↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
農業大学生、異世界で皇帝に呼ばれる――「迷い鳥」は国を変える  作者: 水源


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/38

王宮農園を襲う獣たち

 私は荒らされた畑の前にしゃがみ込んだ。


 ここは、王宮の敷地の外れに設けられた試験農園。


 王宮の中心にある庭園とは違い、東側の城壁近くにある。


 そのさらに向こうには、広い森が広がっていた。


 宮殿からは少し離れているため、普段から人の出入りも多くない。


 新しい作物を育てるには都合のいい場所だった。


 だが――。


 野生動物にとっても、都合のいい場所だったらしい。


「……足跡を、もっとよく見せてください」


「はい」


 農夫が慌てて周囲の土を指差す。


 私は地面に残された跡を、一つずつ確認していく。


 とうもろこしの畝を横切った跡。


 踏み倒された葉。


 食いちぎられた茎。


 そして、掘り返された土。


「かなり荒らされていますね……」


「はい」


 農夫が苦い顔をする。


「夜明け前に見回りに来たところ、この有様でした」


「昨日の夕方には?」


「何もありませんでした」


 つまり。


 被害が出たのは夜。


「夜行性の動物、でしょうか?」


 ローザリンデさんが尋ねる。


「可能性は高いですね」


 私は頷いた。


 だが。


 問題は、何の動物なのかということだ。


「この足跡だけでは、まだ分かりません」


「では、どうしますか?」


「待ちます」


「……待つ?」


「はい」


 私は森へ視線を向けた。


 試験農園と森の間には、古い木柵がある。


 だが。


 ところどころ傷んでいて、獣なら簡単に入り込めそうだった。


「今夜、見張りを置きましょう」


「見張りですか?」


「実際に犯人を見れば、話は早いです」


「なるほど」


 農夫たちが頷く。


 だが、それだけではない。


「もう一つ、やってほしいことがあります」


「何でしょう?」


「畑の周囲に、柔らかい土を薄く敷いてください」


「柔らかい土を?」


「はい」


 私は畑の入口を指差した。


「動物が通れば、足跡が残ります」


「なるほど……」


「それから、被害が出た場所も全部記録してください」


「食べられた場所ですか?」


「はい」


「葉だけなのか」


「茎まで食べたのか」


「土を掘り返したのか」


 私は指を折りながら説明する。


「それによって、犯人を絞り込めます」


「分かりました!」


 農夫たちが頷いた。


     ◇


 その日の夜。


 試験農園には、数人の見張りが配置された。


 私も一緒だ。


「ユーリ様、本当にここにいらっしゃるのですか?」


 ローザリンデさんが心配そうに尋ねる。


「はい」


「夜は冷えますよ?」


「分かっています」


「でしたら、せめて上着を……」


「ありがとうございます」


 私は上着を受け取った。


 夜の試験農園。


 昼間とは、まるで別の場所だった。


 王宮の中心部から離れていることもあり、人の気配はほとんどない。


 聞こえるのは。


 風に揺れる葉。


 虫の鳴き声。


 そして、森の奥から聞こえる動物の声。


「……静かですね」


「はい」


 農夫たちも息を潜めている。


 一時間。


 二時間。


 三時間。


「……来ませんね」


 私が小声で呟いた、そのとき。


 ガサッ。


「……!」


 全員が音のした方向を見る。


 もう一度。


 ガサッ。


 草むらが揺れた。


「来ました!」


 農夫が小声で叫ぶ。


「静かに」


 私は指を口元に当てた。


 そして。


 暗闇から何かが姿を現した。


「……あれは?」


 月明かりに照らされた姿。


 四本の足。


 丸みを帯びた身体。


 そして、大きな鼻。


「……猪です」


 農夫が呟いた。


「猪……」


 私は目を見開いた。


 猪は森から続く獣道を歩き、古い木柵の壊れた部分へ近づいていく。


 鼻先で木柵を押す。


 ギシッ。


 柵が揺れる。


 そして。


 隙間を見つけると、そのまま畑へ入り込んだ。


「……あの柵では止められませんね」


 私が呟く。


 猪は鼻をひくつかせながら、ゆっくり畑へ進んでいく。


 そして。


 一歩。


 また一歩。


 畑へ入った瞬間。


 バキッ!


