異世界農業、次々と問題が発生する
カクヨム向けに、**冒頭の引きを強くし、会話を増やしてテンポを上げつつ、「害虫→病気→獣害」と問題が段階的に大きくなる構成**に整えました。主人公の「失敗を記録して知識に変える」という農業改革の軸も残しています。
翌朝。
私は、昨日よりも早く試験農園へ向かった。
朝露に濡れた畑には、まだ薄い霧が残っている。
「ユーリ様、おはようございます」
「おはようございます」
すでに何人かの農夫たちが作業を始めていた。
私は挨拶を返しながら、そのままとうもろこしの畝へ向かう。
「……おお」
思わず声が漏れた。
昨日より、明らかに大きくなっている。
細長い葉が空へ向かって伸び、朝の光を受けている。
「順調ですね」
「はい!」
農夫の一人が嬉しそうに頷いた。
「このままいけば、かなりの収穫が期待できるのではないでしょうか?」
「そうですね」
私も頷く。
けれど。
その場にしゃがみ込み、葉を一枚ずつ確認する。
「……まだ安心はできません」
「え?」
「芽が出たことと、収穫できることは別です」
農夫たちが顔を見合わせる。
「農業は、ここからです」
発芽。
成長。
開花。
受粉。
結実。
そして収穫。
その途中のどこか一つで失敗すれば、収穫量は大きく落ちる。
だからこそ。
「まずは、記録を取りましょう」
「記録、ですか?」
「はい」
私は持ってきた帳面を開いた。
「植えた日」
「天候」
「雨の量」
「気温」
「肥料を与えた日」
「水をやった量」
「それから、葉や茎の状態です」
農夫が目を丸くする。
「そこまで記録するのですか?」
「します」
私は即答した。
「一度成功しただけでは、農業技術にはなりません」
今回、たまたま育った。
それだけでは駄目なのだ。
翌年も育つのか。
別の土地でも育つのか。
雨が少ない年でも大丈夫なのか。
肥料を変えたらどうなるのか。
植える間隔は?
植える時期は?
収穫量は?
病気は?
害虫は?
そうした情報を積み重ねて、初めて。
「技術になるんです」
「……なるほど」
農夫が真剣な表情で帳面を覗き込む。
私は、その様子を見ながら思った。
もしかすると。
ここからが、本当の農業改革なのかもしれない。
新しい作物を持ってくる。
それだけなら、難しくない。
だが。
それをこの土地に定着させる。
毎年、安定して収穫できるようにする。
そして、その方法を農民たちへ伝える。
そこまでやって、ようやく改革と呼べるのだ。
「ユーリ様!」
そのときだった。
別の農夫が声を上げた。
「こちらへ!」
「どうしました?」
私は立ち上がり、呼ばれた場所へ向かう。
そこには、とうもろこしの苗が数本並んでいた。
「これを見てください」
「……?」
一見すると、何もおかしくない。
だが。
よく見ると――。
「葉の色が違いますね」
「はい」
数本だけ、葉が少し黄色い。
「こちらには、肥料を多めに入れました」
農夫が申し訳なさそうに説明する。
「早く大きくなると思ったのですが……」
「なるほど」
私は腕を組んだ。
肥料を増やせば増やすほど良い。
そんな単純な話ではない。
「肥料を入れすぎたのかもしれません」
「肥料にも、多すぎるということがあるのですか?」
「あります」
私は頷いた。
「何でも多ければいい、というわけではありません」
だからこそ。
「比較しましょう」
「比較?」
「はい」
私は畑を指差した。
「肥料を少なくした区画」
「普通に入れた区画」
「多く入れた区画」
「同じ作物を植えて、成長を比べます」
「実験するわけですか」
「その通りです」
農業は経験の積み重ねだ。
ならば。
その経験を、できるだけ効率よく集めればいい。
「同じことを、とうもろこしだけではなく、カボチャやトマトでもやりましょう」
「分かりました!」
農夫たちが頷く。
