第31話 陰の実力者は隠れたくて
雲一つない蒼天の下、王都・魔術学院の入学式が厳かに執り行われていた。
新入生たちが緊張と期待に胸を膨らませて整列する中、ハイドは、前からもちょうど真ん中、後ろからもちょうど真ん中という「完璧なモブ位置」を陣取り、至福の溜息を吐いていた。
(ああ……素晴らしい。誰も俺を見ていない。ハイドという存在が、完全にこの入学式の『背景』と化している!)
壇上では、今年の目玉である二人の新入生が脚光を浴びていた。
一人は、首席合格を果たしたハイドの幼馴染、セリア。実技試験で闘技場を半壊させた規格外の平民美少女として、早くも学園中の話題を掻っ攫っている。
そしてもう一人は、美しい銀髪を揺らす氷の令嬢――シルヴィ・フロスト。当代の聖女の娘であり、超ネームド(メインヒロイン格)である。
二人が動くたびに、周囲の生徒たちからは「おおっ……」「なんと美しい……」と感嘆のどよめきが漏れていた。
(いいぞいいぞ、もっとやれ。お前たちが目立てば目立つほど、俺の影は薄くなる。モブを極めるための最高の隠れ蓑だ!)
ハイドは誰にも気づかれないほど微かに口角を上げ、彼女たちの活躍を内心で大絶賛していた。
入学式が終わり、新入生たちが中庭へと散らばった直後のことだった。
早速というか何というか、学園モノの王道イベントが勃発する。
「やあ、そこの可憐なお嬢さんたち! どうだい、これから僕たちが高位貴族として、この学園の素晴らしい施設を案内してあげよう!」
「光栄に思うといい。僕たちと親睦を深める権利を与えてあげようというのだからね!」
中庭の中心で、やけに自信満々で軽薄な高位貴族の令息たち(見るからに当て馬AとB)が、セリアとシルヴィの前に立ちはだかり、これ見よがしにキザなポーズでナンパを敢行したのだ。周囲にはあっという間に巨大な野次馬の輪ができあがる。
(おっ、イベント発生か。入学式直後の強引なナンパなんて、テンプレ中のテンプレだな)
まずはセリアのターン。
声をかけられたセリアは、少し驚いたように目を瞬かせた後、ふわりと優雅な微笑みを浮かべた。
そして、平民であるはずの彼女は、まるで王宮で育った本物の貴族令嬢のような、一糸乱れぬ完璧なカーテシー(淑女の礼)を披露した。
「お誘いいただき、大変光栄に存じます。ですが、私はしがない平民の身。由緒正しき貴族であられる皆様のエスコートを受けるなど、あまりにも分不相応というもの。
……今はただ、魔法の勉学に専念したいと考えておりますので、せっかくのお気遣いですが、謹んでご辞退申し上げますわ」
「ぐはぁっ……!?」
当て馬Aは、セリアのその眩しさに浄化されるように崩れ落ちた。悪意ゼロの拒絶。ある意味、最も残酷な振られ方である。
続いて、シルヴィのターン。
銀髪の聖女は、得意げに胸を張る当て馬Bを、まるで路傍の石ころ……いや、這いずり回る羽虫を見るような絶対零度の瞳で見下ろした。
「……邪魔よ」
「えっ」
「私の視界に入らないで頂けるかしら。あなたのその軽薄な声も、馴れ馴れしい態度も、私にとっては不快なノイズでしかないの。……二度と話しかけないで」
「ひっ、ひぃぃぃっ!?」
(ん? あの銀髪の子……どこかで見たような……。あ、思い出した。昔、盗賊に捕まってたところを、俺が通りすがりに適当に助けた迷子の女の子だ。
……いやいや、人はあそこまで変わるものか? あの時は可愛いって印象だったのに、今や誰もがひれ伏す氷の令嬢だぞ。成長ってすげえな)
過去の記憶と目の前のクールビューティーのすさまじいギャップに内心で首を傾げながらも、ハイドは野次馬の最後列に陣取り、この王道イベントを完全に他人事として見物していた。
ナンパが見事に粉砕され、周囲の男子生徒たちが「あ、あれは難攻不落だぞ……」とどよめく中。
セリアは「うーん……」と少し首を傾げて考え込んだ後、ふたたび完璧な令嬢の微笑みを浮かべ、ぐるりと人混みへ視線を巡らせた。
そして、最後列に隠れていたハイドを(なぜか最新鋭の魔法レーダーでも積んでいるかのような正確さで)見つけ出すと、彼に向けてだけ、特別に甘く、愛おしそうな視線を送り――淑女らしく控えめに、けれど確かに、小さく手を振ったのだ。
セリアが頬を微かに染めながら視線を向けた先。
野次馬たちの首が、一斉にギギギギッと不気味な音を立ててそちらへ向く。
その視線の終着点には、拾ったクッキーをかじったまま完全に硬直しているハイドがいた。
ビクゥッ!?
ピンポイントで視線が交わり、ハイドは全身から嫌な汗を噴き出した。
(ちょっ、おまっ……こっち見るな! 手を振るな……ッ!)
シィィィィン……。
中庭が、水を打ったような静けさに包まれた。
直後。
『誰だ?誰に手を振って……』
『……俺か?』
『違う……俺だ!』
『……あいつだ』
『セリア様が、あの冴えない男にだけあんな熱っぽい視線を……ッ!』
『どこの馬の骨だ……絶対に許さん……ッ!』
野次馬にいた数百人の男子生徒たちの視線が、一斉にハイドへと集中した。その目には、明確な殺意と嫉妬の炎がメラメラと燃え上がっている。
(終わった……俺の学園生活、終わった……)
ハイドは数百の殺意の波動を全身に浴びながら、内心で血の涙を流していた。
ハイドの理想とする『誰の記憶にも残らない平穏なモブ生活』は、入学式の数分後にして完全に退路を断たれ、華々しく(そして無惨に)幕を開けたのであった。




