「一方で、食用作物は違う」
運んでいる途中で腐れば意味がない。
乾燥しても駄目だ。
寒さに弱い植物なら、低温にさらされるだけでも傷む。
「それでも、すでに生きた植物を新大陸から運ぶ仕組みがあるのなら、その方法を利用できる可能性がありますよね」
「おっしゃる通りです」
マルクは感心したように頷いた。
「新大陸方面には、植物を扱う商人がいます。蘭のような珍しい植物を運ぶための知識を持つ者もおります」
「だったら、キャッサバについても探してもらえませんか?」
「可能性はあるでしょう」
「お願いします」
私はすぐに答えた。
キャッサバは種子ではなく、栽培用の茎を確保する必要がある。
ならば、生きた植物を扱える商人の存在は大きい。
「ヤムイモとタロイモについても、できれば種芋や苗を探してほしいです」
「承知しました」
マルクが紙に書き込んでいく。
「ただし、ユーリ様」
「はい?」
「もう一つ、気になることがあります」
「何でしょう?」
「新大陸から輸入されている植物は、食用作物だけではありません」
「ええ」
「観賞用の植物もかなりあります」
「……」
その言葉を聞いた瞬間。
私は、ふと何かを思い出した。
「……そういえば」
「はい?」
「トマトも、最初から食用だったわけじゃなかったですよね」
マルクが首を傾げる。
「トマト……ですか?」
「ええ」
私は頷いた。
「今では普通に食べていますが、もともとは珍しい植物として扱われていた時期があったはずです」
「なるほど……」
マルクが考え込む。
「確かに、トマトを最初に見た人々が、食用作物としてではなく珍しい植物として扱ったという話はあります」
「そうですよね」
トマトは、今でこそ料理には欠かせない。
だが。
この世界でも、最初から食料として広く受け入れられていたわけではなかった。
珍しい。
異国的。
そして、美しい。
だからこそ、最初は庭園などで育てられていた。
やがて。
食用として利用されるようになった。
「……だったら」
私は机の上の紙を見つめた。
「同じことが、他の植物でも起きているんじゃないでしょうか」
「他の植物でも?」
「はい」
私は頷いた。
「新大陸から持ち込まれている植物の中には、まだ食用として知られていないものがあるかもしれません」
「……なるほど」
「私たちは、食べられる植物だけを探していました」
私は自分の言葉を噛みしめる。
「でも、それでは見落としているものがあるかもしれない」
観賞用として輸入された植物。
薬として利用されている植物。
香辛料として扱われている植物。
そして――。
まだ用途すら知られていない植物。
「探し方そのものを変えたほうがいいかもしれません」
「具体的には?」
「新大陸から持ち込まれた植物を、できるだけ広く調べてもらうんです」
「食べられるかどうかに関係なく?」
「はい」
もちろん、何でも食べればいいという話ではない。
毒のある植物もある。
食用に適さない植物もある。
観賞用として価値のある植物を、勝手に食べるわけにもいかない。
だから――。
「まずは名前」
私は紙に書き込む。
――植物名。
「次に原産地」
――原産地。
「そして、現地での利用方法」
――利用方法。
「食用なのか。
薬用なのか。
観賞用なのか。
それとも、別の用途なのか」
そこまで調べる。
「もし現地で食べられている植物なら、食べ方も調べてもらう」
「なるほど」
マルクは頷いた。
「これは、かなり大掛かりな調査になりそうですね」
「ええ」
私は苦笑する。
「でも、やる価値はあると思います」
トマトがそうだった。
珍しい植物として持ち込まれたものが、やがて食卓に並ぶようになった。
ならば。
今、貴族たちの庭園に植えられている植物の中にも――。
未来の食卓を支える作物が眠っているかもしれない。
「……面白いですね」
マルクが笑った。
「今まで商人は、珍しい植物を見つければ『珍しい植物』として売っていました」
「ええ」
「ですが、ユーリ様は違う」
「?」
「その植物が、将来何になるのかを見ようとしている」
「……」
私は少しだけ照れくさくなった。
「大げさですよ」
「そうでしょうか?」
マルクは首を振る。
「商人にとっても、面白い仕事になりそうです」
そう言って、紙を丁寧に折りたたむ。
「新大陸から運ばれてきた植物を、一つずつ調べる」
「はい」
「その中から、新しい食料が見つかるかもしれない」
「そうです」
「そして、まだ誰も価値に気づいていない植物なら――」
マルクが笑う。
「それを最初に見つけた商人は、大きな利益を得られるかもしれませんね」
「……」
私は思わず笑った。
「なるほど。商人らしい考え方ですね」
「商人ですから」
マルクは胸を張った。
私はもう一度、紙を見る。
キャッサバ。
ヤムイモ。
タロイモ。
そして。
まだ名前すら知らない植物たち。
これまで私は、自分が知っている作物を探していた。
だが――。
「探す対象を、もっと広げよう」
食料として知られている植物だけではない。
観賞用として持ち込まれた植物。
薬として使われている植物。
香辛料として利用されている植物。
現地では食べられているのに、この国では知られていない植物。
そうしたものを一つずつ調べていけばいい。
「トマトだって、最初は観賞用として扱われていたんですから」
私は小さく呟いた。
そして。
新しい項目を紙に書き加える。
――新大陸由来植物の総合調査。
「これも、お願いできますか?」
「もちろんです」
マルクは力強く頷いた。
「商人たちに声をかけてみます」
「お願いします」
私は席を立った。
すると。
ふと、窓の外に目が向いた。
王宮の庭園。
そこには、珍しい植物がいくつも植えられている。
その中には、新大陸から持ち込まれたものもあるはずだ。
「……待てよ」
私は立ち止まった。
「王宮の庭園なら――」
商人に頼む前に。
私たちの目の前に、すでに植物が集められているではないか。
「料理長」
「はい?」
厨房へ戻るなり、私は尋ねた。
「王宮の庭園にある植物について、詳しい人はいますか?」
「植物ですか?」
「はい。特に、新大陸から持ち込まれた植物について知っている人です」
料理長は少し考えた。
「それでしたら……」
そして、一人の名前を口にした。
「庭園を管理している植物係の者に聞けば、分かるかもしれません」
「……よし」
私は頷いた。
「その人を呼んでもらいましょう」
新大陸から来た植物。
観賞用の蘭。
かつて珍しい植物として扱われたトマト。
そして、まだ知られていない植物たち。
もしかすると――。
私が探していた「次の作物」は、遠い新大陸ではなく。
意外なほど近くにあるのかもしれなかった。
というわけで今回はジャガイモとサツマイモとキャッサバのお話ですね。
とはいえ、トウモロコシなどに比べ、ジャガイモは現状ではメリットが少ないので手は出さないのですけどね。




