第38話 陰の実力者は逮捕される!
「おいハイド! お前、シルヴィ嬢の『恋人』なんだろ!? 昨日の放課後も一緒にいたはずだ! 何か聞いてないのか!」
「もしかして、お前が何か関係してるんじゃ……ッ! 平民の分際で、氷の令嬢に愛想を尽かされるような真似をしたんじゃないだろうな!」
朝のホームルーム。ヒロイン失踪という前代未聞の大事件を受け、教室中の疑惑と嫉妬の眼差しが、一斉に窓際の席に座るハイドへと突き刺さっていた。
(マズい!!これは……非常に、マズいッ!)
モブ男子にとって、全クラスメイトからのヘイト集中は社会的な『死』を意味する。
ここで下手に真実を口にしようものなら、男子生徒たちに物理的に八つ裂きにされるだろう。
まさに、ハイドがモブ人生最大のピンチに脂汗を流していた、その時である。
――ガシャン、ガシャン、ガシャン。
突如として、廊下から重々しい金属音が響き渡った。
ただの足音ではない。それは明確な『死と裁き』を連想させる、冷たく無機質な鋼の行軍。教室の空気が、シルヴィの放つ物理的な冷気とは全く異なる、狂信的で重圧な魔力によってドロドロに塗り潰されていく。
「な、なんだ……?」
「この魔力、ただ事じゃないぞ……」
クラスメイトたちがざわめき、窓際のハイドからも視線が外れた瞬間。
バンッ!! と、教室の扉が乱暴に蹴り開けられた。
そこに立っていたのは、純白の外套に十字の紋章を刻んだ重装甲の騎士たちだった。教会直属の異端審問部隊――泣く子も黙る『聖堂騎士団』である。
彼らは兜の奥から鋭い双眸を光らせ、禍々しいほどの神聖魔力を撒き散らしながら、一糸乱れぬ動きで教室内へなだれ込んできた。
まるで、ミステリー小説の終盤で、全ての謎と証拠を強引に蹂躙しにやってくる黒衣の集団のような、絶望的で神秘的なオーラである。一般生徒など路傍の石としか思っていないようなその絶対的な威圧感に、教室の温度が数度は下がったように感じられた。
「ひぃっ……聖堂騎士団!? なんで教会の人間が、こんな所に!」
「まさか、シルヴィ嬢の失踪と関係が……?」
悲鳴を上げて後ずさる生徒たちを冷瞥し、部隊の奥から一人の大柄な男が進み出た。顔の右半分に深い傷跡を刻んだ、歴戦の猛者と思しき騎士団長である。
彼は濃密な殺気を隠そうともせず教室をねめ回すと、地獄の底から響くような重低音の声で厳かに宣告した。
「ハイド・ノーマン。……シルヴィ・フロスト様の失踪について話を聞きたい。我々と同行してもらおう」
(うわぁ、ピンポイントで俺をご指名だよ。完全に『聖女の娘をたぶらかして駆け落ちさせた悪の元凶』としてロックオンされてるじゃないか!)
騎士団長が短く指を鳴らすと、屈強な騎士たちが瞬く間にハイドを取り囲み、彼の両腕に『対魔術師用の聖なる手錠』をガチャン! と冷酷に叩き込んだ。
「ひ、ヒィィィッ!? 待ってください! 俺は何も知りません! ほんの少し、彼女の相談に乗っただけで……!」
ハイドは反射的に、完璧なテンプレの命乞いを口にしていた。
「黙れ。異端の言葉に耳を貸す気はない。貴様の罪は、教会の誇る『異端審問室』にて、一滴残らず吐き出させてやる」
団長の言葉に、クラスメイトたちは恐怖で息を呑んだ。
教会の審問室といえば、一度入ったら二度とまともな姿では出てこられないと噂される、血塗られた拷問部屋だ。「精神を破壊する自白魔法」や「骨の髄まで痛みを刻む神聖魔具」のオンパレードだと、学園の怪談でも語り草になっている。
誰もが「ハイドは終わった」「流石に同情する」と絶望の目を向ける中――。
拘束されたハイド本人はといえば。
プロのモブ……もとい、重度の『隠れ中二病』として、この絶体絶命の状況を内心でめちゃくちゃに楽しんでいた。
手首に食い込む冷たい金属の感触を味わいながら、ハイドの脳内では全く別の興奮が暴走を始めていたのである。
(ちょっと待てよ? 教会の地下牢に連行されて、恐ろしい尋問官から厳しい拷問を受ける……? しかも俺は絶対的な力を持っているのに、あえて拘束されている……!
これって、モブというより『暗躍する影の黒幕』が、あえて敵の懐に潜入する激アツイベントじゃないか!?)
(くぅ〜ッ、たまらん! 最高にミステリアスでダークな展開になってきたぜ! )
ハイドは、今にもニチャァ……と歪みそうになる歓喜の笑みを必死に押し殺し、顔の筋肉を総動員して、完璧な『冤罪で連行される哀れな一般生徒』の悲壮な顔を作り上げた。
「ああっ! 誰か、誰か助けてくれぇっ! 俺は無実だァァァッ! 母親に、田舎の母親に手紙だけは書かせてくれぇぇッ!」
わざとらしく床に靴を引きずり、ジタバタと無様な抵抗を見せながら、騎士たちに両脇を抱えられて教室から引きずり出されていくハイド。
外見は悲惨極まりない生贄の子羊だが、その内面は「次はどんな尋問が来るかな!?」と遠足前夜の小学生のようにウキウキで満たされていた。




