第29話 陰の実力者は完全にスルーされる
ノノが『七極』の幹部たちに報告を行う、ほんの数日前のこと。
王都の魔術学院は、新入生の合格発表という年に一度のお祭り騒ぎで熱気に包まれていた。
巨大な掲示板の前に群がる受験生たちの悲喜こもごもの声が響き渡る中、一際大きな歓声を上げている少女がいた。
「ハイド! あったよ、私の番号! なんとね、首席だって! えへへっ!」
パッと花が咲いたような笑顔で駆け寄ってくるのは、ハイドの幼馴染であるセリアだ。実技試験で闘技場を半壊させた彼女がトップ合格なのは、誰の目にも明らかだった。
「おー、すごいなセリア。さすがは俺の自慢の幼馴染だ。えーっと、俺の番号は……」
ハイドは、平凡な村人Aにふさわしい「少しおどおどした視線」で掲示板を見上げ、上段でも下段でもなく、名簿の『完全な真ん中』を指差した。
「あっ、あった! 『第百五十位』……上から数えても下から数えても、ぴったり真ん中だ。よかったぁ、これで俺も魔術学院の生徒だ!」
安堵のため息を漏らし、平凡な笑みを浮かべるハイド。
だが、その内面では、まるで世界征服を成し遂げた魔王のような特大のガッツポーズをキメていた。
(素晴らしい! 筆記から実技まで、全受験生の動向と採点基準を完璧にハッキングし、緻密に計算し尽くした結果の『完全なる中間』!
トップでもなく、逆に悪目立ちする最下位でもない。誰の記憶にも残らない、至高のモブ生活が今ここに約束されたぞ!)
周囲の受験生たちがこちらをチラチラと見ながら、ヒソヒソと囁き合っている。
「おい、見ろよ。あの子が今年の首席のセリア様だぜ」
「すげぇ可愛くて才能もあるって噂だ。……でも、隣にいる男は誰だ?」
「ああ…えっと……誰だ?なんであんな空気みたいな奴が首席の隣にいるんだ?」
彼らの無関心な声が、ハイドにとっては極上のファンファーレに聞こえていた。「そうだ、もっと言え。俺は運と平均点だけで紛れ込んだ無害な背景だ」と、ハイドは内心で歓喜の涙を流していた。
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喧騒から少し離れた時計塔の影から、その様子を鋭い目で凝視している赤髪の少女――ノノ。
同様に新入生として魔術学院に潜入する若き工作員(仲間)たちが集まっていた。
遠くから聞こえる喧騒の中、仲間のひとりがノノに尋ねる。
「――それで、ノノ。学園の受験生の中に、『七極』様たちが警戒されているアテルの転生体、あるいは奴に繋がる者はいたか?」
腕を組んだノノは、淀みない口調で答えた。
「候補として二名ね。一人は聖女の血を引く娘、シルヴィ・フロスト。そしてもう一人は、実技試験で規格外の魔力を見せたセリアという平民の娘よ」
「……その二人だけか? 他には?」
仲間の問いかけに、ノノは薄く目を細める。ノノの脳裏に「ある光景」がフラッシュバックした。
――実技試験の時
安物の木杖を持った黒髪の少年が、自分の靴紐を踏んで派手に転倒し、すっぽ抜けた杖が相手の急所に命中するという、マヌケ極まりない泥試合を演じた姿。さらに言えば、その後の成績発表でも「上から数えても下から数えてもぴったり真ん中」という順位を出していた、あのハイドという少年の姿が。
(あの時は、一瞬、意図的なものかと疑ったけれど……こうして改めて観察すると、馬鹿馬鹿しい勘違いだったわね)
ノノの目から見た現在のハイドは、呼吸は浅く、立ち姿は隙だらけで、魔力の波動も「完全なる平均値」。上位者特有のプレッシャーなど微塵も感じさせない、あまりにも無害な存在だった。
「……いいえ。他は取るに足らない有象無象ね」
ノノはあっさりと、ハイドの存在を思考の枠から除外して言い切った。
(ただの運が良いだけの、冴えない平民。あの実技試験も本当に偶然のフロックで、成績がど真ん中なのもただのまぐれ)
フッと興味を失ったように、ノノはハイドから視線を切った。
「そうか。ならば、まずはそのシルヴィとセリアの二人を徹底的にマークしよう」
「ええ」
真剣な顔で頷き合う工作員たち。
こうして、彼女たちの警戒リストから、真の最要注意人物であるハイド名前は、入学前から綺麗さっぱり除外されたのだった。




