第44話 陰の実力者の元仲間たちは再び暗躍する
冷たい石造りのアジト。復讐に震える幹部たちを背に、ノノが己の狂気的な野望を胸に抱きながら窓の外を見つめていた、まさにその時である。
空間そのものが、ひゅっと息を呑んだような錯覚に陥った。
(なんだ、この……圧倒的な重圧は……!?)
揺らめいていた蝋燭の炎が一瞬にして凍りつき、パチンと弾けて消える。完全な暗闇。しかし、ただの闇ではない。闇よりもさらに深く、そして果てしなく濃密な『何か』が、ノノのすぐ背後に顕現していた。
「――あら。随分と楽しそうにお喋りしているじゃない、あなたたち」
声だけだった。
姿はない。しかし、鼓膜を直接撫でるような甘く、そして致死量の毒を孕んだその声が響いた瞬間、部屋の空気がノノたちの両肩にのしかかった。
「ひっ……!」
「あ、あああ……!」
先ほどまで震えながらも立ち話をしていた『七極』の幹部たち――セクスとクインが、まるで目に見えない巨人に頭を鷲掴みにされたように、石の床へと無様に両膝をついた。あくびを噛み殺していたセプタに至っては、一瞬で白目を剥き、完全に意識を飛ばして床に突っ伏している。
七極の中でも下位に位置する彼女たちとは、文字通り次元が違う。
組織の頂点に君臨する絶対的支配者。『七極』第一席――天極のユニ。
本体がここにいるわけではない。これは極度の圧縮魔力による『思念伝達』に過ぎない。ただ遠隔から声を届けるだけの魔法で、これほどのプレッシャーを放ち、実力者である幹部たちを地に這いつくばらせているのだ。
(これが、第一席……!)
ノノは奥歯を強く噛み締め、必死に足の震えを抑え込んだ。もしここで少しでも気を抜けば、精神を完全に押し潰されて廃人にされてしまう。
「ユニ、様……」
ノノが血を吐くような思いで声を絞り出すと、虚空からクスクスと、鼓膜を劈くような笑い声が返ってきた。
「ごきげんよう、可愛い小鳥ちゃん。……セプタたちから、とても興味深い報告を聞いたわ。なんでも、かつて私たちが屠ったはずの『元・主』……アテルが、この時代に転生して復活を果たしたそうね?」
ユニの言葉には、かつての主に対する敬意など微塵も含まれていない。あるのは、底知れぬ悪意だけだった。
「ふふっ、傑作だわ。亡霊が、また私たちの前にしゃしゃり出てくるなんてね。……それで? 優秀な『目』であるあなたに聞くわ、ノノ。これからどう動くつもり?」
暗闇の中で、ユニの不可視の視線がノノを射抜く。
少しでも嘘をつけば、即座に脳髄を焼き切られるだろう。しかし、ノノの腹の底には、この絶対的な第一席すらも出し抜こうとする、狂気に満ちた野望が渦巻いていた。
ノノは呼吸を整え、極めて事務的な、感情を一切排した暗殺者の声を作り上げた。
「……ご報告いたします。当初、我々が『アテルの転生体』として最も有力視していた次期聖女候補、シルヴィ・フロストについてですが」
「ええ」
「彼女は、違いました。片鱗は一切確認できておりません」
「あら、そう。氷の令嬢はハズレだったのね」
「はい。ですので……私はこれから、もう一人の『候補者』を探るつもりです」
ノノは平然と嘘をついた。すでに確信を得ているにもかかわらず、あえて「まだ探り段階である」と第一席を欺いたのだ。
数秒の、永遠にも似た沈黙が部屋を支配した。
ユニの放つ致死量のプレッシャーが、ノノの全身を値踏みするように撫で回す。ノノの背中を、冷たい汗が幾筋も流れ落ちていく。
「……ふふっ」
やがて、虚空から再び甘い笑い声が響いた。
「いいわ。あなたのその優秀な目に任せる。せいぜい、私たちの玉座を脅かす亡霊の尻尾を、早く掴んでちょうだいな。もし見つけたら……今度こそ、魂ごとすり潰してあげるから」
その残酷な宣告を最後に、部屋を支配していた圧倒的な重圧が、嘘のようにフッと消え去った。
凍りついていた蝋燭の炎が、何事もなかったかのように再び灯る。
「はぁっ、はぁっ……!」
プレッシャーから解放されたセクスとクインが、床に這いつくばったまま激しくむせ返り、気絶したセプタの横でガタガタと震えていた。
ノノは誰にも見えないように、一つだけ深く息を吐き出す。
(……誤魔化せた)
ノノは夜空の彼方、禍々しい霧に包まれた魔術学院をジッと見据え、その瞳に狂信的な光を燃え上がらせた。




