第26話 モブを極めるための超絶技巧〜あえて間違えるのが陰の実力者の嗜み〜
試験開始の鐘が、重厚な大講堂に鳴り響いた。
受験生たちが一斉に問題用紙へと猛獣のように食らいつく中、ハイドはペンを握ったまま微動だにせず、密かに極大の『広域精神感応』を会場全体に展開していた。
目的はカンニングではない。会場にいる全受験生の脳内へ同時にハッキングを仕掛け、彼らが今どの解答欄に何と書き込んでいるかをリアルタイムで集計・解析し、今回の試験の『正確な平均点』を算出するためである。
(よし、第五問までの全受験生の正答率を算出……って、おいおい! 今年の受験生、バカばっかりじゃないか!)
ハイドは内心で激しく頭を抱えた。
脳内に流れ込んでくるのは、「くそっ、わからん! 鉛筆転がそう!」「今日の昼飯なんだっけ……」という絶望と現実逃避の嵐。
現在の予想平均点は百点満点中、わずか三十五点。このままハイドが適当に五十点前後の答案を作ってしまえば、平均を大きく上回り「優秀な上位陣」として悪目立ちしてしまう。
正確に平均点のど真ん中を撃ち抜くためには、まず『百点満点の模範解答』を完全に把握した上で、意図的に間違える箇所を緻密に計算しなければならない。
(仕方ない、少しばかり体を使うか)
前方で腕組みをしている厳格な試験官が、ゆっくりと瞬きのためにまぶたを閉じる。そのコンマ一秒の暗闇の間に、ハイドは無音で自席から消えた。
音速を超え大講堂を抜け出した彼は、厳重な魔法結界が三十重に張られた学院長の執務室へ侵入。指先の超振動だけで金庫の鍵を開け、中に入っていた『筆記試験・模範解答』の束をパラパラと一瞥する。全ページの文字情報を一瞬で脳裏に焼き付け、ついでに模範解答にあった誤字をこっそり赤ペンで訂正し、「よし、これでよし」と頷いてから、再び自席へと戻り、ペンを構え直した。
試験官が目を開ける。
その瞬間、大講堂に一瞬だけ不自然な突風が吹き荒れ、何人かの受験生のプリントが宙を舞った。
試験官が驚いて目を見開く中、ハイドは何食わぬ顔で「今年のすきま風は強いな」と呟き、見事に(?)誤魔化した。
これで完璧だ。模範解答は全て頭に入った。あとは平均点に合わせて意図的なミスを散りばめるだけである。
周囲の受験生たちが「この魔力回路の公式が思い出せん……!」と冷や汗を流し、難問に直面してポロポロと涙をこぼす中、ハイドは鼻歌交じりに「ここはアホっぽく計算ミスをしておこう」「ここはあえて漢字を間違えるのがモブの嗜み」と、嬉々として誤答を量産していった。
やがて、試験終了の鐘が厳かに鳴り響いた。
受験生たちが一斉にペンを置き、疲労と緊張から解放された安堵の息を漏らす。その中で、ハイドは、誰にも気づかれないように口元に暗黒の笑みを浮かべていた。
(フッ……完璧だ)
彼の胸中は、まるで世界征服を成し遂げた魔王のような、底知れぬ達成感と自己満足で満ち溢れていた。
(見ろ、この美しき凡庸さを……! 誰の記憶にも残らず、決して上位陣のリストに名が載ることもない。俺の『目立たないモブ計画』は、完全に軌道に乗ったぞ……!)
「さて、次は魔力測定と魔法の実技試験か」
ハイドは意気揚々と席を立ち、次の試験会場となる屋外の訓練場へと向けて歩き出した。
実技試験といえば、受験生たちが己の才能を誇示し、派手な魔法で試験官を圧倒しようとする最大の見せ場である。しかし、ハイドの目標はただ一つ。
(見ていろ世界……! 貴様らの度肝を抜くほどの、圧倒的な凡庸さを見せつけてやる!)




