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第42話 モブがアドバイスしたらヒロインが狂戦士になってしまったケン

冷たい石の壁に、魔法を封じる呪符が巻かれた鎖で繋がれている銀髪の少女。学園のアイドルであり、ハイドの平穏なモブ生活を脅かす元凶(ヒロイン)、シルヴィである。


彼女は絶望と疲労で顔を伏せていたが、近づく足音にビクッと肩を震わせた。


「……誰?」


怯えるような声に対し、ハイドは無言で指を鳴らす。

パチンッ、という軽快な音と共に、シルヴィの四肢を縛っていた強固な封魔の鎖が、まるで飴細工のように粉々に砕け散った。


「えっ……?」


「――立て。宴は終わった」


月明かりすら届かない地下室で、漆黒のローブを纏う男『絶影』が低く凄みのある声で告げる。


その圧倒的な存在感と、底知れぬ魔力の残滓に、シルヴィは息を呑んだ。自分を攫った凶悪な魔術師たちを、この得体の知れない男が全滅させたのだと本能で理解したからだ。


「あ、あなたは……一体……」


「我は影。深淵より這い出でて、ただ闇を狩る者」


(よし、完璧な自己紹介だ! やっぱりこういう『得体の知れない超越者』ムーブはテンション上がるな!)


仮面の下でノリノリになりながら、ハイドは今後のモブ生活をより強固なものにするための『布石』を打つことにした。シルヴィが再びこんな三流の悪党に攫われるようでは、また自分が面倒事に巻き込まれてしまう。彼女自身にもっと強くなってもらい、自衛してもらわなければ困るのだ。


ハイドはわざとらしく背を向け、マントをバサァッと翻した。


「小娘。己の無力を嘆く暇があるなら、力を渇望しろ。奪われるのが恐ろしいのであれば、全てをねじ伏せる『理不尽たる嵐』となれ。……お前が本当に守りたい『日常』があるのならな」


(よし! 『自分の身は自分で守れよ』っていう当たり前のアドバイスを、限界まで中二病っぽく翻訳してやったぞ! これで彼女も心を入れ替えて鍛錬に励むはずだ。俺の平和なモブ生活のために頑張れよ、ヒロイン!)


「全てをねじ伏せる、嵐……守りたい、日常……」


ハイドの身勝手極まりない意図など知る由もなく。

シルヴィの瞳に、ひとすじの強烈な『光』が宿ったことなど、背を向けて自己陶酔しているハイドは気づくはずもなかった。


***


そして、数時間後。

ハイドが展開していた超広域空間隔離魔術が解除され、亜空間へと放り込まれていた全校生徒と教職員が、校舎のグラウンドにまとめて吐き出された。


「……え? なんだ!? ここは……」


「私、さっきまで食堂でスープを飲んでたはずじゃ……いや、そもそも今日って何曜日だっけ!?」


数百人の魔術師たちが、状況を理解できずにパニックに陥る。

そんな阿鼻叫喚の群衆のど真ん中で、ハイドは「完璧なモブ」としてのアドリブ演技をいかんなく発揮していた。


「い、痛たた……頭が割れそうに痛い。僕たち、一体どうなっちゃったんだ……?」


わざとらしく頭を押さえ、周囲の混乱に溶け込むように震えるハイド。


(くくっ、大成功だ! これで俺も『よくわからない超常現象に巻き込まれた哀れな一般生徒A』に完全同化できた。誰も俺をシルヴィ失踪の件で問い詰めたりしない。完全犯罪、いや、完全モブ化の達成だ!)


己の天才的な(そして多大な迷惑をかけた)隠滅工作に心の中で拍手喝采を送っていた、まさにその時である。


「――ハイドッ!!」


群衆を掻き分けて、銀髪を揺らしながら一直線に駆け寄ってくる少女がいた。シルヴィだ。


「お、おお、シルヴィ! 無事だったんだね! 突然皆いなくなって、本当に怖かったよ……僕たち一般生徒には、何が起きてるのかさっぱり……」


完璧な「気弱なモブ」の笑みを浮かべて迎えるハイド。

しかし、彼の目の前に立ち止まったシルヴィの様子が、どうもおかしい。誘拐のトラウマで泣きつくわけでも、安堵にへたり込むわけでもない。

その瞳は、かつてないほど爛々と、何かに憑かれたようにギラギラと輝いていたのである。


「ハイド。私、もう迷わないわ」


「……え?」


「私、気付かされたの。自分の無力を嘆いているだけじゃダメなんだって。私に守りたい『日常(ハイド)』があるのなら……私が、全てをねじ伏せる『理不尽たる嵐』にならなきゃいけないんだって!」


「…………はい?」


嫌な予感が、ハイドの背筋を駆け上がった。

シルヴィはハイドの両手をガシッと力強く握りしめ、かつてないほど清々しい、そして完全に方向性を間違えた決意の笑顔を向けた。


「私、決めたの! 学園の授業なんて生ぬるいことは言ってられない。今日から禁忌魔法も闇魔術も全部習得して、あなたに近づく有象無象の敵を、私が片っ端から消し炭にするわ! 大丈夫、あなたの平和は、私が絶対に守ってみせるから!!」


「いや、ちょ、待っ……」


「まずは手始めに、私を攫った組織の残党狩りから始めるわね! 行くわよハイド、私の特訓に付き合って!!」


そのまま、常人離れした馬鹿力(無意識の身体強化魔法)でハイドの腕を引き、グイグイと歩き出すシルヴィ。周囲の生徒たちが「おお……なんだかシルヴィ様、一皮むけて凄みが増したな」「あれが愛の力か……」と、畏敬の念と好奇の視線を一斉に二人に注いでいた。


(違う! 違う違う違う!! 俺が言いたかったのはそういうことじゃない!! なんでヒロインが『狂戦士(バーサーカー)』にクラスチェンジして、しかも俺の専属ボディーガードみたいになってるんだよ!? これじゃ俺、学園で一番目立つ存在(ターゲット)じゃないか!!)


全校生徒を神隠しにしてまで守り抜きたかった、愛しのモブ生活。

それは皮肉にも、己が気持ちよく放った『陰の実力者アドバイス』によって、木端微塵に粉砕されてしまったのである。


「うわああああっ! 離して! 僕の平穏な日常を返してええぇぇぇっ!!」


学園の空に響き渡るハイドの悲痛な叫びは、完全復活を遂げたヒロインの明るい笑い声にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。

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