第37話 メインヒロインは本当のことを言いたくて
薄暗い魔導ランプの光が揺れる中、氷の令嬢シルヴィ・フロストは、冷たい石の椅子に魔法の鎖で幾重にも縛り付けられていた。
彼女を囲むのは、黒装束に身を包んだ女たちと、赤髪の暗殺者の少女――ノノ。
彼女らは皆、獲物をいたぶるような残酷な笑みを浮かべ、椅子の上のシルヴィを見下ろしていた。
――だが。
絶体絶命のピンチに陥っているシルヴィの『内面(脳内)』を支配していたのは、死の恐怖などではなかった。
(ひぃぃぃぃぃぃっ!! なにここ!? 怖い! はじめましての人たちがいっぱいこっち見てるぅぅっ!!)
極度の対人恐怖症を患う彼女にとって、見知らぬ(しかも目つきの悪い)集団に囲まれ、一斉に注目を浴びるこの状況は、ある意味で拷問以上の地獄だった。
恐怖と極度の緊張で、喉がヒュッと鳴って完全に声が出ない。顔の筋肉はカチコチに固まり、結果として、今の彼女は『微動だにせず、絶対零度の瞳で暗殺者たちを睨みつける氷の令嬢』の姿を完璧に体現してしまっていた。
「……ふん。さすがは『聖杖』に選ばれし女。我々を前にしても顔色一つ変えないとはな」
部隊を率いるノノが、感心したように鼻を鳴らした。
彼女はシルヴィの顎に冷たいナイフの刃先を突きつけ、低い、ドスを効かせた声で囁く。
「単刀直入に聞くわ。……あなたは、『アテル』の転生体ね?」
(誰それ!?)
シルヴィは内心で盛大に突っ込んだ。
だが、緊張で声が出ないシルヴィは、ただ無言でノノを見つめ返すことしかできない。
「黙秘を貫くつもり? 無駄よ。我々はあの聖杖を持ち帰ったあなたの存在を危険視しているわ。……その魂が、あなたの中に宿っているのかどうか、今ここで証明させてもらう!」
(いや、だから聖杖を抜いたのは私じゃなくて通りすがりの黒い人だし! アテルとかいう人も全然知らないし! お願いだから帰してぇぇっ!)
シルヴィの必死の心の叫びも虚しく、ノノは部下の一人に合図を送った。
女が、禍々しい光を放つ巨大な水晶玉――対象の『魔力の絶対量』と『魂の波長』を強制的に暴き出す古代の魔道具を運んでくる。
「さあ、この『水晶』に触れなさい。もしあなたが本当にアテルの転生体なら、水晶は眩く輝き、莫大な魔力値を弾き出すはずよ!」
(ひぃっ!? 魔力測定!?)
シルヴィの顔から、さらにスッと血の気が引いた。
英雄の転生体だとバレるからではない。自分が『聖杖』の持ち主にもかかわらず、魔力が「中の中」程度しかないポンコツであることが、こんな見知らぬ人たちの前で暴かれてしまうからだ。
「や、やめ……」
「無駄よ! 強制的に調べさせてもらうわ!」
ノノがシルヴィの腕を掴み、無理やり水晶玉に押し付けた。
暗殺部隊の面々が「ついに伝説の魔力が解放されるぞ……!」と息を呑んで見守る中。
ポワァン……。
水晶玉は、夜空のホタルよりも儚い、実に奥ゆかしい微弱な光を放った。
そして、水晶の表面に浮かび上がった魔力値の数値は――『53』。(※一般生徒の平均値が100)
「「「…………」」」
地下室が、水を打ったような静けさに包まれた。
あまりにも平凡、いや、むしろ平均以下の魔力値。初代聖女の血を引き、聖杖に選ばれた天才の数値とは到底思えない。
シルヴィは「ああっ、私のポンコツがバレたぁぁっ……!」と羞恥心で死にたくなり、顔を真っ赤にしてうつむき、ワナワナと肩を震わせた。
しかし、真の悲劇(喜劇)はここからだった。
「……ば、馬鹿な」
部下の一人が、後ずさりしながら戦慄の声を上げた。
「真理の水晶の探査を……完全に無効化しているだと……!?」
「えっ?」
シルヴィが思わず顔を上げる。
「見ろ、彼女のあの余裕の表情を……! 我々の強制探査を受けながら、自らの莫大な魔力を『53』という絶妙な一般人レベルにまで圧縮・偽装してのけたのだ! 常人なら魔力回路が焼き切れるほどの精密な制御……ッ!」
「それにあの震え! 魔力を極限まで抑え込んでいる反動だ! 間違いない、彼女の中には『本物の怪物』が眠っている……!」
(ち、違うぅぅぅ! 素の数値が53しかないだけなのぉぉぉっ!!)
シルヴィのポンコツぶりが、暗殺者たちの『エリートゆえの深読み』によって、神話級の魔力制御技術へと勝手に脳内変換されていく。
「くっ……なんという底知れない女。物理的な拷問も、精神的な揺さぶりも全く通用しないなんて……!」
ノノが冷や汗を流しながら、完全に警戒の態勢をとった。
「これでは埒が明かないわ。七極の幹部たちに報告して、次の指示を仰ぐしかない! おい、彼女の拘束をさらに三重に増やせ! 一瞬たりとも気を抜くなよ!」
「「「ハッ!!」」」
暗殺者たちは、涙目でプルプルと震えている小動物に対し、まるで魔王でも監視するかのように厳重な警戒網を敷き始めた。
(どうしてこうなったのぉぉぉ……!)
誰とも会話できない密室。勝手に高まっていく危険度。
シルヴィは椅子に縛り付けられたまま、ただ一人の男の顔を思い浮かべていた。
(ハ、ハイド……っ!)
いつも無神経で、空気が読めなくて、ポンコツな自分を見ても「チリチリになりましたね」と呑気に笑っていた冴えないモブ男子。
彼と一緒にいる時だけは、なぜかこの過剰な期待も、コミュ障の胃痛も忘れられたのだ。
(昨日、あんなにひどいこと言って追い出しちゃったけど……お願い、誰か助けて……!)
氷の令嬢は、絶対にバレない完璧な無表情の裏側で、偽装彼氏であるモブ少年の助けを本気で待ち望んでいた。
一方その頃、当のハイドは教室で「えっ、俺のせいで失踪ルート入った!?」と盛大に勘違いして頭を抱えていることなど、彼女は知る由もなかったのである。




