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第7話 陰の組織の裏事情。様式美には莫大な金がかかるので、今夜も悪党の全財産を没収しに行きます

「風速4.2メートル、南南西。湿度は60パーセント……よし、計算通りだ」


ハイドの住んでいる村から少し離れた中規模の交易町。その夜景を意味深に見下ろす漆黒のコートを纏った少年は一人呟く。


彼が目指す「陰の実力者」たる者、決して圧倒的な暴力や底知れぬ魔力だけで成り立つものではない。


そう、力だけではないのだ。いかに強大であろうとも、ただ力任せに敵を粉砕するだけでは「ただの腕っ節の強い奴」あるいは「狂人」で終わってしまう。


「俺が転生してなお執着し続けているのは、世界の裏側で密かに暗躍し、すべてを支配する絶対的な存在としての『様式美』だからな」


たとえば、「月を背にしてマントを翻す」という、陰の実力者にとって最も基礎的かつ至高のシチュエーション。これを完璧に成立させるためには、ただ高いところに登って夜風に吹かれればいいという単純なものではない。彼は夜な夜な、ハイドの村から程近いこの町の時計塔や廃教会の屋根に立ち、風力・風向の流体力学的計算を幾度となく繰り返してきたのだ。


「重力加速度と風圧がマントの裾に与えるベクトルを瞬時に弾き出す……よし、今の風ならいけるッ!」


さらには、マントの生地の選定にも一切の妥協はない。

軽すぎれば安っぽくバタつき、重すぎれば風に乗らずに垂れ下がる。彼が求めているのは、絶対的な『漆黒』と『浮遊感』だ


幾度もの試行錯誤の末に彼が辿り着いたのは、スライムを素材とした究極の暗黒布である。ベースとなるのは、高い魔力伝導率と隠密性を持つ変異種『宵闇スライム』の粘体だ。



「……完璧だ。この執念の錬成工程を経た生地は、術者の微弱な魔力を流し込むだけで、風の抵抗係数や生地の質量、光の反射率に至るまで自在に操れる。夜の闇に完全に溶け込むことも、月明かりを意図的に弾いて禍々しいオーラを放つことも可能だ」


当然、ポージングの研究も欠かしたことはない。いかなる角度から見られてもミステリアスかつ圧倒的な強者に見えるよう、自室で何度も練習した。


『違う、顎の角度が2度高い。これでは見下すようなミステリアスさに欠ける。常に床面に対して緻密な計算に基づいた俯角を保たねば……』


『前髪の隙間から覗く片目……よし、月光の反射角は完璧だ。マントに隠された腕の角度もミリ単位で調整して……ここだ!』


雲の動きを読み、月が顔を出すコンマ数秒前に完璧なシルエットを完成させる。自室の鏡の前で何万回、何十万回と繰り返したこの血の滲むような鍛錬こそが、本物の「陰」を形作るのである。


だが、どれほど様式美を極めようとも、それだけではまだ足りない。

セリアという厄介な障害以外にも、ハイドはまた大きな問題を抱えていた。


-それは……


「……金が、ない」


そう、力や演出だけでもないのだ。

巨大な陰の組織を運営していくためには莫大な資金が必要となる。


「日雇いのバイトや真っ当な労働だけで賄おうとすれば、一生をモブとしての労働に費やす羽目になる。それでは本末転倒だ。……となれば、やることは一つ」


彼は空っぽの財布を放り投げ、計算し尽くされた黄金の角度でマントを勢いよく翻した。


「待っていろ、裏社会の悪党ども。貴様らが搾取して溜め込んだ非合法な財宝……俺の『陰の活動資金』として、今夜も根こそぎ徴収してやる」

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