第25話 陰の実力者は真ん中をとりたくて
王都の中心にそびえ立つ、威風堂々たる王立魔術学院。白亜の石造りの外壁と、天を突くような鋭い尖塔を持つこの学び舎は、王国中の若者たちが憧れるエリートの登竜門である。
その歴史ある広大な大講堂には、王国全土から集められた数千人の受験生たちがすし詰めになっていた。
張り詰めた緊張感が空気を重く沈ませ、あちこちからゴクリと唾を飲み込む音や、小刻みに震える足の衣擦れが聞こえてくる。
額に滝のような汗をかきながらぶつぶつと呪文を暗唱する平民の少年から、取り巻きを連れて余裕の笑みを浮かべる高位貴族の令息まで、多種多様な者たちが己の未来を懸けてこの場に立っていた。
誰もが少しでも良い点数を取ろうと、あるいは一つでも上の席次をもぎ取ろうと血眼になっている中――ハイドは、ただ一人全く別の次元の戦いに挑もうとしていた。
(首席合格? もってのほかだ。そんな目立つポジションは、熱血主人公か高慢なライバルキャラにくれてやればいい。
かと言って、ギリギリの赤点で合格すれば『落ちこぼれからの下克上』という王道イベントが発生してしまい、これまた悪目立ちしてしまう。
俺が目指すべきは……全受験生の中の、寸分違わぬド真ん中。これこそが、至高の陰の実力者にふさわしい完璧な擬態である!)
大講堂の硬い木の椅子に深く腰掛けながら、ハイドは誰にも気づかれないよう薄く笑みを浮かべた。
「平均点を取る」などと口で言うのは簡単だが、実はこれほど高度な技術を要求される芸当はない。なぜなら、全体の中央値を正確に射抜くためには、まず「すべてのテストの正解を完璧に把握」していなければならないからだ。その上で、自分以外の有象無象の受験生たちがどれくらいの正答率を叩き出すかをリアルタイムで予測し、意図的に、かつ自然に間違える必要がある。
魔法陣の構築理論、古代語の翻訳、属性魔術の基礎概念。いかなる難問奇問が出ようとも、すべてを完璧に理解した上で、最も凡庸なミスを選択する。それこそが、彼が十数年かけて磨き上げてきた『究極のモブ・コントロール』である。
(入学後のビジョンも完璧に仕上がっている。クラスの座席は当然、窓際の後ろから二番目。
授業中は適度に居眠りをして教師に呆れられ、高慢な貴族の令嬢からは視界にすら入れられない空気のような存在になる。
そして、いざ学園が謎の秘密結社に占拠された時、俺は誰にも気づかれずにトイレに行くふりをして席を立ち……漆黒のコートと仮面を羽織り、圧倒的な力で絶望の淵にいる者たちを救済するんだ……!)
想像するだけで、歓喜のあまりアドレナリンが沸騰しそうだ。
平凡な生徒「ハイド」と、得体の知れない最強の存在。この二つの顔を完璧に使い分ける学園生活こそが、彼の陰の実力者ライフにおける最大のショーケースとなるはずだった。
そして、この学び舎には、かつて自分を裏切った元仲間たちに繋がる情報も必ず眠っているはずだ。
やがて、重厚な扉が開き、厳しい顔つきをした試験官たちが大講堂に足を踏み入れた。
彼らが一斉に教壇に並ぶと、数千人が発していたざわめきが、まるで水を打ったように静まり返る。ピリッと張り詰めた糸のような緊張感が、広大な講堂を満たしていく。
壇上の主任試験官が分厚い羊皮紙の束を配り終え、ゆっくりと巨大な砂時計をひっくり返した。
--そして
――ガァァァァンッ!!
試験開始を告げる銅鑼のような鐘の音が、大講堂の高い天井にまで重々しく鳴り響いた。
その腹の底に響く音色は、数千の若者たちの運命が動き出したことを告げていた。
周囲の受験生たちが一斉に悲壮な顔で羽ペンを走らせる中
(-さあ、舞台の幕開けだ)
ハイドはゆっくりと、まるでオーケストラの指揮棒を振るうかのように優雅にペンを手に取った。




