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第8話 陰の実力者の美学 〜盗賊のものは俺のもの俺のものは俺のもの


最近、ハイドの住む村から少し離れた鬱蒼とした森の奥――かつて疫病で打ち捨てられたという廃村に、質の悪いならず者たちが住み着いたらしい。

日々のパトロールという名の「隠密行動訓練」の最中にその痕跡を見つけ、数日かけて生態調査を行った結果、どうやらそれは数十人規模からなる、それなりの規模の盗賊団であることが判明した。


「うん。実験相手にはちょうどいい」


ハイドは自室の窓枠に腰掛け、三日月を見上げながら密かに嗤った。

野盗やゴロツキの類であれば、森で見つけるたびにちょくちょく襲って――もとい、陰の活動資金として彼らの全財産をありがたく徴収しているが、これほどの大所帯となると話は別だ。ハイドにとっては、年に一度あるかないかの特大ボーナスイベントである。


(ああ、この世界の治安がもっと悪くなりますように……)


真っ当な市民が聞けば卒倒しそうな願いを、彼は至極真面目に神へと祈る。

この世界において、悪人に対する私刑(リンチ)は日常茶飯事だ。特にハイドが住むような辺境の田舎では、その自己責任の考えが割とまかり通っている。わざわざ都会から立派な騎士団や裁判官が、こんな辺鄙な村まで正義の裁きを下しに来るわけがない。つまり、誰にも知られずに盗賊団を壊滅させ、その財産を綺麗さっぱり「没収」したとしても、誰一人として文句を言う者はいないという完璧な狩り場なのだ。


そんなわけで、時刻は草木も眠る深夜。

ハイドは音もなく木々を跳躍し、盗賊団のアジトとなっている廃村へと接近していた。

こんな遅い時間だというのに、アジトの中心にある一回り大きな館からは、煌々とした灯りが漏れ、下品な笑い声が響き渡っている。周辺に散乱する真新しい木箱や樽を見るに、どうやら今日、商隊の襲撃に成功して盛大な宴会を開いているようだ。


(うん。とても運がいい)


ハイドは暗闇の中で目を細めた。

盗賊という生き物は、おしなべて計画性という概念が存在しない。明日の命も知れぬ稼ぎゆえか、奪った金品はその日のうちに酒や女、あるいは得体の知れない嗜好品にすべて使い込んでしまうのだ。だからこそ、奴らがまともな財産を抱え込んでいるのは、襲撃直後のこのタイミングしかあり得ない。


(盗賊のものは僕のもの、僕のものは僕のもの。いやはや、集金ごくろうだね、諸君。君たちが汗水流して奪い集めたそのお金は、僕が真の『陰の実力者』となるための尊い活動資金として、1つ残らず有効活用させてもらうのさ)


館の屋根に降り立ったハイドは、天窓から眼下の狂乱を見下ろした。

金貨の詰まった袋、きらびやかな宝石箱。それらを囲んで下劣な宴を繰り広げる盗賊たちを見ていると、ハイドの胸の奥で、ふつふつと奇妙な高揚感が湧き上がってくる。


(――ヒャッハー!! てめぇらの金目のモノを全部だせっぇぇぇ!!)


本来であれば。

本能の赴くままに行動していいのであれば、今すぐ天窓を蹴破り、テンションマックスでそんな奇声を上げながら宴会場のど真ん中に突っ込みたいところだ。物理的な暴力で片っ端から奴らを殴り飛ばし、金銀財宝を麻袋に詰め込んで高笑いと共に去っていく。手っ取り早いし、何よりスカッとするだろう。血の気が多いハイドの心の中では、その「ヒャッハー欲」が今まさに暴発寸前まで膨れ上がっていた。


だが、ダメだ。

ハイドの思い描く「陰の実力者像」は、断じてそんな浅ましいものではない。

奇声を上げて正面から突っ込むなど、それこそ三流の山賊か脳筋の狂戦士のやることだ。そこには計算し尽くされた美学も、強者の余裕も存在しない。


彼の考える真の「陰の実力者像」とは――決して自らの姿を明るみに出さず、圧倒的な恐怖と絶望の中で敵を屠っていく存在。

姿は見せないが、確実に『得体のしれない何か』がそこにいる。抗うことすら許されない絶対的な闇が、自分たちを一人、また一人と呑み込もうとしている。

相手にそう思い込ませ、自らの死の理由すら理解させないまま舞台から退場させる。それこそが、至高の様式美なのだ。


(落ち着け、僕。ここでヒャッハーしたら、ただの強盗だ。……僕は陰の実力者。闇に潜み、恐怖で場を支配する者……)


深呼吸をして野蛮な衝動を無理やり胃の腑へ押し込み、ハイドは自らの役作りに没入していく。


下で馬鹿騒ぎをしている野盗どもは、まだ誰も気づいていない。

自分たちが集めた財宝が、間もなく理不尽なまでの「美学」によって全て奪われるということに。


「……お見せしよう。これが、真の陰の実力者だ」


天窓の縁で、まるで夜の闇そのものに溶け込むように静かに呟き、ハイドは計算し尽くされた完璧な無音落下で、宴の喧騒へと沈み込んでいった。

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