「……!」


 とうもろこしが一本、倒された。


 さらに。


 バキッ!


 もう一本。


 猪は鼻先で土を掘り返しながら、とうもろこしを荒らしていく。


「ひどい……」


 農夫が呟く。


 私は黙って観察した。


 葉を食べるだけではない。


 茎を折り。


 根元を掘り返している。


「なるほど……」


 私は小さく呟いた。


「昨日の被害の一部は、こいつですね」


「一部?」


 農夫が首を傾げる。


「はい」


 私は周囲を見渡した。


「よく見てください」


「……?」


「食べられている場所と、踏み倒されている場所が違います」


「……本当だ」


 農夫が驚く。


「猪は、かなり乱暴に荒らしています」


「では、他にもいると?」


「可能性があります」


 私は猪を見た。


「とりあえず、追い払いましょう」


「はい!」


 合図と同時に。


「おおおおっ!」


 農夫たちが一斉に声を上げる。


 猪は驚き、畑の外へ逃げていった。


 そのまま森の中へ消えていく。


「ふう……」


 私は息を吐く。


「一匹は確認できました」


「では、これで原因が分かったのですね!」


「いえ」


 私は首を横に振った。


「まだです」


「え?」


「今夜、もう少し見張りましょう」


 農夫たちが不思議そうな顔をする。


 そして。


 それからしばらく経った頃だった。


 再び、森の方から音がした。


 だが。


 今度は先ほどとは違う。


 複数の足音が、静かに草を踏む。


「……何か来ます」


 私は息を潜めた。


 木々の間から。


 一頭。


 二頭。


 三頭。


 次々と影が現れる。


「……鹿?」


 ローザリンデさんが呟いた。


 月明かりに照らされる。


 細い脚。


 長い首。


 大きな耳。


 鹿だった。


「どうして……」


 農夫が呆然とする。


 鹿の群れは警戒しながら畑へ近づいてくる。


 そして。


 とうもろこしの葉を口にくわえた。


「……食べてる」


 今度は、とうもろこしの葉を静かに食べている。


 さらに別の鹿は、カボチャの葉へ向かった。


 猪とはまったく違う。


 畑を掘り返すこともない。


 茎を次々に折ることもない。


 ただ。


 柔らかい葉を選ぶように食べている。


「なるほど……」


 私は呟いた。


「同じ獣害でも、被害の出方が違うんですね」


「どういうことですか?」


「猪は、畑そのものを荒らします」


「はい」


「鹿は、作物を食べています」


 私は鹿の群れを見ながら考えた。


 同じ獣害でも。


 同じ方法で防ぐ必要はない。


 むしろ。


 相手に合わせて対策を変えなければならない。


「……農業って」


 農夫が呆れたように呟いた。


「本当に敵が多いですね」


「私も、そう思います」


 私は苦笑した。


「でも、分かってきました」


 問題が分かれば。


 対策を考えられる。


 そのためにも。


「もう少し観察しましょう」


 鹿の群れは、しばらくとうもろこしやカボチャを食べたあと。


 森の中へ静かに戻っていった。


 私はその姿を見送りながら、帳面を開いた。


 そして書き込む。


『獣害』


『猪――茎を倒す、土を掘り返す』


『鹿――葉を食べる、群れで侵入』


 さらに、その下に。


『被害の種類によって対策を分ける必要あり』


 と記した。


     ◇


 翌朝。


 私は夜の記録をもとに、森と農園の境界を調べた。


「……やはり」


 獣道があった。


 森から試験農園へ向かって、一本の細い道が続いている。


 地面には無数の蹄の跡。


 猪の足跡も混じっている。


「この道を使っているんですね」


「はい」


 農夫が頷く。


「昔から、この辺りは獣が通ります」


「なぜ今まで問題にならなかったのですか?」


「この農園ができたのが最近だからです」


「……なるほど」


 以前ここは、人間が大規模に作物を育てる場所ではなかった。


 森と畑の境界も曖昧だった。


 だが。


 私たちが新しい作物を植えた。


 しかも。


 とうもろこし。


 カボチャ。


 トマト。


 栄養価の高い作物がまとまって育っている。


「つまり」


 私は畑を見た。


「私たちが、森の動物に新しい食料庫を作ってしまったわけですね」


「……そういうことになります」


 ヨハン様が苦笑する。