その表情を見て、私は少し嬉しくなった。
最初は、私に言われた通りに作業しているだけだった。
けれど今は違う。
自分たちで植物を観察し。
疑問を持ち。
原因を考え始めている。
これなら――。
いずれ、この人たち自身が新しい農業技術を生み出せるかもしれない。
「……ユーリ様」
「はい?」
背後から声がした。
振り返る。
ヨハン様だった。
「ずいぶん熱心ですね」
「はい」
私は畑を見ながら答える。
「どうやら、私は農業というものを甘く考えていたようです」
「ほう?」
「新しい作物を持ってくれば、それだけで食料が増えると思っていました」
私は苦笑した。
「でも、違いますね」
土を作る。
種を選ぶ。
植える。
育てる。
病害虫から守る。
収穫する。
保存する。
そして、食べる。
「農業というのは、全部がつながっているんです」
「……なるほど」
ヨハン様が畑を見る。
「では、この小さな畑が帝国の食卓を変える可能性がある、と?」
「可能性はあります」
私は答えた。
「ただし――」
そこで言葉を止める。
「まだ、何も成し遂げていません」
とうもろこしは、まだ苗だ。
トマトも。
カボチャも。
ピーナッツも。
まだ収穫にはほど遠い。
それどころか。
「これから病気になるかもしれません」
「害虫も出るでしょうね」
「はい」
私は頷いた。
「だから、観察します」
成功も。
失敗も。
全部記録する。
そして、次に生かす。
「それが、今回の試験農園の一番の目的です」
ヨハン様が感心したように頷いた。
「食料を作るだけではなく、知識を作るわけですか」
「……そういうことになりますね」
私は畑を見つめた。
小さな芽。
それは、まだ一本のとうもろこしに過ぎない。
けれど。
この小さな畑から得られる知識が、いつか帝国中の農地へ広がるのなら。
話は変わってくる。
「まずは、この畑を成功させましょう」
私は拳を握った。
「そして次は――」
農村で実際に育ててもらう。
そのためには。
宮殿の庭園ではなく、普通の農民の畑で試さなければならない。
水も。
肥料も。
農具も。
人手も。
宮殿ほど恵まれてはいない。
「……本当の試験は、そこからですね」
私はそう呟いた。
◇
その日の夕方。
試験農園の端で、異変が見つかった。
「ユーリ様!」
農夫の叫び声が響く。
「今度は何ですか?」
「葉に……何か付いています!」
私は急いで駆け寄った。
とうもろこしの葉を裏返す。
そこには――。
小さな虫が、何匹も張り付いていた。
「……害虫ですか」
私は息を呑んだ。
農業改革。
その最初の敵が、早くも姿を現した。
◇
翌朝。
私は、昨日の害虫が発生したとうもろこし畑へ向かった。
「……増えていますね」
「はい」
農夫が困ったように頷く。
「昨日より多いです」
葉を一枚めくる。
小さな虫が何匹も付いている。
別の葉を見る。
「こちらにも……」
さらに、その隣。
「……こっちは少ない」
「え?」
私は畑全体を見渡した。
同じとうもろこしなのに、虫の付き方に差がある。
これは重要だ。
「昨日から、何か違うことをしましたか?」
「いえ……」
「水やりは?」
「いつも通りです」
「肥料は?」
「こちらも同じです」
「では、こちらの畝は?」
「そこは昨日、少し草取りをしました」
「草取り?」
「はい」
私は周囲を見る。
とうもろこしの畝の間には、雑草が生えている。
そして――。
「……なるほど」
雑草の葉にも、同じ虫が付いていた。
「この虫、とうもろこしだけを食べているわけではないようですね」
「では、雑草を抜けばいいのでしょうか?」
「可能性はあります」
だが、断定はできない。
雑草を全部抜いたら害虫が減るのか。
それとも、餌を失った虫がとうもろこしへ集中するのか。
まだ分からない。
「なら、試しましょう」
「また実験ですか?」
