第20話 見習いの聖女は訴えたくて
ハイドが風のように去った後。
廃教会の地下に隠されていた薄暗い聖域の洞窟の中に残されたシルヴィは、足元に転がった『聖杖』と、彼が消えた方向を交互に見つめながら、しばらくの間ポカンと立ち尽くしていた。
「……また会えるよね」
真の聖女にしか抜けないはずの、王国の命運を握る伝説のアーティファクト。それを、あろうことか大根でも抜くように「ふんっ」とスポッと引き抜き、床に滑らせ、彼女に押し付けてきた不審な黒コートの男。
だが、理不尽なまでに強く、そして優しかった。
幼いシルヴィの頭では到底処理しきれない異常事態の連続だったが、一つだけ確かなことがあった。このまま、この王国最高の宝物であり大切な杖を、こんな無防備な場所に放置しておくわけにはいかない。
「よい、しょっと……!」
シルヴィは小さな両手で、自分の背丈ほどもある聖杖の柄をしっかりと握り締め、胸に抱え込んだ。
不思議なことに、見た目の重厚さに反して杖はふわりと羽毛のように軽く、シルヴィの体を温かな光で包み込んでくれるような感覚があった。彼女は怯える心を奮い立たせ、母親が待つ王国軍の本営を目指して、洞窟の入り口へとトテトテと歩き出した。
一方その頃、洞窟の麓に設営された王国軍のテント内は、お通夜のような、いや地獄のような重苦しい空気に包まれていた。
「まだ、見つからないのか!」
苛立ちを隠せない騎士団長が、机をバンッと叩く。
「も、申し訳ありません。未だ発見には至っておりません」
そんな一触即発のテントに、突如として場違いなほど清らかで、目を焼くような神々しい光が差し込んだ。
「お母様、ただいま戻りました」
テントの幕を開け、ひょっこりと顔を出した銀髪の少女。
その瞬間——テント内にいた騎士団長、高位魔術師、護衛の兵士たち、そして母親の全員が、落雷に撃たれたように完全にフリーズした。
彼らの視線は、シルヴィの愛らしい顔にではなく、彼女が小さな腕に抱えている『圧倒的な神々しさを放つ巨大な杖』に完全に釘付けになっていたからだ。
「……は?」
歴戦の猛将として知られる騎士団長の口から、ひどく間抜けな声が漏れた。
「シ、シルヴィ……? あ、あなた、それ、その手に持っているのは……まさか……!?」
母親が震える指で、その光の塊を指差した。
「ええ、聖域の奥にあった聖杖よ。置きっぱなしだったから、持って帰ってきたの」
「なっ……!?」
次の瞬間、テント内が爆発したかのようなパニックと狂騒に包まれた。
無理もない。彼らの常識では、「真の聖女の魂にのみ呼応し、何人たりとも引き抜けない」のが聖杖である。つい先ほど、軍の総力を挙げてもミリ単位すら動かなかった絶対の奇跡。
それを、十歳にも満たない少女が、まるで「その辺の森で綺麗なお花を摘んできました」といった軽いノリで持ち帰ってきたのだ。
「き、奇跡だ……! 血脈だ! 聖女様の純潔なる血脈が、あの奇跡の杖を継承させたのだ!」
「おおおっ! なんという神々しい光! まさしく本物! この少女こそが、真の聖女の器だったのだ!」
狂喜乱舞し、涙を流しながらシルヴィに向かって一斉に平伏し始める王国軍の上層部たち。
しかし、周囲の異様な熱狂の中、シルヴィだけは困惑し、首をコテッと傾げながら爆弾発言を投下した。
「えっと……ちがうよ? 私は拾っただけで、抜いたのは私じゃないもん。黒いコートを着た、すっごく強くて優しいお兄さんが、スポッて抜いて投げてよこしたの」
しかし、熱狂の渦に飲まれた大人たちの耳に、その言葉は全く届いていなかった。
「おお……なんという謙虚さ! 神の奇跡を前にして驕らぬその心、まさに聖女!」
「万歳! 聖女シルヴィ様、万歳!」
こうして、少女の切実な訴えは、今日もまた大人たちの都合の良い解釈によってかき消されていくのだった。




