第9.75話 『幕間』陰の実力者はやってくる……かもね⁉︎
盗賊連合が新たな本拠地として集結した場所、それは辺境の険しい山脈の奥深くに隠された『精霊の聖域』と呼ばれる古代遺跡であった。
そこは四方を切り立った崖に囲まれた天然の要害であり、数千の軍勢を駐屯させ、迎え撃つための罠を張るにはこれ以上ない完璧な立地だった。
しかし、無学な荒くれ者である盗賊たちは誰一人として知らなかったのだ。
鬱蒼とした森に隠された遺跡の中心部、澄み切った泉に囲まれた大理石の台座に、とあるアーティファクトが手つかずのまま安置されていることに。
——『聖杖』。
かつて王国が建国された折、神の啓示を受けた初代聖女がその手に握り、巨大な魔を討ち払ったとされる伝説の杖である。
言い伝えによれば、この杖は「真の聖女」の魂にのみ呼応し、それ以外の者がどれほど力を込めようとも台座から引き抜くことはできないとされている。数百年の時を経た今もなお、聖杖は誰の手にも触れられることなく、清らかな光を放ちながら岩座に深く突き立てられていた。
一方、野盗の大群がその遺跡を占拠したという一報を受けた王都は、蜂の巣をつついたような大パニックに陥っていた。
王城の奥深く、重厚な扉に閉ざされた秘密会議室。そこでは王国の上層部と、白く豪奢な法衣に身を包んだ現聖女が、青ざめた顔で円卓を囲んでいた。
「なんということだ……! よりにもよって、聖杖の眠る地に野盗の群れが巣食うとは!」
「直ちに討伐隊を送り込み、奴らを皆殺しにせねばなりません!」
表向き、彼らが怒り狂う理由は「神聖なる地を穢されたから」である。しかし、真の理由は全く別のところにあった。
現在の聖女は、類稀なる治癒魔法の才能と美しい容姿、そして何より王国の緻密なプロパガンダによって「初代聖女の再来」として民衆や騎士たちから熱狂的な支持を集めていた。
だが、上層部の重鎮たちと聖女本人は、決して口には出せない一つの絶対的な『秘密』を共有していた。
彼女が、『真の聖女』ではないという事実を。
もし、正規の手順で盗賊たちを討ち払った後、歓喜に沸く民衆や熱狂する騎士たちから「さあ、聖女様! あの伝説の聖杖を引き抜き、今一度我らに奇跡をお見せください!」と求められたらどうなるか。
引き抜けるわけがない。彼女の魔力と魂では、聖杖はビクともしないのだ。
それが世間に知れ渡れば、聖女の名声は地に落ち、彼女を権力の象徴として祭り上げて国を統治してきた王国の威信も根底から崩壊する。暴動すら起きかねない。
「聖女様が聖杖を抜けないなどという事態は、絶対に避けねばならない。盗賊どもが偶然にでも聖杖を発見し、万が一にも『誰にも抜けない』という事実が世間に広まる前に、奴らを跡形もなく消し去り、あの地を完全封鎖するのだ!」
「はっ! 『聖なる地を穢す愚か者に、神の鉄槌を』という名目で軍を動かします!」
王国の上層部は保身のために即座に動いた。
聖女自身を旗印とした、大規模な討伐隊が組織されたのである。数千の精鋭騎士、高位の魔術師団、そして後方で祈りを捧げる(ふりをして冷や汗を流す)聖女。
それは単なる盗賊討伐の域を遥かに超えた、王国の存亡と隠蔽工作を懸けた異常な軍事行軍であった。王国の焦りと威信を背負った大軍勢が、地鳴りを響かせて聖域へと進軍を開始する。
かくして、何も知らない盗賊連合と、秘密を隠蔽したい王国軍が、一つの遺跡に向けて動き出した。
そしてその中心には、莫大な財宝の匂いを嗅ぎつけてウキウキでやって来るであろう一人の『陰の実力者』が介入しようとしていることを、今はまだ誰も知らない——。




