第34話 陰の実力者はやめさせたい
「ひ、ヒィィィッ!? た、助けてくれぇっ! 俺はただの貧乏な平民なんだ! 田舎には年老いた母親と父親が俺の帰りを待ってるんだ! 命だけはお助けをぉぉっ!」
完璧に計算された、モブとしての命乞い。
そこへ青白いランプの光の中から現れたのは、魔術学院が誇る『氷の令嬢』シルヴィ・フロストだった。
彼女の手には、怪しげな魔力測定器(のような魔導具)が握られている。
「……チッ。あなたもハズレね。魂の波長はただの平民。私が探している『彼』じゃないわ」
舌打ちをするシルヴィだが、その目の下には徹夜続きの痛々しいクマが刻まれており、どこか切羽詰まった様子だった。
「あ、あの……シルヴィ嬢? 探している彼って、一体……」
「黙りなさい。モルモットは口を開かなくていいのよ」
冷酷に言い放つシルヴィ。だが、周囲からの過剰な期待と孤独に押し潰されかけていた彼女の精神は、すでに限界を迎えていたらしい。
「……どうして、どうして見つからないのよ! この学園に……きっと、いるはずなのに!」
彼女は突然、せき止めていたダムが決壊したように早口で捲し立て始めた。
「ちっとも魔法が上達しない! このままじゃ、お母様(聖女)の顔に泥を塗っちゃうわ!」
「え、ええと……?」
「だから、探しているのよ! 幼い頃、魔物の森で私を助けてくれた……あの『絶影』を!」
「…………はい?」
予想外すぎる単語の登場に、ハイドは完全に思考が停止した。
絶影。それは数年前、ハイドが中二病を盛大に拗らせていた時期にノリで作った黒歴史アバター(禍々しい仮面と漆黒のローブ姿)である。
「あの人の力は凄まじかった。会えば……もう一度会えば、完璧な魔力制御のコツを掴めそうな気がするのよ! 素性を隠してこの学園に生徒として紛れ込んでいるに決まってるわ!」
(いや、それただの俺!! 昔、カッコつけて無駄にド派手な魔法で魔物を吹っ飛ばしたアレか!?)
シルヴィが半泣きで絶叫し、氷のオーラが完全に粉砕された。
「絶影を探すために色んな人に話しかけたいのに、緊張で喉がキュッてなって『邪魔よ』って睨みつけることしかできないの! 入学式でも挨拶したかっただけなのに! だからもう、生徒を背後から鈍器で殴って、意識がない状態で魔力を測定するしか……」
(コミュ障を拗らせた結果、やってる事が完全に猟奇的な連続誘拐犯!!)
「さて……」
シルヴィはコホンと咳払いをして、無理やりいつもの『無表情(※ただの緊張顔)』を作り直した。そして、どこからか毒々しい紫色の液体が入った小瓶を取り出す。
「私の秘密を知った以上、この『記憶消去のポーション』を飲んでもらうわ」
「ま、待って! 飲むって、そのドクロの煙が出てるヤバい液体!?」
(くっ……不味いぞ。このままこの女が絶影……つまり『俺』を探し続ければ、いずれボロが出て面倒なメインシナリオに引きずり込まれかねない。それに、このままじゃ学園の被害者(モブ仲間)が増え続ける。どうにかして、やめさせなければ……!)
「ま、待ってくださいシルヴィ嬢! そんないるかどうかもわからない人を探すより、確実な協力者がいた方が効率がいいじゃないですか!」
「え……?」
「俺、身体だけは無駄に頑丈なんです! 魔術の的でも、やばいポーションの実験台でもなんでもやります! もちろん秘密は絶対に守ります! だから、これ以上は罪を重ねないでくださいぃぃっ!」
ハイドは涙目で(半分本気で)必死の命乞いをした。
これ以上、彼女に物理的な凶行(神隠し)を続けさせるわけにはいかない。
「……素面で、私の助手になってくれるの? 私がコミュ障のポンコツだって、誰にも言わない……?」
「絶対に言いません! モブの誓いに懸けて!」
シルヴィは小瓶を持ったまま、ピタッと動きを止めた。絶対零度の瞳が、ほんの少しだけ揺れる。
天才ともてはやされ、友達も頼れる相手もいなかった彼女にとって、「秘密を共有できる同年代の助手」という提案は、あまりにも魅力的すぎたのだ。
「……わかったわ。あなたのその言葉、信じてあげる」
シルヴィはふいっと顔を逸らしながら、ヤバい小瓶をそっと机に置いた。ランプの光に照らされた耳の裏が、真っ赤に染まっている。
「あ、明日から……毎日放課後、こき使ってあげるんだから……っ!」
こうして。
ヒロインの『助手』兼『実験台』という、極めて面倒なポジションを確立してしまったハイド。
『絶影(自分)』を探すために自ら奔走しつつ、彼女のポンコツ魔法の的になるという、地獄のマッチポンプ学園生活が幕を開けたのであった。