「はい」
私は三つの区画を指差した。
「ここは今まで通り」
「はい」
「ここは雑草を徹底的に取り除く」
「はい」
「そして、もう一つは雑草をある程度残す」
「残すのですか?」
農夫が驚く。
「はい。比較するためです」
「……なるほど」
農夫は頷いた。
「普通なら、全部抜いてしまうところですが」
「今回は実験ですから」
農業というのは、思い込みとの戦いでもある。
雑草は悪。
害虫は悪。
肥料は多いほど良い。
水は多いほど良い。
そう単純に考えてしまえば、間違える。
「まずは原因を知りましょう」
私はそう言った。
◇
その日の午後。
私は、さらに別の方法を試すことにした。
「灰を使ってみましょう」
「灰ですか?」
「はい」
木を燃やした灰。
昔から害虫対策などに使われてきた方法だ。
もちろん、万能ではない。
だが、農薬がない以上、試してみる価値はある。
「葉に薄く撒いてください」
「分かりました」
農夫たちが作業を始める。
白っぽい灰が、とうもろこしの葉に薄く付着していく。
「これで虫が減ればいいのですが」
「期待しすぎないでください」
私は苦笑した。
「農業では、何でも一度でうまくいくわけではありませんから」
◇
そして翌日。
「……減っています」
「本当ですか?」
「はい!」
農夫が嬉しそうに報告する。
私は畑を確認した。
確かに、昨日より虫が少ない。
「効果があったのかもしれませんね」
「やりました!」
農夫たちから歓声が上がる。
だが。
「待ってください」
私は葉に触れた。
「……少し変ですね」
「何がですか?」
「葉の先が茶色くなっています」
「え?」
さらに確認する。
灰を撒いた区画だけ。
葉の一部が傷んでいる。
「……撒きすぎましたか」
私は頭を抱えた。
害虫は減った。
しかし。
とうもろこしまで傷めてしまった。
「これは失敗ですね」
「失敗……ですか?」
「はい」
私は頷いた。
「虫を減らせても、作物まで弱らせたら意味がありません」
農夫たちの表情が曇る。
だが。
私は笑った。
「でも、無駄ではありません」
「え?」
「灰そのものに効果がある可能性は分かりました」
問題は、量だ。
どれくらい撒くのか。
いつ撒くのか。
どう撒くのか。
作物への影響はどの程度なのか。
調べなければならないことは多い。
「次は量を変えてみましょう」
「また試すのですか?」
「もちろんです」
私は帳面を開いた。
「何もしなかった区画」
「灰を少量撒いた区画」
「普通の量を撒いた区画」
「多く撒いた区画」
それぞれを比較する。
これなら。
作物を傷めず、害虫を抑えられる量が見つかるかもしれない。
「……ユーリ様」
農夫が不思議そうに私を見る。
「どうしました?」
「どうして、そんなに失敗を気にされないのですか?」
「え?」
「普通なら、失敗したら怒られると思うのですが……」
私は少し考えた。
そして答える。
「失敗したことより、失敗から何も学ばないことのほうが怖いからです」
私は畑を見た。
傷んだ葉。
元気な葉。
虫の付いた葉。
それぞれが。
私たちに何かを教えてくれている。
「失敗には、情報が詰まっています」
「情報……」
「はい」
私は帳面に記録する。
日付。
天候。
散布量。
葉の状態。
害虫の数。
「これを何度も繰り返します」
そうすれば。
いつか。
経験が知識になる。
知識が技術になる。
そして技術になれば――。
「農民の皆さんにも教えられます」
「……なるほど」
農夫がゆっくり頷いた。
「宮殿の庭で成功しただけでは駄目なのですね」
「その通りです」
私は笑った。
「農民の畑でも成功しなければ、本当の意味での農業改革にはなりません」
◇
その日の夕方。
私は試験農園を離れようとしていた。
そのときだった。
「ユーリ様!」
ローザリンデさんが駆けてくる。
