第50話 陰の実力者の幼馴染はかまってほしくて
翌日の魔術学院。
ハイドは自分の机に突っ伏しながら、重いため息を吐き、頭を抱えていた。
脳内を占めているのは、昨夜の路地裏での出来事だ。突如遭遇した無言の連続通り魔と、それを退けたミステリアスな赤髪の転校生、神代・ルシエ・ノノ。
(なんで俺の周りには、ヤバい奴しか集まらないんだ……)
だが、それ以上に頭が痛いのが、迫り来る魔導祭の『学園選抜』である。
シルヴィとセリアによる、ハイドの所有権を懸けた地獄のデスマッチ。どうにかして二人の勝負をぶち壊し、両者敗北のノーゲームに持ち込まなければ、俺の平穏なモブ生活は完全に終わる。
「くそっ、全然いい案が浮かばない……。考えることが多すぎる……」
名案を捻り出そうと脳内会議を繰り広げていた、まさにその時だった。
「――ごきげんよう、ハイド。今日も素晴らしい朝ですわね」
パァァァッ……と幻覚の百合の花を咲かせながら、完璧な令嬢スマイルのセリアが現れた。
「少し、魔法の予習でお聞きしたいことがありますの。よろしければ、隣の【空き教室】まで来ていただけますか?」
周囲の目には『熱心な幼馴染』だが、ハイドは気付いていた。セリアの足元から逃走を一切許さない極小の『超重力フィールド』が展開されていることに。
逆らえばペシャンコにされるため、ハイドは大人しく連行された。
ガチャン、と空き教室の扉が閉まった、次の瞬間。
「ハイドォ……っ!」
「うおっ!?」
完璧令嬢のオーラはどこへやら。セリアは甘ったるい声を出してへにゃりと崩れ落ち、ハイドの右腕にギューッと抱きついてきた。
「ちょっとセリア!? 痛い痛い、腕の骨がミシミシ言ってる!」
「昨日からずっとハイドと二人きりになれなくて寂しかった! どうせあなた、あの氷女のことばかり考えていたのでしょう!? 」
ぐりぐりと頬を擦り付けながらジトォッと睨みつけてくるセリア。昨日の修羅場以降、彼女の『かまってちゃん』ゲージは完全に振り切れていた。
ハイドは「き、急に職員室に呼ばれてるのを思い出した!」と決死の嘘をつき、なんとかその場を逃げ出した。
(くそっ! どこか静かに考えられる場所は……!)
ハイドは休み時間を利用し、モブの絶対的聖域である【図書室】の奥深く、歴史書のコーナーに身を潜めた。ここなら静かにシミュレーションできる。
「よし、まずはトーナメントの仕組みを……」
「……奇遇ね、ハイド」
「ブフッ!?」
隣の席が『未知の重力』でギシィッと軋んだ。顔の半分ほどもある巨大な魔導書で顔を隠したセリアが、いつの間にかちょこんと座っていた。
声のトーンはお嬢様モードだが、机の下では、逃げられないように局所的な重力魔法でハイドの太ももをガッチリとロックしてきている。
足の骨がメキメキと軋む音を聞きながら、ハイドは「ちょっと具合が悪いから休んでくる!」と叫び、図書室からの撤退を余儀なくされた。
(なんなんだアイツ! 神出鬼没のストーカーか!?)
昼休み。
図書室から命からがら逃げ出したハイドは、ついに学園のオアシス【保健室】へと辿り着いた。
幸い保健医は不在。ハイドはいちばん奥のベッドに潜り込み、カーテンを完全に閉め切った。
(はぁ……。完璧な要塞だ。病人しかいない保健室なら、流石に踏み込んでこれまい……)
ホッと息を吐き、目を閉じた、まさにその瞬間だった。
ズンッ……!!
唐突に、ハイドの上に掛かっていた白い布団が、鉛のように重くなった。
息が詰まるほどの圧力。ベッドがミシミシと悲鳴を上げる。
「な、なんだ!? 金縛りか!?」
「――ハイド。具合が悪いと聞いて、看病に来ましたわ」
目を開けると、掛け布団の上(ハイドの腹の上)に、正座をしたセリアがちょこんと鎮座しているではないか。
「ぎゃああああっ!? セリア!? なんで俺の布団の上に!? というか重い!」
「ふふっ。愛しの幼馴染のために、来ちゃった」
(……いや、ちょっと待てよ?)
パニックになりかけたハイドだったが、ふと冷静になり、至近距離でセリアの顔を見つめた。
いくらシルヴィにヤキモチを焼いているとはいえ、今日の彼女の「かまって感」は異常だ。普段なら人目は気にするし、保健室のベッドにまで押しかけてくるような非常識な真似は絶対にしない。
「なぁ、セリア。お前、なんか……今日様子がおかしくないか?」
「え……?」
ハイドの真剣な声に、セリアの動きがピタリと止まった。
「シルヴィと張り合って焦ってるのは分かるけど……お前、なんか無理してないか? いつものお前らしくないっていうか、顔色も悪いし……」
その言葉を聞いた瞬間、ハイドの腹の上にかかっていた超重力が、フッと嘘のように霧散した。
「わ、私は……っ。ちがっ、私、は……」
いつも完璧な令嬢を演じている彼女の顔に、困惑と怯えが入り混じったような、酷く狼狽した表情が浮かぶ。
「ただ、ハイドが離れていくのが、怖く、て……あれ? 私、どうしてこんなに焦って……頭が、モヤモヤして……」
彼女は空いた手で自分のこめかみを強く押さえた。まるで、自分の意思と行動がチグハグになっていることに、今この瞬間に気づいたかのように。
シルヴィへの強烈な嫉妬心――そして、その心の隙間に侵食し始めている『正体不明のノイズ』に、彼女自身も混乱しているようだった。
「セリア……?」
「ご、ごめんなさい……! 私、少し疲れているのかも……っ!」
バサッ! とカーテンを乱暴に開け、セリアは土鍋を抱えたまま、逃げるように保健室から飛び出していった。
「…………」
嵐が去った保健室のベッドの上。ハイドはぽつんと取り残された。
ただのヤキモチ? いや、それにしては最後の彼女の怯えたような顔が引っかかる。
(大会のことだけでもキャパオーバーなのに、あいつにまで変なフラグが立ってないだろうな……?)




