第23話 陰の実力者はラブコメイベントに巻き込まれたくなくて
雲一つない晴天。爽やかな朝の風が、村の素朴な風景を優しく撫でていく。
「王都の魔術学院だと? お前みたいな平凡なヤツが受かるわけないだろ」
「記念受験だよ、記念! 落ちたらちゃんと真面目に畑仕事を継ぐからさ!」
そんな、モブ度100%の極めて後ろ向きな説得でなんだかんだ親を丸め込み
——今日という日は、ハイドにとって記念すべき『王立・魔術学院の受験日』であった。
「よし。今日の俺も、完璧にオーラが消えているな」
着ているのは、どこにでも売っている量産品の麻のチュニックと、少し色褪せたズボン。背負っている鞄も、全く特徴のない茶色の布袋だ。髪型も無造作を装った完璧な「量産型ヘアスタイル」にセットしてある。
どこからどう見ても『これから大成する気配が微塵もない、夢だけは一人前の村人A』である。
(完璧だ……。王都行きの馬車に乗っても、誰一人として俺に注目しないだろう。そして学院の入学試験では、目立たず騒がれず、計算し尽くされた平均点ギリギリの成績でひっそりとモブの座を射止めるのだ!)
ハイドは内心で高笑いしながら、村の広場にある乗合馬車の停留所へと足を進めた。彼の輝かしい『陰の実力者ライフ・学園編』が、今まさに幕を開けようとしていた。
だが――。
「あーっ! ハイド、待ってー!」
背後から響いた、鈴を転がすようなやけにヒロイン力の高い声。
その瞬間、ハイドの背筋にゾクリと嫌な悪寒が走った。
(嘘だろ……なんであいつがここに!?)
ハイドが恐る恐る振り返ると、そこには長い髪を揺らしながら、太陽のような眩しい笑顔で手を振って走ってくるセリアの姿があった。
「はぁ、はぁ……よかった、間に合って。おはよう、ハイド!」
「昨日、ハイドのお父さんとお母さんから聞いたの。ハイドが記念受験するって。だから、私も一緒に行こうと思って!」
(親父ッ! お袋ッ! 俺の進路を隣の家にペラペラ喋るなァァァ!!)
ハイドは内心で両親への恨み節を叫びながら、戦慄した。
ただの村人Aとしてひっそり旅立つはずが、まさかの道連れ。しかも動機が「幼馴染と離れたくないから」なんて。
(典型的な『主人公を追いかけてきちゃう幼馴染ヒロイン』の強制イベント起きてるぅぅぅっ!!)
ハイドは内心で頭を抱え、絶叫した。
間違いない。セリアは完全に『物語の中心に巻き込まれる重要キャラクター』のそれである。
「ハイドと一緒に王都に行けるなんて、夢みたい! 一緒に頑張って、絶対合格しようね!」
「あ、ああ……そうだな……(白目)」
ハイドは目の前が真っ暗になるのを感じた。
彼が目指しているのは『徹底的なモブ』である。誰の記憶にも残らず、窓際の席で退屈そうに外を眺めるただの村人A。
しかし、こんな『歩くフラグ建築機』みたいな超絶美少女の幼馴染と一緒に登校すればどうなるか?
(間違いなく、試験の時に高慢ちきな貴族のドラ息子に目をつけられる! そして俺は『なんだ貴様、彼女の隣にいるなど生意気な平民め!』とか言われて、無駄にヘイトを買う羽目になる! 俺の平和なモブ生活が、崩壊の危機ッ!)
ハイドの脳内会議はパニック状態に陥った。
なんとかして彼女と距離を置かなければ。馬車を別にするか? いや、同じ村から出発する乗合馬車は週に一本しかない。逃げ道は完全に塞がれていた。
「ねえハイド、私、王都のお菓子って食べてみたかったんだ! 着いたら一緒に買いに行こうよ!」
「……お、おう」
だが、絶望の淵に立たされたハイドの脳裏に、ふと悪魔的な(そして陰の実力者的な)閃きが舞い降りた。
(待てよ……? 逆に考えるんだ)
ハイドは、無邪気に笑うセリアの姿をじっと見つめた。
(こいつが『主人公級のヒロイン』として目立ちまくれば、周囲の視線は全てセリアに集中する。つまり、俺は『優秀なヒロインの隣にいる、金魚のフンみたいな可哀想な幼馴染A』という、究極のステルス迷彩を手に入れられるのではないか!?)
そうだ。テロリストが学園を襲撃した時も、真っ先に狙われるのはセリアだ。
そこで俺は「ひぃぃっ! セリア、助けてくれぇ!」と情けなく叫びながら机の下に隠れる。そして敵の意識が完全にセリアに向いた隙に、人知れず漆黒のコートに着替えて暗躍し、裏から敵を殲滅する……!
「く、くくく……ふはははっ!」
「え? ハイド、急にどうしたの? 怖い顔して笑ってるけど……」
「いや、なんでもない。王都での新生活が、あまりにも楽しみになっただけさ」
(完璧だ。セリア、お前には俺の『囮』として、せいぜい派手に目立ってもらうぞ!)
こうして、徹底的に目立ちたくない(でも裏では無双したい)腹黒モブ志願の少年と、純真無垢な覚醒ヒロインという、あまりにも凸凹な二人の王都への旅が、今ここに幕を開けたのである。




