第10話 激突! 盗賊大連合 VS 王国軍 VS 空気読めない陰の実力者
王都を出立した数千の討伐軍。そのきらびやかな行軍の中央、高位の神官たちに囲まれて進む豪奢な馬車の片隅で、一人の小さな少女が膝を抱えていた。
現聖女の娘、シルヴィである。
年の頃は十歳を少し超えた程度。母譲りの美しい銀糸の髪と透き通るような碧眼を持つ彼女は、偉大なる『聖女』の血を引く者として、今回の遠征に同行を志願した。少しでも母の助けになりたい、その一心だった。
だが、馬車の外から聞こえてくるのは、護衛の精鋭騎士や神官たちの心無い陰口ばかりだ。
「あれが聖女様の娘君か? ……とてもではないが、神聖なオーラなど欠片も感じられんな」
「あんな幼い子供を戦場に連れ出すなど、かえって足手まといになるだけだろうに。聖女様も甘やかしすぎだ」
「血は争えぬと言うが、どうやら奇跡の力は受け継がれなかったようだな。期待外れもいいところだ」
馬車の薄い壁越しにひそひそと交わされる嘲笑。シルヴィは小さな両手で耳を塞ぎ、強く唇を噛み締めて俯いた。
無理もない。母である現聖女自身がプロパガンダによって作られた『偽物』なのだから、その娘であるシルヴィに規格外の聖なる力が宿っているはずもないのだ。
しかし、そんな王国のドロドロとした大人の事情など知る由もないシルヴィは、「自分に才能がないからだ」「もっと頑張らなきゃ、お母様に迷惑がかかる」と、無垢な胸を痛めていた。
(私だって……お母様みたいに、癒やしの光でみんなを助けられる立派な聖女になりたいのに……!)
迫り来る激戦の予感と、周囲からの冷たい視線。幼いシルヴィを乗せた馬車は、ピリピリとした重苦しい空気を纏ったまま、決戦の地たる『精霊の聖域』へと車輪を進めていた。
***
一方その頃、深夜の自室にて
王国の軍勢が進軍していることなど露知らず、辺境の村に住むハイドは、深夜の自室で熱心に怪しげな作業に没頭していた。
卓上に並べられているのは、すり潰された薬草や、色とりどりの液体が入ったガラスのフラスコだ。彼が密かに独学で研究している【錬金術】を用いて精製した、特製の『回復薬』である。
「うん、今回のポーションは色合いが無駄に鮮やかなエメラルドグリーンで、いかにも『謎の組織が作った秘薬』って感じが出てるな。完璧だ」
陰の実力者たるもの、戦場で傷ついたモブキャラの前にふらりと現れ、「……これを飲め」と無言で謎の回復薬を投げ渡し、風のように去っていく……という様式美は絶対に欠かせない。そのための小道具作りである。
バンッ!!
その時、勢いよく部屋の扉が開け放たれた。
「ハイド! 大変よ、ハイド!!」
飛び込んできたのは、幼馴染の少女セリアだった。寝巻き姿のまま息を切らし、目を白黒させている。
「ちょっとセリア、ノックくらいしてよ。今、極秘の錬金術——じゃなくて、夏休みの自由研究の最中だったのに」
「そんなこと言ってる場合じゃないわよ! さっき、村に王都からの急使が来て、とんでもないニュースを持ってきたの!」
セリアは興奮冷めやらぬ様子で、身を乗り出してまくしたてた。
「あのね、この辺りの盗賊たちが全部集まって、何千人っていうすっごく大きな『連合』を作ったらしいの! しかも、あろうことか『精霊の聖域』に陣取っちゃって!」
「……ふーん?」
ハイドは生返事をしながら、心の中で(あ、それ僕のせいだわ。僕が集金で狩りすぎたから固まったんだわ)と冷静に分析していた。
「それだけじゃないの! なんと、それを討伐するために、王都から本物の『聖女様』が率いる数千の騎士団が出発したんだって!! 盗賊の大連合と、王国の大軍勢が、この近くでぶつかるのよ!!」
「…………えっ?」
ポロッ、と。
ハイドの手に握られていたフラスコが床に落ち、危うくエメラルドグリーンのポーションが零れそうになった(スライムのコートの裾が咄嗟に伸びてナイスキャッチした)。
(……え? なにそれ?)
ハイドの脳内で、セリアの言葉が反響する。
『盗賊の大連合』。
『聖女が率いる数千の王国軍』。
そして、両者が激突する『精霊の聖域』。
(…………キタキタキタキタァァァァッ!!!!!)
ハイドの内心のテンションメーターが、限界を突破して爆発した。
(なにその超激アツ展開!? 悪の大連合VS王国の正義の軍隊!? しかも『聖女』まで最前線に参戦!? 王道ファンタジーのクライマックスかよ!!)
特にハイドの心を震わせたのは『聖女』という存在だった。
(『聖女』……! 清楚で慈愛に満ちた、物語における至高のテンプレキャラクター! そんな彼女が戦場のど真ん中でピンチに陥り、絶望の淵に立たされたその瞬間……!)
『——泣くことはない。闇は、私が引き受けよう』
(とか言って!! 謎の襲撃者『絶影』である僕が、圧倒的な力で盗賊も騎士団もまとめてドン引きさせるような広域魔術をぶっ放して、聖女を助けて立ち去る!! ……うわあああああっ、カッコよすぎる!! 完璧な陰の実力者ムーブだ!!)
鼻血が出そうなほどの興奮を抑えきれず、ハイドは歓喜のあまりブルブルと震え出した。
「とにかく村の大人たちも警戒して見回りに出るから、絶対に森に入っちゃダメよ!」
忠告を残し、セリアはパタパタと部屋を出ていった。
一人残された部屋で、ハイドはバシィッ! と己の頬を両手で叩き、気合を入れた。
「さあ、忙しくなるぞ……! 盗賊連合の皆さん、そして王国の騎士団と聖女様!」
スライムのコートを翻し、錬金術で作った特製ポーションを大量に懐へ詰め込み、ハイドは窓から意気揚々と夜の森へと飛び出した。彼の頭の中は、これから繰り広げられるであろう『俺TUEEE&謎の強者乱入ショー』の妄想でパンパンに膨れ上がっている。
かくして、三者の思惑——
聖女の秘密を全力で隠蔽したい王国軍。
絶影を罠にハメて殺したい盗賊連合。
そして、ただ中二病の最高潮に達してウキウキで乱入してくる少年の狂気。
——それらが、聖杖の眠る遺跡で最悪の形で交差しようとしていた。