「農業を始めたら、動物まで集まってきたわけですか」


「困ったものですね」


 私は苦笑した。


 だが。


 ここで、私は一つのことに気づいた。


「……待ってください」


「はい?」


「鹿は、なぜこの畑に入ってきたのでしょう?」


「食べ物があるからでは?」


「もちろん、それもあります」


 私は獣道を見た。


「でも、全部の畑に入っているわけではありません」


「……確かに」


 被害記録を見る。


 森に近い畑。


 若い葉が多い畑。


 そして。


 獣道から直接入れる畑。


「鹿は、通りやすい場所を選んでいます」


「つまり?」


「畑を全部同じように守る必要はないということです」


 私は地図を広げた。


 森。


 獣道。


 畑。


 それぞれを線で結んでいく。


「ここ」


 私は森と畑の間を指差した。


「鹿が一番入りやすい場所です」


「なるほど」


「ならば、ここを重点的に守ればいい」


「高い柵を?」


「それも一つです」


 私は少し考えた。


「でも、高い柵を全部の畑に作るのは無理です」


「では?」


「まず、獣道の入口を狭くします」


 農夫たちが顔を見合わせる。


「木の枝や倒木を使います」


「また枝ですか?」


「はい」


 私は笑った。


「今度は、ただ積むだけではありません」


 獣道を完全に塞ぐのではない。


 鹿が通りやすい場所を避け。


 人間が見張りやすい場所へ誘導する。


「ここに簡単な柵を作って」


 私は地図を指差す。


「こちらへ回り込むようにします」


「そして?」


「その先に、畑ではない場所を作ります」


「畑ではない場所?」


「はい」


 私は森と畑の間にある空き地を指した。


「草地です」


「草地……?」


「鹿が食べる草を残しておくんです」


 農夫たちが目を丸くする。


「畑へ入る前に、食べられる場所を用意する」


「つまり、鹿をそこへ誘導する?」


「そうです」


 もちろん。


 これだけで鹿を完全に防げるとは思わない。


 だが。


 畑のすぐ前にある柔らかい葉を狙うより。


 森の近くに餌になる草地があれば、侵入を減らせる可能性がある。


「試してみましょう」


 私は言った。


「また実験です」


 農夫たちが笑う。


「ユーリ様らしいですね」


     ◇


 数日後。


 私たちは三つの方法を試すことにした。


 一つ目。


 猪が侵入している場所には、太い杭と横木を使った頑丈な柵。


 さらに、地面近くの隙間をできるだけ小さくする。


 二つ目。


 鹿が使う獣道には、枝や倒木を利用した簡易的な障害物。


 ただし。


 単純に塞ぐのではなく、人間が管理しやすい方向へ誘導する。


 三つ目。


 森と畑の間にある空き地を利用して、草を残した緩衝地帯を作る。


「これなら」


 私は地図を見ながら説明する。


「すべての畑を高い柵で囲う必要はありません」


「必要な場所だけ守る」


 ヨハン様が頷く。


「そういうことです」


「資材も少なくて済みますね」


「はい」


 私は頷いた。


「農民が真似できることが重要です」


     ◇


 そして。


 数日後。


「ユーリ様!」


 農夫が駆けてきた。


「どうしました?」


「鹿の足跡がありました!」


「どこに?」


「草地です」


「畑には?」


「少なくなっています!」


 私はすぐに確認へ向かった。


 草地には。


 確かに鹿の蹄の跡が残っている。


 一方。


 畑の周囲には、以前より明らかに足跡が少ない。


「……うまくいった?」


 私はしゃがみ込んで地面を見る。


 だが。


「待ってください」


 別の場所を見る。


 そこには。


 新しい蹄の跡。


「……完全ではありませんね」


「やはり?」


「はい」


 鹿は一部の場所から、まだ畑へ入っている。


 しかし。


 以前より侵入経路は減っている。


「十分です」


 私は笑った。


「これなら改良できます」


「改良?」


「はい」


 農業で大切なのは。


 一度で完璧な方法を作ることではない。


 使える方法を見つけ。


 問題を見つけ。


 少しずつ改善することだ。


「ここにもう少し障害物を追加しましょう」


「分かりました!」


「そして、草地の範囲も少し広げてみます」


「はい!」


 農夫たちが動き始める。


 私はその様子を眺めながら、帳面を開いた。


 そして。


『鹿対策』


