第49話 敵キャラたちは相談したくて
王都の地下水路。
悪臭と湿気がねっとりと立ち込める暗がりの中を、一つの影が音もなく滑るように移動していた。
連続通り魔として街を恐怖に陥れているその人物は、衛兵の巡回が及ばない安全な区画まで到達すると、コンクリートの苔生した壁に背を預けて小さく息を吐いた。
フードの奥で鋭い双眸が暗闇を見透かす。手には、これまで数々の猛者を葬ってきた凶悪な刃が握られている。刃先にこびりついた血糊を布で拭い去りながら、通り魔は自身の確かな『腕』に絶対の自信を抱いていた。
(……順調だ。私の腕は、この王都の魔術師どもにも十二分に通用する)
「……どういうつもりですか?」
突如。
地下水路の奥深く、水滴の落ちる音しかしないはずの空間に、鈴を転がすような冷ややかな声が響いた。
通り魔は一切の動揺を見せず、流れるような動作で声のした方角へ刃を構え、鋭い視線を向けた。気配など全くなかった。だが、その声の主が誰であるか、通り魔はよく知っている。
月明かりに照らされたのは、魔術学院の制服に身を包んだ、小柄で可憐な赤髪の少女。
神代・ルシエ・ノノ。
「……ノノか。なぜここに?」
通り魔は、一切の感情を交えない低く落ち着いた声で問うた。
性別すら悟らせない、マントとフードに包まれた通り魔の姿。組織内で圧倒的な実力を持つとされるノノを相手に、あえて呼び捨てにするその態度には、二人の間にある奇妙な力関係と、通り魔が内に秘めた『どす黒い感情』が滲み出ていた。
「先ほどの路地裏での一件。釈明を聞かせてもらいましょうか」
一切の抑揚がない、冷酷なノノの声。
「釈明?」
ノノは、ピチャリ……と足元の水溜りを踏み越え、ゆっくりと距離を詰める。
「ええ。今回の任務において、私の補佐があなたの仕事です。が……」
「補佐? ……調子に乗るなよ」
その言葉を聞いた瞬間、通り魔の心の中に、どろりとしたひどく醜い嫉妬の炎が燃え上がった。
(ぽっと出の小娘が……! 私がどれほどの血を流し、どれほどの死線を潜り抜けてこの地位まで這い上がってきたと思っている。実戦経験も、純粋な『武』の技量も、圧倒的に私の方が勝っているというのに!)
通り魔はフードの下でギリッと歯を噛み締め、冷笑を浮かべて吐き捨てた。
「武では私に劣るやつが……偉そうに指図をするな。お前が組織内で重宝され、私よりも上の席次に座っているのは、ひとえにその生まれながらの『神代』の血統ゆえだ。それ以上でも以下でもない」
血統。才能。自分がどれだけ努力しても手に入らないものを、生まれながらに持っているだけの小娘。それが通り魔から見たノノの評価であり、拭い去れない劣等感の裏返しであった。
しかし、ノノの瞳の奥で、底知れぬドス黒い炎が揺らめく。
通り魔の嫉妬など、彼女にとっては道端の石ころほどの価値もない。
「あなたが、どう思おうと、組織内での席次は私の方が上です。それより……『ターゲットリスト』に入っていない人物を殺そうとしましたね。一体、どういうつもりですか?」
その問いに対し、通り魔は微かに眉をひそめた。
「ついでだ。リスト外の学生を一人消したくらいで、お前が目くじらを立てる理由があるのか、ノノ?」
通り魔は淡々と事実を述べた。暗殺稼業において、目撃者の排除は基本中の基本だ。
「ついで……?」
ピキッ、と。ノノの周囲の空気が極限まで凍てついた。
「我々が課せられた至上命題は、聖女の暗殺です。普段は教会の奥底から決して出てこない聖女が、今回の学院選抜を観に来る。これは組織にとって絶対の、そして二度とない絶好の好機です」
「もちろんだ。そのために、この私が王都を騒がせ、魔術学院から目を逸らすという汚れ仕事(通り魔)をさせられているんだからな」
通り魔の言葉を遮るように、ノノは淡々と、しかし凄みのある声で続ける。
「なら、わかるはずです。あの路地裏にいた少年は、聖女の娘と関わりのある人物。あんな所で無意味に彼を殺せば、聖女の娘の精神に何かしらの影響が出ます。下手をすれば彼女が大会への出場を辞退する可能性も出てくる。そうなれば、娘の晴れ姿を見るために動くはずだった『聖女が学院選抜を観に来なくなる』という最悪の事態になり得るんですよ」
(……チッ。たかが学生一人に、随分と飛躍した理屈をこねる)
通り魔は内心で舌打ちをしたが、論理としては筋が通っているため反論は避けた。
「人のことよりも、どうやってあの聖女を殺すんだ。教会の外とはいえ、当日の警備は厳重を極めるぞ」
「すでに手は打ってあります。ご心配なく」
ノノはそれ以上語る気はないとばかりに、冷たい背中を向け、闇の中へ立ち去ろうとした。
その背中へ向けて、通り魔は自らの優位性を誇示するように、ねっとりとした声を投げかける。
「あぁ。そうそう。この一件が上手くいけば、私は正式に『七極』の幹部へ迎え入れられることになっている。そうなれば、席次がどうのなどと、私に向かってそんな偉そうな口の利き方もできなくなるな」
ノノは足を止めることなく、一切の返答もせず、ただ静かに地下水路の影へと溶けていった。
一人残された通り魔は、彼女が消えた暗闇に向かって、忌々しげに鼻を鳴らす。
「ふん。今のうちに己の立場を改めておくことだ、血統だけの小娘が」




