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第27話 陰の実力者は勝ちたくて

実技試験の舞台となるのは、魔術学院が誇る巨大な屋外闘技場であった。


対人戦形式の模擬決闘。ランダムに選ばれた受験生同士が戦い、その過程を教官たちが採点するという、魔術学院における花形イベントだ。観客席には在校生や貴族の見物人まで詰めかけ、熱気に包まれている。


つい先ほども、俺の幼馴染であるセリアが「えーいっ!」という気の抜けた掛け声と共に、闘技場の防壁を消し飛ばす規格外の魔法を放ち、教官たちを泡を吹いて気絶させたばかりである。


観客席からは「おおおっ! なんという天才美少女だ!」と割れんばかりの歓声が上がっていた。


だが、そんな熱狂をよそに、俺は闘技場の隅っこで、配付された安物の木杖を弄りながら腕組みをして深く考え込んでいた。


(さて、この対人戦……実は『モブを極める』上で最も難易度が高い難関だ)


陰の実力者たる者、ここで決して目立つわけにはいかない。

圧倒的な実力で瞬殺する? それは「謎の天才転校生」という主人公ムーブであり、即刻アウトだ。

では、ボロボロになりながらも知略と根性で白熱した激闘を繰り広げて勝利する? それは「熱血系主人公」か「良き好敵手(ライバル)」の役回りであり、これも完全にアウト。

ならば、無様に負けてしまうのはどうだ? 一見モブっぽいが、下手に負けて不合格になれば、俺の輝かしい学園ライフ(と、陰の実力者としての暗躍)そのものが開始前に終了してしまう。


(つまり、俺に求められているのは『勝つこと』。ただし、誰もが『運が良かっただけだ』『なんて地味でつまらない試合なんだ』とあくびをするような、極めてしょうもない、泥試合の末のフロック(まぐれ)勝ちである!)


これこそが至高のモブ勝利。誰も俺の実力を認めず、記憶にも残らない。

俺が脳内で完璧な方程式を導き出したその時、審判を務める教官が俺の名前を呼んだ。


「第三十二試合! 受験番号四百四番、ハイド・ノーマン対するは、受験番号八番、ナルシスト・フォン・アテウマ!」


闘技場の中央に進み出ると、対戦相手である金髪でやけに派手なローブを着た貴族の坊ちゃん――ナルシストが、自信満々の鼻息と共に高価そうな杖を構えていた。


その名が示す通り、見事なまでの引き立て役(当て馬)のオーラを全身から放っている。


「フンッ、平民の村人風情が相手とはな。この天才と名高いナルシスト様が、格の違いというものを教えてやる! 開始と同時に最大火力の魔法で黒焦げにしてやるから覚悟しろ!」


「あ、はい。よろしくお願いします……(ガタガタ)」


俺は小刻みに震える「怯えた村人A」を完璧に演じながら、内心ではニヤリと笑った。


ナルシストが親切にも自分の戦術をペラペラと喋ってくれたおかげで、俺の『モブ勝利計画』は完全に固まったのだ。


「両者、構え! 試合……開始ィッ!!」


審判の声が響き渡った瞬間、ナルシストは杖を天高く掲げ、大仰な詠唱を始めた。彼の周囲に莫大な魔力が集束し、空気がチリチリと焼け焦げるような熱を帯びる。


「出よ、灼熱の業火! 我が血脈に眠る炎の精霊よ、今こそ目覚め、我が眼前の愚鈍なる平民を灰燼に帰す紅蓮の——ッ!」


(よし、今だ)


ハイドは発動の直前、誰にも気づかれないレベルの微細な魔力操作で自分の靴紐を解いた。


そして、ナルシストに向かって「う、うわぁぁぁ! 助けてくれぇぇ!」と、三流のダイコン役者も青ざめるほどのワザとらしい悲鳴を上げながら走り出し――


見事に自分の靴紐を踏んづけて、盛大にズッコケたのである。


「わちゃぁっ!?」


情けない声を上げて前のめりに転倒する俺。その勢いで、ハイドが握っていた安物の木杖がスポッと手からすっぽ抜け、放物線を描いて飛んでいった。


もちろん、ただすっぽ抜けたわけではない。風の抵抗、重力、ナルシストの身長、そして彼が息を吸い込むタイミング。その全てを、常人なら脳が焼き切れるレベルの超高速演算で弾き出した、神業的な『意図的なすっぽ抜け』である。


「――炎、竜ぅぅ……べぼぉッ!?」


飛んでいった木杖の先端が、まさに大魔法を放とうと大きく口を開けて息を吸い込んだナルシストの『前歯』に、カコンッ!とクリーンヒットした。


「ふぎゃっ!?」

痛恨の急所攻撃に、ナルシストは白目を剥いて舌を噛む。集中が完全に途切れたことで、彼の頭上に集束していた業火の魔力は行き場を失い、「ボスンッ」というひどく情けない音と共に、黒い煤(すす)となってナルシスト自身の顔面を覆い尽くした。


「あ、あばばば……」


顔を真っ黒にしてアフロヘアーのようになったナルシスト・フォン・アテウマは、口から一筋の煙を吐き出し、そのまま糸の切れた傀儡のようにバタリと仰向けに倒れ込み、ピクピクと痙攣して気絶した。


闘技場は、水を打ったような静けさに包まれた。

やがて、観客席からパラパラと、心底呆れたような声が漏れ始める。


「な、なんだ今の試合……」


「あの平民、ビビって走った挙句、自分で転んで杖をすっぽ抜かしたぞ」


「ナルシストの奴、飛んできた杖が偶然口に当たって、自爆しやがった……」


「アホくさ。どっちもド素人以下じゃないか。あんな運だけのフロック勝ち、見てて欠伸が出るぜ」


観客たちの冷ややかな視線と、嘲笑。

誰も俺の実力を称賛する者はいない。


(よっしゃァァァァァッ!!)


俺は地面に這いつくばって泥だらけになったまま、内心で全力のガッツポーズをキメていた。

これだ! これこそが俺の求めていた『誰の記憶にも残らない、究極にダサいモブの勝利』である!


超高度な演算と極小の念動力を駆使し、あろうことか「自分の靴紐を解いて転ぶ」という世界最高峰の無駄遣いをやってのけた結果が、この完璧な泥試合なのだ。


審判の教官も、これまでの人生で最も渋い顔をしながら、「……しょ、勝者、ハイド……ノーマン」と、心底やる気のない声で宣言した。


(フッフッフ。完璧だ。これで俺の学園生活は、平穏と暗躍に満ちた素晴らしいものになるに違いない!)


鼻歌交じりに泥を払いながら立ち上がる俺。

だが、観客席の最上段――薄暗い貴賓席から、この極めてしょうもない泥試合を、鷹のような鋭い眼光で見下ろしている人物がいることになど、気付くはずもなかった。

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