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第9話 『絶影』って二つ名、中二心くすぐられすぎて最高じゃない!?

深夜の森の奥深く。赤々と燃え盛る焚き火が、下品な笑い声を上げる盗賊たちの顔を不気味に照らし出していた。あちこちに空の酒瓶が転がり、奪い取られたばかりの宝石や金貨、豪奢な織物が乱雑に積まれている。


(さあ、極上のショータイムの始まりだ)


ハイドは木々の太い枝に音もなく降り立ち、眼下で狂乱の宴に興じる獲物たちを冷徹な目で見下ろした。彼が理想とする『陰の実力者』は、決して正面から「やあ、成敗してやる」などと間抜けに名乗りを上げたりはしない。

圧倒的な恐怖、抗うことすら許されない不可解な死、そして終わった後に残る底知れぬ絶望。舞台を完璧に支配し、誰にも姿を悟られずに敵を屠ってこそ、至高の様式美である。


その美学を体現するため、ハイドは自身の得意とする【付与魔術(エンチャント)】を用いた。彼にとって魔術の付与に準備時間など一切不要である。枝の上に降り立ったその瞬間、眼下へ視線を配るわずかな時間で無数の魔力を走らせ、この空間そのものを巨大な『処刑場』へと一瞬にして作り変えてしまったのだ。


「ぎゃははは! あの商人、命乞いする時の顔が最高に傑作だったぜ!」

「おい、もっと酒を持っ——ごほっ、がぁっ!?」


最初に異変が起きたのは、焚き火から少し離れた場所で酒樽を呷っていた大柄な男だった。突如として喉を掻きむしり、その口から大量の黒い血と、どろりとした臓物の破片を吐き出したのだ。

ハイドが空間を支配した刹那、酒樽の内部へ瞬時に施した『遅効性・体内腐食』の付与魔術。一定時間体内に留まることで発動するその魔術は、男の胃袋を瞬時に溶かし、激痛と共にその命を刈り取った。


「……あ? おい、どうした!?」


男が痙攣しながら倒れ伏すのを見て、近くにいた別の男が慌てて駆け寄ろうと一歩を踏み出した。

——その瞬間、パキン、と乾いた音が足元で鳴る。


ハイドが地面の石や木の根に瞬きする間に仕掛けていた『起爆式・骨肉分離』の罠が起動したのだ。男の足元から不可視の魔力波が炸裂し、次の瞬間、男の肉体は文字通り「弾け飛んだ」。悲鳴を上げる間もなく、ひしゃげた骨と肉片が周囲の盗賊たちに降り注ぐ。


「な、なんだ!? 何が起きてる!?」

「敵だ! 敵襲だァ! どこだ、どこから——ぎゃああああっ!?」


武器を抜いて立ち上がろうとした者たちも、次々と絶望の淵へと叩き落されていく。

彼らが掴んだ剣の柄には『接触発動・麻痺毒』が、寄りかかっていた木箱には『幻覚狂乱』の魔術が、ハイドの到着と同時に付与されていた。ある者は全身の神経を焼かれるような激痛に泡を吹いて転げ回り、ある者は突如として幻覚に発狂し、隣にいる仲間を狂ったように斬り刻み始めた。


極めつけは、空間の中央で燃え盛っていた焚き火である。

ヒュッ、とハイドが指先を鳴らした瞬間、炎の色が不気味な青紫へと変色し、大量の『窒息性の猛毒煙』を周囲に撒き散らした。


「ひっ!? 息が、息がぁっ!」

「目がァ! 助け、たすけ——」


声帯を焼かれ、暗闇と毒煙の中で視力を奪われた盗賊たちは、見えない死神に怯えながら地べたを這いずり回る。姿は見えない。気配もない。殺気すら感じない。ただ、一瞬の内に張り巡らされた悪辣極まりない死の罠が、無慈悲に彼らの命を一つ、また一つとすり潰していく。

鈍い肉の断たれる音、血を吐く音、そして同士討ちによる絶叫だけが森に谺していた。


(いいね、最高の恐怖だ。姿なき死神。息をするように罠に嵌まり、理由も分からず死んでいく……うんうん、我ながら完璧な陰の実力者ムーブだ。テンション上がってきた!)


樹上からその惨劇を眺めながら、ハイドは一人ご満悦だった。直接手を下すまでもない。計算し尽くされた付与魔術の連鎖がもたらす無惨な地獄絵図。わずか数分の出来事で、あれほど騒がしかった宴の狂騒は、完全な死の静寂へと変わっていた。


「さて、集金のお時間だ。……おっと、この辺りの罠は解除しておかないとね」


血と毒の匂いが充満する野営地にふわりと舞い降りたハイドは、自身の仕掛けた即死トラップを器用に避けながら、早速テントの探索を始める。


(おお、あるある。金貨に宝石、こっちは魔石かな? 盗賊の皆さんの血と汗と涙の結晶、僕が陰の実力者として秘密結社を立ち上げるための尊い活動資金として、有効活用させてもらうよ!)


まだ空間収納魔法などという便利なものは習得していないため、ハイドは散らばる金目のものを、身につけたスライムのコートの漆黒の生地へと触れさせた。すると、スライムのコートは不定形の表面を波打たせ、金貨や宝石を包み込み、まるで液体の中に沈んでいくように、音もなくその内側へと吸い込んでいった。これぞ、彼が極秘裏に開発した『スライム収納』だ。どれほど詰め込んでも重さは感じられず、外見にも一切響かない。隠密行動には最適である。この莫大な資金を使って、ゆくゆくは豪華な地下拠点を作ったり、配下を揃えたりするのだ。妄想は広がるばかりである。


それから数ヶ月の時が流れた。

ハイドの「夜の集金活動」は留まることを知らず、近隣の野盗やならず者のアジトは次々と壊滅の憂き目に遭っていた。

生き残りは一人もいない。いや、正確には「襲撃の瞬間にたまたま買い出しなどで場を離れていた者」だけが、帰還した際に地獄と化した拠点を発見し、泡を吹いて逃げ出すのだ。

刃物による傷は一切なく、ある者は毒で内臓を溶かし、ある者は不可解な罠で肉片と化し、ある者は恐怖のあまり同士討ちをした無惨な死体の山。


裏社会の人間たちは、いつしかその正体不明の襲撃者を、深い畏怖と恐怖を込めてこう呼ぶようになった。

——『絶影(ぜつえい)』と。


決して姿を見せず、影のように忍び寄り、気がついた時には既に死の罠の中。どんなに腕の立つ用心棒を雇おうが、絶影に狙われれば一夜にして全てが消え失せ、後には金品一つ残らないもぬけの殻の死体置き場だけが残される。その噂は風に乗って瞬く間に広がり、周辺一帯の裏社会を底知れぬ恐怖のどん底に叩き落としていた。


(『絶影』……! くぅ〜、かっこいい! 誰が名付けたか知らないけど、中二心……いや、陰の実力者の神髄をわかってるセンスだ!)


もちろん、その噂を風の便りで耳にしたハイド本人は、深夜の自室で一人、ベッドの上で足をバタバタさせながら悶え転がるほど大歓喜していたのだった。

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