第22話 陰の実力者は学校に行きたくて
なんだかんだ言って、あの夜の廃教会での一件から、さらに数年が経過していた。
少年――ハイドは、これまで、表向きは「どこにでもいる平凡で少しどんくさい村の少年」を完璧に演じ切ってきた。
すれ違う村人からは「ああ、あそこの家のハイドね。まあ、悪い子じゃないんだけどね」という、毒にも薬にもならない評価を確固たるものにしていた。決して目立つことなく、風景の一部として日々を過ごしている。
だが、それはあくまで仮の姿に過ぎない。
裏では、来るべき復讐と、彼の至高の目標である『陰の実力者ムーブ』を完成させるため、血の滲むような、そして常軌を逸した鍛錬を重ねていた。
もちろん、力だけでは陰の組織は作れない。莫大な資金が必要不可欠だ。
ハイドは夜な夜な漆黒のコートに身を包み、裏社会の悪党どものアジトを単身で急襲して回った。
かつて廃教会でボコボコにしてやった盗賊の頭、ザイードのような連中がこの世には山ほどいる。彼らが血と汗と犯罪で貯め込んだ非合法な財産を、ハイドは「陰の活動資金」として大変ありがたく徴収して回った。
だが――順風満帆に見える彼の陰の実力者ライフには、たった一つだけ、しかし決定的な問題があった。
情報が、全く入ってこないのである。
ハイドが知りたいのは、前世において彼を裏切り、死に追いやった憎き元仲間たちの動向だ。
しかし、この辺境のド田舎では、王都の核心に触れるような噂話は一切流れてこない。彼が独自のルートでようやく掴めた確かな事実は、今ハイドが生きているこの世界が、かつて「アテル」として彼が命を落としてから「十数年後」の時代だということだけだった。
彼女たちのことだ。アテルという便利な下働きを切り捨てた後、その野心と実力で這い上がり、恐らくは今頃、この国の裏側を牛耳る存在として君臨しているに違いない。
「このまま辺境のド田舎の村でモブをやっていても、ラチが明かないな……」
ハイドは自室の質素なベッドに腰掛け、一つの重大な決断を下した。
環境を変えるべきだ。それも、ただ環境を変えるだけではない。彼が『陰の実力者』として最高のパフォーマンスを発揮でき、かつ世界中のあらゆる情報が集まる場所へ赴く必要がある。
そう――『魔術学院』である。
転生において、由緒正しき魔術学院とは、全ての事象が交差する世界のヘソだ。権力闘争に巻き込まれた没落貴族の令嬢、重大な秘密を抱えたワケありの王族、裏社会と密かに繋がる悪徳教師、そして地下の最深部に都合よく封印された古の魔物。それら全てがワンセットで揃っている、奇跡のテーマパークなのである。
何より素晴らしいのは、学院にはハイドが「モブ」として紛れ込むためのシステムが完璧に整っていることだ。教室では当然、窓際の一番後ろの席(通称:主人公席、あるいはモブ席)を陣取る。実技試験では卓越した魔力コントロールを用いて「わざと」手を抜き、常にクラスの平均点をキープする。周囲の貴族どもからは「ただの凡人」と見下され、鼻で笑われるのだ。
だが、その真髄は日常が崩壊した瞬間にこそ発揮される。
学園が謎のテロリストに占拠され、ヒロインが絶体絶命のピンチに陥ったその時! いつもの冴えないハイドは姿を消し、代わりに漆黒のコートと仮面を身に纏った謎の強者が、圧倒的かつ絶望的な力で敵を蹂躙し、彼女を助けに入るのだ……!
「くぅ〜ッ! 想像しただけで最高じゃないか!! これぞ至高のギャップ、究極の陰の実力者!!」
興奮で打ち震える体を抱きしめながら、ハイドは一人、薄暗い部屋で歓喜の声を上げた。
目指すは王都にある由緒正しき魔術学院。そこで巻き起こるであろう数々の陰謀と、憎き元仲間たちへ繋がる情報の糸口、そして新たな『陰の実力者伝説』の幕開けに、彼は胸を躍らせるのだった。




