第47話 モブか? 陰の実力者か? それが問題だ!
『魔導祭』――それは、国で一番の魔術師を決める誉れ高き武闘大会である。
国外からも多数の実力者が集うこの大会は、単なる強さの証明に留まらない。歴代の優勝者や上位入賞者の多くが、後に国の中枢を担う存在となっており、特に女子生徒にとっては『次期聖女に選ばれるための強力なジンクス(登竜門)』として広く知られていた。
そして現在、魔術学院内では、その魔導祭本戦への数少ない『シード枠』を懸けた『学園選抜』が開始されようとしていたのである。
「――というわけですの。シルヴィ様」
放課後の廊下。
掲示板に張り出された学園選抜のトーナメント表の前で、完璧な令嬢の微笑みを浮かべたセリアが、氷の令嬢シルヴィへと優雅に言い放った。
「この学園選抜で、優勝した方が、彼の隣に立つ相手として相応しい。……この勝負、受けていただけますわね?」
背後に底知れぬドス黒いオーラを背負ったセリアからの、事実上の決闘の申し込みである。
対するシルヴィは、持ち前の氷の無表情を崩さなかった。
「……ええ。いいわ。受けて立つわ」
(ひぃぃぃぃッ!? 怖い怖い怖い! なんで急にそんな話になるの!? でもここで逃げたらハイドを取られて、私またボッチの実験生活に逆戻りになっちゃう! なめられちゃダメよシルヴィ!)
シルヴィは内心で半泣きになりながらも、コミュ障特有の防衛本能(=威嚇)をフル稼働させ、冷酷な声色でセリアを睨み返した。
そして、当のハイドは中心で静かに絶望していた。
(俺の平穏なモブ生活を、勝手に優勝賞品にするなァァァッ!!)
どちらが勝っても地獄である。
セリアが勝てば「約束通りハイドは私が頂きますわ(※物理的な監禁の可能性大)」となるし、シルヴィが勝っても「私が勝ったのだから、これからも恋人(※人体実験のモルモット)として付き従いなさい」となる。
何より、『学園の二大ヒロインが俺を巡って争い、その勝者と結ばれる』などという展開は、ラブコメ主人公の王道ルートそのものではないか!
(ダメだ、そんな目立つ真似は絶対に許されない! こうなったら、両者敗北のノーゲームに持ち込むしかない!)
* * *
ハイドは『どうすれば平和裏にあの化け物二人のトーナメントをぶち壊せるか』という極めて物騒かつ切実な悩みを抱えながら、すっかり日の落ちた王都の暗い夜道を一人で下校していた。
連続通り魔事件の影響で、現在の王都は夜間外出自粛ムードが高まっている。だが、あの息苦しいヒロインたちから逃れるため、ハイドはあえて人通りのない裏路地を選んで歩いていた。
「いっそ、俺が大会に出てめちゃくちゃに……いや、あくまで俺は、あくまでモブ。目立つわけには……」
ブツブツと独り言を呟きながら暗がりを歩いていた、その時だった。
――ヒュッ。
背筋を凍らせるような冷たい風と共に、路地裏の奥から『濃密な血の匂い』が漂ってきた。
ハイドの足がピタリと止まる。
街灯の届かない深い影の中から、ヌチャリ……ヌチャリ……と、不気味な足音を立てて『何か』が這い出てきた。
それは、一切の言葉を発しなかった。
ただ、月明かりに照らされた狂気に歪んだ瞳と、獲物を見定めて三日月のように吊り上がった口元だけが、圧倒的な殺意を物語っている。その手には、まだ生温かい返り血で濡れた凶悪な刃が握られていた。
連日王都を騒がせている、『連続通り魔』である。
(どうする!? ここで俺が瞬殺したら、明日から『通り魔をワンパンした謎の凄腕学生』として全校の注目を集めてしまう! )
陰の実力者としてクールに処すか。それとも、モブに徹するか。
(よし!ここは 、『ひぃぃぃ! 助けてくれぇぇ!』と情けなく叫んで逃げるモブムーブで乗り切るしかない!)
ハイドが己のプライドを全て投げ捨て完璧なタイミングで「ひ、ひぃぃ!」と情けなく腰を抜かす演技に入ろうとした、まさにその瞬間だった。
ズギュォォォォォンッ!!!
突如、ハイドの背後から放たれた極太の『漆黒の魔力線』が、彼の頬の横をギリギリで掠め、通り魔の足元の石畳を綺麗にクレーター状に消し飛ばした。
通り魔は音もなく、身を翻し、路地裏の闇へと無言で逃げ去っていった。
「……え? あ、あれ?」
腰を半端に落とした変なポーズのまま、ハイドはぽかんと瞬きをした。
助かったのか?と
ハイドが恐る恐る背後を振り返ると――。
そこには、夜風にスカートを揺らす一人の少女が立っていた。
魔術学院の制服に身を包んだ、小柄で可憐な容姿。しかし、その指先にはまだチリチリと黒い魔力の残滓が燻っている。
ハイドが警戒しつつも、モブらしく「あ、あの……助けてくれてありがとうございます……!」と頭を下げた。
対する少女は、腰を抜かしかけた情けないポーズのハイドをジッと見下ろすと、ふぅ、と呆れたように小さくため息をついた。
「……無事で何よりです。最近は物騒ですから、夜の一人歩きなどしない方が身のためですよ」
鈴を転がすような、しかしどこか感情の起伏が薄い、ミステリアスな声だった。
内心で安堵しつつ、ハイドは愛想笑いを浮かべる。
「え、えっと……忠告ありがとう。俺はハイド。君は……?」
ハイドの問いかけに対し、少女は夜の闇に溶けるような、静かな笑みを浮かべた。
「私は、ノノ。神代・ルシエ・ノノ。……あなたと同じ、学院の生徒よ」




