第41話 『これで明日からも平和なモブ生活が送れるぞ!(※送れません)』
狼狽する暗殺者たちを前に、ハイドは仮面の下で呆れ返っていた。
(どんな魔法って……ただの『魔力による物理的な防御』だけど。お前らの攻撃。全然密度が足りないんだよな。もっと魔力を圧縮しないと、俺の皮膚の表面すら焦がせないぞ?)
しかし、そんなモブらしい感想を口にするわけにはいかない。
ハイドはゆっくりと右手を掲げ、パチン、と指を鳴らした。
その瞬間。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!
「「「が、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
周囲で燃え盛っていた『煉獄の黒炎』が、ハイドの指先から放たれた目に見えない「魔力の圧力」だけで、文字通り四散し、完全に鎮火した。
それだけではない。ハイドから溢れ出した漆黒の魔力が、目に見えるほどの濃密な『重圧』となってあたり一面に圧しかかったのだ。
「ぐ、ふっ……!?」
「あ、足が……! 潰れ、る……!!」
暗殺者たちは、見えざる巨大な掌で地面に叩きつけられたかのように、次々と石畳に這いつくばった。膝の骨が砕け、口からおびただしい鮮血を吐き出す。
彼らが放った渾身の一撃が、ハイドの「ただ指を鳴らしただけの余波」で完全に相殺されたどころか、周囲の空間ごと制圧されてしまったのだ。
「ヒッ……! 悪魔、悪魔だ……!!」
「逃げろ! こいつは人間じゃない、理を外れた化け物だ!!」
完全に心が折れた暗殺者たちは、仲間を見捨てて蜘蛛の子を散らすように逃げ出そうとした。這いずりながら、あるいは折れた足を引きずりながら、ただひたすらに生を渇望して暗闇へと手を伸ばす。
それを見下ろし、ハイドの思考が冷たく回転した。
(待てよ。こいつらを逃がして組織に『ヤバい化け物がいた』と報告させれば、今度はもっと大人数の、さらに面倒な連中が押し寄せてくるんじゃないか? それは極めて不本意だ。目立ちたくない俺のモブ生活が、ますます遠ざかってしまう!)
そうだ。生かして帰す理由など微塵もなかった。
モブたるもの、後腐れなく全ての証拠を隠滅し、完全なる『未解決事件』に仕立て上げてこそ平穏を得られるのだ。
「――誰が、立ち去って良いと言った?」
底冷えする絶対者の声が響いた瞬間。
逃げかけていた暗殺者たちの足元で、彼ら自身の『影』が意志を持ったように蠢き、突如として鋭利な漆黒の刃となって跳ね上がった。
「「「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
影の刃は容赦なく暗殺者たちの四肢を貫き、彼らを空中に縫い留めた。
血の雨が降り注ぎ、絶望の悲鳴が夜の学園に響き渡る。だが、その悲鳴すらも結界に阻まれ、外部に漏れることはない。
「ま、待ってくれ! 命だけは……っ! 」
「闇に生きる者ならば、真なる『深淵』に呑まれる覚悟くらいはしておくことだ」
命乞いをする隊長の言葉を冷酷に遮り、ハイドは虚空に向けてゆっくりと右手を握り込んだ。
音もなく。
光すらも吸い込む純度100%の漆黒の球体が、ハイドの掌から放たれ、中庭の中央で爆発的に膨張した。
「あ……」
悲鳴を上げる暇すら与えられなかった。
暗殺者たちの肉体、放たれていた魔力、身につけていた武装、そして彼らが抱いていた絶望の感情すらも。
全てが漆黒の球体に飲み込まれ、文字通り「この次元から消去」された。
数秒後、球体がスッと空間に溶けるように消え去ると、そこには血の一滴、肉片の一つすら残されていなかった。
凄惨な死の痕跡すら残さない、圧倒的で、あまりにも美しすぎるほどの絶対的な蹂躙劇。
「……ふぅ」
静寂を取り戻した中庭に降り立ち、ハイドは仮面の下で満足げに頷いた。
(完璧だ……! 一切の痕跡を残さず、証人も全員消し去った。これなら闇の組織の連中も『派遣した部隊が不可解な蒸発を遂げた』としか認識できない。学園の失踪事件に手を出せば自分たちも消されると学習して、もう二度と近づいてこないだろう!)
圧倒的な力で命を刈り奪った冷酷な暗殺者『絶影』の姿のまま。
ハイドは「これで明日からも平和なモブ生活が送れるぞ!」と、己の完璧すぎる隠滅工作の成功を確信し、一人清々しい笑みを浮かべるのであった。