「どうしました?」
「トマトのほうも見ていただけますか?」
「トマト?」
「はい」
私はトマトの畑へ向かった。
こちらも順調に成長している。
青々とした葉。
細い茎。
そして――。
「実が付いていますね」
「はい!」
まだ小さな青い実だ。
だが、確実に実っている。
「これは期待できそうですね」
「ええ」
ローザリンデさんも嬉しそうだ。
私は一つの実をじっと見つめる。
トマト。
現代では当たり前の食材。
だが、この世界ではまだ珍しい。
もし、これが大量に育てられれば。
生で食べるだけではない。
煮込み。
ソース。
スープ。
保存食。
乾燥。
いろいろな料理に使える。
「……楽しみですね」
「はい」
ローザリンデさんが頷く。
だが、その直後。
「――あれ?」
私は眉をひそめた。
「どうしました?」
「この葉……」
トマトの葉の一部に、白い斑点が出ている。
「病気でしょうか?」
「分かりません」
私は葉を裏返す。
すると。
「……こっちにもあります」
別の葉にも。
さらに、その隣にも。
私は黙り込んだ。
害虫。
肥料。
病気。
水。
土。
農業というのは、本当に次から次へと問題が出てくる。
「……なるほど」
私は思わず笑ってしまった。
「どうしました?」
「いえ」
私は畑を見渡した。
「ようやく分かってきました」
「何がですか?」
「農業改革が、どうして難しいのか」
新しい作物を持ってくる。
肥料を与える。
畑を耕す。
それだけでは足りない。
作物が育つ環境そのものを理解しなければならない。
「これは……」
私は小さく息を吐いた。
「思っていた以上に、大仕事ですね」
そして私は帳面を開いた。
新しいページに今日の日付を書く。
その下に。
『試験農園――害虫対策、失敗』
さらに、その横に。
『次回、散布量を変更して再試験』
そして。
『トマト――葉に異常。原因調査』
私はペンを置いた。
「さて」
まだ問題は山積みだ。
でも。
少しずつでいい。
失敗して。
調べて。
また試す。
それを繰り返せばいい。
いつか、この畑で得た知識が。
帝国中の農民を救う技術になるかもしれない。
「……まずは、明日ですね」
私は夕暮れの畑を眺めた。
――そして翌朝。
「ユーリ様!」
農夫の悲鳴に近い声が響いた。
「どうしました!?」
「大変です!」
私は慌てて畑へ駆け出した。
昨日まで、確かに元気だったとうもろこし。
その一部が――。
「……え?」
無残な姿になっていた。
葉が食いちぎられている。
茎も折れている。
そして。
地面には、何本もの足跡が残されていた。
「これは……」
私はしゃがみ込む。
小さな足跡。
畝を横切り。
とうもろこしの根元まで続いている。
「……虫じゃない」
農夫が呟いた。
「では……?」
私は足跡を追った。
畑の外。
さらにその先。
そこには――。
何かに踏み荒らされたような跡が続いていた。
「ユーリ様……」
「ええ」
私は立ち上がった。
「どうやら」
昨日までとは、まったく別の問題らしい。
害虫ではない。
病気でもない。
肥料でもない。
そして。
「誰かが食べた、というわけでもありません」
私は荒らされた畑を見つめた。
「動物です」
農業改革。
その前に立ちはだかる敵は――。
虫だけではなかった。
「……獣害対策も必要なんですね」
農夫たちが青ざめる。
「では、どうすれば……?」
私は答えられなかった。
柵を作る?
見張りを置く?
罠を仕掛ける?
それとも別の方法があるのか。
私は帳面を開いた。
そして、新しい項目を書き込む。
『獣害――原因調査』
ペンを置く。
「まずは、何の動物なのかを調べましょう」
私は荒らされた畑を見渡した。
「敵を知らなければ、対策はできません」
農業改革は。
どうやら想像していた以上に――。
奥が深いらしい。