『①獣道の確認』


『②侵入経路の重点防護』


『③森と畑の間に緩衝地帯』


『④必要な場所だけ柵を設置』


 と記した。


 その下に。


『完全防止ではなく、被害を減らす』


 と書き加える。


「……これなら」


 私は呟いた。


「農民にも使えるかもしれません」


     ◇


 それから数日。


 試験農園には、新しい地図が掲げられていた。


 そこには。


 畑の位置。


 森の位置。


 獣道。


 鹿の侵入経路。


 猪の侵入経路。


 被害が発生した場所。


 そして。


 新しく設けた防護区域。


 それぞれが記録されている。


「……こうして見ると」


 私は地図を眺めた。


「被害が集中している場所がありますね」


「はい」


 農夫が頷く。


「森に近い畑ほど被害が多いです」


「ならば」


 私は指でその場所を示した。


「ここを重点的に守りましょう」


「全部の畑を囲うのではなく?」


「はい」


 全部を守る必要はない。


 被害の大きい場所を優先する。


 限られた資材を。


 必要な場所へ使う。


 それなら。


 農民たちにも実行できる。


「……少しずつですが」


 私は笑った。


「形になってきましたね」


 最初は。


 とうもろこしを植えただけだった。


 そこから。


 肥料。


 害虫。


 病気。


 獣害。


 そして。


 記録。


 比較。


 地図。


 対策。


 農業改革とは。


 新しい作物を植えることではない。


 問題を一つずつ見つけて。


 解決する仕組みを作ることなのだ。


「ユーリ様」


 ローザリンデさんが声をかけてきた。


「はい?」


「こちらの記録もまとめておきました」


「ありがとうございます」


 私は帳面を受け取る。


 そこには。


 とうもろこし。


 トマト。


 カボチャ。


 ピーナッツ。


 それぞれの成長記録が並んでいる。


 そして。


 害虫の発生。


 灰を使った実験。


 トマトの葉の異常。


 猪の被害。


 鹿の被害。


 すべてが記録されている。


「……これだけでも、かなりの資料になりましたね」


「はい」


「でも」


 私は帳面を閉じた。


「まだ足りません」


「まだ?」


「はい」


 私は農園の向こうを見た。


 ここは王宮の試験農園だ。


 水もある。


 肥料もある。


 人手もある。


 管理も行き届いている。


 そして。


 王宮の権威によって、必要な資材を集めることもできる。


「ここで成功しても」


 私は静かに続けた。


「普通の農民の畑で同じ結果が出るとは限りません」


 農夫たちの表情が変わる。


「……確かに」


「だから」


 私は決意を込めて言った。


「次の段階へ進みましょう」


「次の段階?」


「はい」


 私は地図を広げた。


 その中から。


 一つの村を指差す。


「ここです」


「この村は?」


「帝都から、それほど遠くありません」


 しかも。


 森に近い農地を持っている。


 今回の獣害対策を試すにも都合がいい。


 畑の一部を試験用に借りることができれば。


 王宮ではなく。


 本当の農民の生活の中で。


 新しい作物を育てられる。


 肥料も。


 種子も。


 農具も。


 そして。


 獣害対策も。


「ここで」


 私は地図に指を置いた。


「実際の農村で、試験栽培を始めます」


 農夫たちがざわめく。


「……本当に、農村へ持っていくのですね」


「はい」


 私は頷いた。


「ここからが、本当の農業改革です」


 だが。


 その言葉を口にした直後だった。


「ユーリ様!」


 庭園の入口から、騎士が駆け込んできた。


「どうしました?」


「急ぎの報告です!」


 騎士は息を整えながら頭を下げる。


「東部の農村から、食料事情について新たな報告が届いております」


「東部?」


 私は眉をひそめた。


「はい」


 騎士が一枚の書状を差し出す。


 私はそれを受け取る。


 そこに書かれていたのは。


 想像していたよりも。


 ずっと深刻な内容だった。


「……これは」


 私は思わず息を呑んだ。


 どうやら。


 試験農園の問題だけを解決している場合ではなくなってきたらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。