第24話 陰の実力者は緊急イベントを回避したくて
王都への旅は順調に進むと思われたが、予想外のトラブルが発生した。
魔術学院の受験シーズンということもあり、街道沿いの宿場町はどこも満室。歩き回った末にようやく見つけたのは、路地裏にひっそりと佇む、やけにケバケバしいネオン(魔法石)が輝く怪しげな宿屋だけだった。
「申し訳ないねぇ、あと一部屋しか空いてないんだよ」
受付の派手な化粧のおばちゃんが、ニチャァ……と意味深な笑みを浮かべて鍵を差し出す。
ハイドの脳内で、警報サイレンがけたたましく鳴り響いた。
(出たァァァッ! 『宿屋が一部屋しか空いてない』&『しかも完全にラブホ』という、王道ラブコメ主人公の強制イベントォォォッ!!)
案内された部屋の扉を開けると、そこには無駄に回転する巨大な円形ベッド、妖しく光るピンク色の魔石ランプ、そしてご丁寧に「二人の距離を縮める魅惑のポーション(※効能不明)」まで備え付けられていた。
「わぁ……! なんだか不思議なお部屋だね、ハイド! ベッドが丸いよ!」
無邪気にベッドへダイブしてはしゃぐセリア。一方のハイドは、ドアノブを握りしめたまま完全に石化していた。
そんなハイドの様子に気づいたセリアが、ベッドから降りてトコトコと近づいてくる。
「ハイド? どうしたの、そんな入口に突っ立って」
「いや、その……俺はちょっと外の空気を……」
「だーめ。明日早いんだから、早く休まないと!」
セリアはハイドの腕をギュッと掴むと、そのまま強引に部屋の奥へと引きずり込んだ。
そして、勢い余ってバランスを崩した二人は、ふかふかの円形ベッドの上へと折り重なるように倒れ込んでしまった。
「おわっ!?」
「きゃっ!」
気づけば、ハイドが見上げる視界いっぱいに、セリアの顔があった。
妖しく光るピンク色の照明の下。幼い頃から見慣れたはずの彼女の顔が、今は異様に大人びて見える。セリアのサラサラとした金髪がハイドの頬をくすぐり、石鹸のようないい香りが鼻腔をくすぐった。
「あ、ご、ごめんハイド……」
「い、いや、退いてくれればそれで……」
だが、セリアは退くどころか、ハイドの胸ぐらを軽く掴んだまま、ジッとその瞳を見つめ込んでさらに顔を近づけてきた。二人の顔の距離は、わずか数センチ。吐息がかかるほどの至近距離だ。
「ねえ、ハイド。もしかして……緊張してる?」
「…………ッ!!」
小首を傾げ、上目遣いで覗き込んでくるセリア。その無防備すぎる胸元と、悪魔的なまでのヒロイン力に、ハイドの心臓は早鐘のように打ち鳴らされた。
(バカバカバカ! 幼馴染の無自覚なゼロ距離スキンシップは破壊力がヤバすぎるんだよ!!なんだこの状況! このままじゃ「しょうがないな……今日だけだぞ」みたいな、モブにあるまじき甘酸っぱいラブコメ展開に突入してしまう!! 俺は『陰の実力者』だぞ!? ヒロインとピンクのベッドでイチャコラするなど言語道断ッ!!)
どうすればこの強烈な主人公フラグをへし折り、ただのモブ村人Aとしての尊厳を守れるのか。
ハイドの優秀な(そして残念な)頭脳が導き出した、究極のフラグ回避術。それは——。
「ハイド……?」
頬を染めるセリアをよそに、ハイドは真顔のままスッ……と横にスライドしてベッドから抜け出した。
そして、部屋の最も暗い角に陣取ると、床にあぐらをかき、両腕を胸の前でクロスさせ、目を閉じて深く息を吐き出したのだ。
「……気にするな。俺は今日、この場所で『気配を断ち、魔力と同化する修練』を行う」
「えっ? しゅうれん?」
「そうだ。真に高みを目指す者は、このようなふかふかの寝具に身を委ねるなど甘えに過ぎん。俺は一晩中、この硬い床と対話し、己の精神を鍛え上げる……ッ!」
ハイドは、かつてないほど洗練された中二病ボイスで言い放った。
(ふはははっ! どうだ! これなら「なんだコイツ、頭おかしいんじゃないの?」と呆れられ、ロマンチックな雰囲気など一瞬で粉砕できる! 俺のモブ力を舐めるなよ!)
しかし、純真無垢な幼馴染の反応は、ハイドの予想を遥かに超えていた。
「すごい……! ハイド、明日が試験なのに、そんなにストイックに頑張ってるんだね!」
「……え?」
「私も見習わなくちゃ! わかった、ハイドの邪魔をしないように、私一人で静かに寝るね。おやすみなさい、ハイド。あんまり無理しちゃダメだよ!」
セリアは心底感心したようなキラキラとした瞳を向けた後、素直に毛布を被ってすやすやと寝息を立て始めた。
「…………」
静まり返ったピンク色の部屋。
ハイドは部屋の隅で腕を組んだまま、完全に石化していた。
(……助かった。これで甘酸っぱいフラグは完全に折れた。俺の勝利だ)
だが、三時間後。
(……床、めっちゃ硬てぇ……腰痛い……。ベッドで寝たい……)
結局、陰の実力者としてのプライド(とモブへの謎の執着)が邪魔をしてベッドに潜り込むこともできず、ハイドは一睡もできないまま、ピンク色の照明の下で延々と壁のシミを数える羽目になった。
翌朝。ベッドで熟睡して絶好調のセリアの隣で、目の下に深いクマを作ったフラフラのハイドが宿を出ていく姿があったという。




