8錠目 酒は呑んでも呑まれるな
もう1年が終わるなー、そして今回も短い
最近、
「なぁ、隊長。頼むから考え直してくれ」
「……またその話か、モブリット」
俺の友であり、同僚でもある同族のモブリット・アルファロッドは口を開けば同じことを言い出した。
――あの女だけはやめろ。
苦虫を噛み潰したかのように眉を潜めてはそう言うモブリット。そんな友に俺は頭を抱えていた。
理由は分かっている。
「あのメイドが、ディアボロスだからだろう」
「……分かってるならなんで」
「…惹かれたからだ。ディアボロスなど関係なくあの女に。ただそれだけだ」
吸血鬼とディアボロスは根本的に性質が相容れない間柄だ。
だが俺は、あの女に惹かれたのだ。切っ掛けは不純なものだったが、それでも俺は本気であのメイドを好いている。
「俺にも、譲れないものがある」
俺はそれだけ言うと、モブリットに着いてくるなと伝え、魔王陛下より与えられた部屋に入った。
「――……オレだって、これだけは譲れねぇんだよ」
扉の音にかき消され、モブリットの悲痛な呟きなど耳に入りはしなかった。
――――――
―――――
それから数時間経った。モブリットは仕事に戻ったようで、俺の前には現れなかった。
「……フゥ、」
机に積まれていた書類を片付け、冷めきった紅茶を俺は飲む。
そういえば、今日は親父に帰ってこいと言われていたな。
なんでも……現在の進境を聞きたい、らしい。
進境も何も、…何も進展すらない。進展する機会がどこにあった。
あの城下での出来事以来、俺はまともにあのメイドと顔を会わせていない。
いや、違うな。会わないように仕組まれている、と言うべきか。
「…………モブリットめ」
俺の友、昔からの馴染みであり、今や同じ部隊にいる同僚のモブリット。
城内ではあの医師がことごとく、ことごとく邪魔をしてくる。
行く先々で俺の前に現れ、あのメイドとの昔話をしては、帰っていく。
………なんだ、あの一角獣の医師は。
「おう!やっと帰って来たか、ボンクラァ!」
「……誰がボンクラだ親父」
「俺のガキはお前1人だからなぁ、この際ボンクラはお前だけだろ?」
そんなことよりおめぇさんの話を聞かせろ。呂律が回っていない……おい、既に出来上がってるのか。
「…………話もなにも、」
「かーっ!テメェまぁだ、これぽっちも進展なしか!どうすんだよ、それじゃあ誰にかっ攫れちまうぞ」
「……煩い」
ぐびりっ、酒を呑む親父。親父から酒が入ったグラスを渡される。
俺は渡されたグラスを手に取り、俺も口につける。
酒特有の味が口に広がる。ああ、久々に酒を呑む。
「なぁー、さっさと口説いちまえよー、俺の息子だろー。俺なんかわっかい頃に母さん口説いたもんだぜ」「…………その話、詳しく聞かせてくれ」
「おっ!聞くかぁ?やっと聞く気になったのかぁ?長かったなぁ、お前さんがこの話を聞く気になってくれたのわ!」
「早く」
「はいはい、急かさんな急かさんなってば」
親父は酒を呑みながら、当時どうやって母さんを口説いたのかを話した。
それは実際にするには恥ずかしいことばかりで、親父はよくそれで母さんを口説けたものだ。
しかし女経験すらない俺には、それすら救いだった。
こんなときに不謹慎だが、モブリットに頼りたかった。アイツは本当に女の扱いに長けているからな。
だがアイツは今回のことを反対している。
あのメイドが、ディアボロスだからだろう。
「あ?女がディアボロスだぁ?あー、気にする奴は気にするだろうが、今のご時世に純血純血言ってたら繁栄しねぇよ」
グラスに新しい酒を注ぐ親父は、ガハハッと大声を上げたのち、真面目な顔をした。
そうか、俺が親父に縁談の話を持ちかけたんだ。親父は知っていたな。親父もディアボロスと知ったなら反対するのでは、と思っていた。
だが、今の発言からして親父はそうでもないらしい。
それでも親父は、この魔界で誇り高い吸血鬼一族の長だ。
父として俺に言っているのか、一族の長として言っているのか。
俺には分からない。
「なぁに、お前さんは家や種族なんか気にせずに、好きな相手と添い遂げたらいいんだ。俺がそうしたようにな」
静かな、幼い頃から聞いた説教染みた口調で親父は言った。
「…親父」
「まあ、口説き落とせたらの話だけどなぁ!」
実に耳が痛いことだ。
俺はそれを聞かないフリをするために、グラスにある残りの酒を煽った。
「おいおい、そんなに酒を煽ったら悪酔いすんぞ」
「っ、はっ…、大丈夫だ。俺はこれでも酒には強い」
「ブはっ!ガキが一丁前になぁに言うか!そんなに言うなら俺と呑み競べと行くかぁ!」
どこからか取り出した大量の酒に、たじろぎながら俺はその中にある1つの酒瓶を掴む。
「受けて、たつ」
「かー!よっしゃ呑むかあ!!」
その日、俺は親父と酒を酌み交わしながら、親子で夜を過ごした。