第21話 『プロローグ』陰の実力者の元仲間たちは確かめたくて
王国の辺境に位置する、かつては栄えた商業都市の一角。
夜の帳が下りたその街の高級宿の一室で、三人の女性がワイングラスを囲んでいた。
彼女たちの名は、セクス、セプタ、そしてクイン。
かつて、アテル(ハイド)の仲間たちでもあったが、彼を手にかけ、今では王国の陰の支配者「七極」として君臨する者たちでもあった。
「……ねえ、本当にそれ、裏のとれた話なの?」
重い沈黙を破ったのは、セクスだった。彼女の声音は、わずかに、しかし確実に震えていた。
向かい側に座る魔術師のクインが、グラスをガタガタと揺らしながら、震える唇を開く。
「間違いないわ……。例の『聖域』で起きた事件よ。王国の精鋭軍と、数千の盗賊たちが激突したって話、軍はすでに盗賊たちを制圧して頭目も捕らたそうよ」
「ふぁ……当然の結果じゃないのぉ……? あんな烏合の衆、王国軍の敵じゃないでしょ……」
大きな欠伸を噛み殺し、眠い目をこすりながらセプタが鼻で笑った。だが、その表情にいつもの気怠げな余裕はない。セクスは険しい顔のまま首を横に振った。
「問題は、その現場の様子よ。……盗賊がアジトにしていた古代遺跡は、凄まじい『破壊の跡』に覆われていたらしいの。王国の高位魔術師たちが総力を挙げてもああはならないわ。まるでガラス細工のように木端微塵に粉砕され、中心にあったはずの『初代聖女の聖杖』は影も形も消え去っていたって……!」
「馬鹿な……っ!」
セプタが、テーブルを激しく叩いた。眠気にトロンとしていた目は限界まで見開かれ、その美しい顔には隠しきれない恐怖の色が張り付いている。
「あ、あの聖杖は、私たち『七極』でも抜けなかったのよ……!? 生半可な魔力じゃ不可能だわ! 一体どんな……」
「しかも、囚われた盗賊の頭目……ザイードの様子が異常なのよ」
クインが青ざめた顔で言葉を継ぐ。全身の骨を砕かれながらも奇跡的に生還したというその男は、廃人同然の虚ろな目で、うわ言のようにこう繰り返していたというのだ。
『魔法じゃねぇ……あいつは、正体の分からない、得体の知れない理不尽そのものだ……』と。
クインは両手で自分の顔を覆い、恐怖で鳥肌の立った腕を強く抱きしめた。
あんな異常なことができるのは、彼しかいない――。
自分たちが、かつて「もうお前の力は必要ない」と冷酷に切り捨て、すべてを奪って見捨てたはずの少年、アテルの姿が脳裏によみがえる。
そんなはずはない、彼は死んだ……はずだ。
だが、その時にアテルが残した「いつか、すべての報いを受けさせてやる」という冷たい瞳の呪縛は、今も彼女たちの心の奥底に深く突き刺さったまま抜けていない。
「まさかぁ……アテルが、生き延びていたっていうのぉ……?」
セプタが乾いた笑いを漏らした。無理やりいつもの気怠い調子を取り繕おうとしているが、その目は全く笑っていなかった。
「――本当に、私たちは『殺しきれた』と言えるの?」
クインの冷徹なツッコミに、セプタと言葉を失ったセクスは息を呑んだ。
「考えてもみなさいよ。あの凄まじい破壊の跡と、聖杖の消失を」
背筋を這い上がる悪寒に、三人の女性たちは一斉に震え上がった。
彼女たちが栄光を掴み、国中から持て囃され、どれだけ富と権力を手に入れようとも、心の底から消え去ることはなかった「恐怖の亡霊」。
もしも、あの時捨て去ったはずの少年が、数年の沈黙を経て、底知れぬ「怪物」となって牙を研ぎ澄まし、自分たちの背後にまで迫ってきているとしたら――?
「……探さなきゃ」
クインは震える手でワイングラスを口元に運び、血の気のない顔で呟いた。
「何をよ?」
「アテルの生死を……。もし本当にあいつが生き返り、私たちの前に復讐のために現れたとしたら……今の私たちじゃ、一瞬でひねり潰される。……あの『怪物』の足音が、もう私たちのすぐ後ろまで聞こえている気がするのよ」
窓の外では、冷たい夜風が教会の鐘の音を遠くから運んできている。
彼女たちは、今や見えない恐怖に怯えるただの囚人と化していた。
彼女たちがどれほど怯え、震え上がっていようとも、その頃の本人は――。
「くしゅっ! ……ん、誰か噂でもしてるのか? いや、夜風が冷えてきただけか……。ふぁぁ……さて、家に帰って寝よっと」
森の木陰で盛大にくしゃみをしつつ欠伸を零しながら、次の日の「平穏なモブ生活」に思いを馳せていることなど、知る由もなかったのであった。




