第51話 敵は通り魔でもヤンデレでもなく、嫉妬に狂った陰の実力者のモブ友でした
(セリアのやつ……あんな顔をして逃げていってから、俺と顔を合わせようとしない。やっぱり、何かがおかしい。いくらヤキモチ焼きでも、あんな風に自分の意思がブレるなんて……)
心配だ。非常に心配である。ただのヤンデレ化なら「うぜぇ!」とツッコんで逃げれば済むが、あのアウトオブコントロールな怯え方は、何かの厄介なフラグの匂いがプンプンする。幼馴染としては、放ってはおけない。
だが、ハイドには今、彼女のケアに100%の思考を割いている余裕すら与えられていなかった。
なぜなら、魔術学院は現在、一年で最も血の気の多い時期――『学園選抜』のエントリー受付の真っ只中だからだ。
窓の外、グラウンドに特設された受付テントには、長蛇の列ができている。
「オラァッ! 今年の代表枠はこの俺がもらうぜェ!」
「ふん、脳筋ダルマが。僕の華麗な魔術で丸焼きにしてやりますよ」
「待ちなさい! 次期聖女の座に繋がるこの大会、アタクシのものですわーっ!」
連日連夜、己の魔力とプライドを持て余した血の気の多い魔術師たちが、次々とエントリー用紙を叩きつけている。有望な実力者たちが顔を合わせるたびにバチバチと火花が散り、あちこちで小規模な爆発が起きているという世紀末状態だ。
(怖い怖い怖い。あんな修羅の国に、俺みたいな一般通過モブが近寄ったら、余波だけで消し飛んでしまう。シルヴィとセリアの勝負をぶち壊す方法はなんとか考えないといけないが、とりあえず俺自身は絶対にあそこに近寄らないようにしないと……)
ハイドがそう固く心に誓い、足早に廊下を立ち去ろうとした、その時だった。
「――おーい、ハイドォ!」
「探しましたよ、親友!」
パタパタと足音を立てて駆け寄ってきたのは、いつも一緒にランチを食べているモブ友の二人、ジミーとヘイボンだった。
二人はなぜか、ハイドの顔を見るなり、キラキラと輝くような(しかしどこか淀んだ)満面の笑みを浮かべていた。
「ん? どうしたの?そんなに嬉しそうな顔をして」
ハイドが首を傾げると、ジミーはバシッと効果音が鳴るほどの勢いでハイドの肩を組み、親指をグッと立てた。
「へへっ、感謝しろよハイド! お前のために、俺たち一肌脱いできたんだからよ!」
「え? 一肌? 何のこと?」
「いやあ、実は君の『学園選抜』のエントリー手続き、僕たちが代わりに済ませておいてやったんですよ!」
ヘイボンが、とびきりのドヤ顔で言い放った。
「…………は?」
ハイドの思考が、一瞬にして宇宙の彼方へと飛んでいった。
学園選抜のエントリー。済ませた。俺の。
「……えっ、ごめん、今なんて?」
「だから! お前の名前で、大会の受付にエントリー用紙をバッチリ提出してきたって言ってんだよ! これでお前も、晴れて明日からのデスマッチ……じゃなくて、名誉ある選抜大会の出場選手だぜ!」
「ふっざけんなァァァァァッ!!?」
ハイドの絶叫が、夕暮れの廊下に木霊した。
モブの聖域が! 俺の絶対安全圏が! なんでよりによって、一番巻き込まれたくない大会の中心に、自分の名前が強制ログインされているのだ!?
「な、な、なんでそんなことしたんだよ!? 俺はモブだぞ!? あんなバケモノ揃いの大会に出たら、開始三秒で消し炭にされるに決まってるだろ!! 勝手に他人の名前書くとか犯罪だぞお前ら!!」
ハイドが二人の胸ぐらを掴んでガクガクと前後に揺さぶると、彼らはふっと遠い目をし……ポロリ、と一筋の血の涙を流した。
「……なんでって? そりゃあお前……」
ギリィッ……! と。
ジミーとヘイボンから、突如として怨念めいたどす黒いオーラが噴き出した。
「純度100パーセントの嫉妬に決まっるでしょうがァァァァッ!!」
「このリア充爆発しろォォォォッ!!」
二人のモブ友は、突如として般若のような顔になり、ハイドに向かって血の涙を飛ばしながら糾弾を始めた。
「いいかハイド! 俺たちは見てたんだぞ! 幼馴染の特権でイチャイチャしやがって! !」
「だからぼくたちは決めたんです。……この恵まれすぎた憎き親友を、血湧き肉躍るバトルロイヤルの生贄に捧げることをッ!」
「お前ら、ただの逆恨みじゃねえかァァァッ!!」
ハイドは盛大にツッコミを入れたが、二人の目には完全に『リア充を爆発させるための狂気』が宿っていた。通り魔の狂気よりよっぽどタチが悪い。
「へへへ……せいぜい大会で、筋肉モリモリの上級生にボコボコにされてくるんだな!」
「美少女たちにいいところを見せようとして、無様に散る姿を特等席で応援してますよ、親友!」
「「アハハハハハ!」」
完全に悪役の笑い声を上げながら、ジミーとヘイボンは廊下を猛ダッシュで走り去っていった。
「あ、おい待て! 逃げるな! 今すぐ受付に戻ってエントリーの取り消しを手伝えェェェッ!!」
ハイドの悲痛な叫びも虚しく、二人の姿はあっという間に見えなくなってしまった。




