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第9.5話 『幕間』陰の実力者に勝ちたくて


ハイドの住む村から遠く離れた、険しい岩山の洞窟。

そこには、周辺一帯を縄張りとする大規模な盗賊団の首領たちが数十人も集結していた。


天井から滴る水滴の音すら不気味に響く薄暗い空間。壁に掲げられた松明の炎が岩肌を舐め、荒くれ者たちの険しい顔に深い影を落としている。普段であれば、顔を合わせるだけで縄張り争いや殺し合いに発展するような犬猿の仲の組織同士も入り混じっていた。


しかし、今日この場において刃傷沙汰を起こそうとする者は一人としていない。彼らの顔を支配しているのは、強烈な殺意ではなく、底知れぬ『恐怖』と『疲労』だった。


「……一昨日の夜、東の谷を根城にしていた『赤蛇衆』がやられた。生き残りはゼロ。拠点には、文字通り原型を留めない肉塊と、幻覚に狂って自らの喉を掻き切った死体の山だけが残されていたという」


「西の『黒犬の一家』もだ。見張りを三十人も置いていたというのに、悲鳴一つ上がる間もなく一晩で壊滅した。奪われたのは金貨と魔石のみ。馬車を使った痕跡すらない。空間魔術の使い手か、それとも闇に溶け込む魔物の仕業か……」


次々と報告される惨状と不可解な謎に、洞窟の中は水を打ったような静寂に包まれた。誰もが自分の首筋に見えない刃を突きつけられているような錯覚に陥っていた。数ヶ月前までこの一帯の闇夜の支配者だった彼らが、今や夜が来るたびに「次は自分たちの番ではないか」と震えて眠る日々を送っているのだ。


「このままでは、我らは全滅だ」


重苦しい沈黙を破り、顔に大きな傷のある大盗賊団の頭目が切り出した。界隈で最大勢力を誇る男の言葉に、全員の視線が集中する。


「『絶影』……正体は凄腕の暗殺者か、はたまた国が極秘に動かしている精鋭部隊か。悪魔の仕業だとほざく奴までいる。いずれにせよ、単独の組織で対抗できる相手ではない」


「ならば、どうする? この地を捨てて逃げ隠れするか?」


血気盛んな若手の頭目が、怯えを隠すように声を荒らげた。


「いや、奴を誘い出し、確実に殺す。我々がバラバラに動いているから各個撃破されるのだ。周辺の組織すべてで同盟を結び、一つの巨大な『連合』を作り上げる。そして、奴が必ず食いつくような極上の餌を用意し、数千の兵力で完全に包囲して一網打尽にするのだ」


その提案に、他の首領たちは息を呑んだ。


「同盟だと……? 俺たち全員でか?」


「そうだ。生き残るためには、もはや過去の遺恨もプライドも捨てて手を組むしか道はない。我々の隠し資金と人脈を総動員し、近隣の傭兵団や闇の魔術師まで雇い入れる。総勢五千の軍勢を作り上げるのだ」


頭目の言葉は、恐怖に震えていた悪党たちの目に暗い闘志の火を灯していった。五千の兵力。それはもはや一地方の小国の軍隊にすら匹敵する圧倒的な規模だ。いかに『絶影』が恐るべき死神であろうと、正面から太刀打ちできる数ではない。


「極上の餌、というのはどうするつもりだ?」


「我々が大連合を結成したという宣言とともに、全組織の財宝をあえて一箇所に集める。見晴らしのよい断崖の要塞跡地にな。絶影のこれまでの行動からして、奴の目的は間違いなく莫大な富だ。山のような金貨と魔石を見せびらかせば、強欲な奴は必ず奪いに来るはずだ」


「なるほど……。罠とも知らずにノコノコと現れたところを、五千の兵ですり潰すというわけか」


「その通りだ。奴の使う不可解な毒や罠への対策として、解毒薬を全員に配備し、幾重にも防魔の結界を張り巡らせる。結界に閉じ込めた上で、四方八方からの一斉射撃と魔術の雨を降らせてやる。影ごとこの世から消し去ってやろう」


首領たちの間に、次々と賛同の獰猛な笑みが広がっていく。長きにわたる恐怖からの解放と復讐心が、決して交わることのなかった裏社会の勢力を一つにまとめ上げた。毒を恐れて乾杯の酒こそなかったものの、彼らは短剣で自らの掌を切り裂き、血の誓いをもって前代未聞の巨大な盗賊連合組織を誕生させたのである。


——こうして、裏社会の全てを巻き込んだ対『絶影』の完璧な包囲網が完成した。


彼らは知らない。自分たちが命懸けで立ち向かおうとしている恐怖の象徴の正体が、秘密結社の設立資金集めに奔走しているだけの、中二病を拗らせた一人の少年であることを。


そして、山のような財宝を集めたというその完璧な『餌』が、ハイドという少年のやる気とテンションを、危険なまでに大爆発させてしまうことにも、彼らはまだ気づいていなかった。

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