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第19話 陰の実力者に憧れて

廃教会の片隅。先ほどの常軌を逸した蹂躙劇を、鉄格子に囲まれた檻の中から息を呑んで見つめていたシルヴィがいた。


絶対的な力を持っていたはずの盗賊の頭が、文字通り手も足も出ずにひねり潰される光景。それはシルヴィにとって恐怖の対象ではなく、むしろ絶望の淵から自分を掬い上げてくれた、神の雷にも似た苛烈で神々しい救済劇に映っていた。


「あ、あの……!」


ザイードが完全に沈黙し、黒コートの人物が踵を返そうとした瞬間、シルヴィはたまらず震える声で呼び止めた。


(……ん?)

ピタッ、と。ハイドの足が不自然に止まる。


(ヤッバ。ボスの蹂躙とドヤ顔のセリフ回しに夢中になりすぎて、人質が捕まってること完全に忘れてたァァァッ! 一部始終を見られてたじゃん! いや待て、落ち着け俺。ここは冷静に対処するんだ!)


フードの下で滝のような冷や汗を流しながら、ハイドはゆっくりと振り返った。ハイドの放った衝撃波の余波で歪んだ檻から抜け出したシルヴィが、おずおずと近づいてくる。


「助けていただいて、本当にありがとうございます……! あなたは一体、何者なのですか? せめて、お名前だけでも教えてください!」


月光に照らされたシルヴィの瞳は、純粋な憧憬と好奇心でキラキラと輝いている。これ以上ないほどのお約束の展開に、ハイドの脳内で緊急の『影の実力者会議』が開催された。


(名前を名乗る? 『通りすがりの影さ』とか? いや、ベタすぎる。『深淵を歩む者……』いや、中二病っぽくて後で絶対布団の中でジタバタするやつだ! ていうか、そもそも本物の影の実力者は、こんなところでペラペラ自己紹介なんてしないのでは!?)


ハイドの脳裏に、かつて思い描いた理想のシチュエーションが閃く。


——恩着せがましく感謝を受け取らない。

——素性は一切明かさず、ただ謎だけを残す。

——無駄口を叩かず、ただ己の背中でのみ語る。


(これだ! ペラペラ喋るなんて三流のやることだ。ここは……そう、『沈黙』! 一切を語らず、謎めいた強者として夜の闇に消える! これこそが至高の影の実力者ムーブ!!)


決断を下したハイドは、一言も発することなく、ただ静かに顔を半分だけシルヴィの方へ向けた。フードの奥の瞳は暗闇に沈み、一切の感情を読み取らせない。


「……」


ただ、ハイドは「フッ」と鼻で小さく笑うような息を吐いた。

そして、微弱な風魔法を密かに発動させ、バサァァァッ! と計算し尽くされた完璧な角度で黒コートを大げさに翻すと、崩れかけた教会の出入り口へと歩みを進めた。


(くぅ〜ッ! 今のコートの翻り方、絶対100点満点だった! 風の計算も完璧! 俺、今めちゃくちゃミステリアスでクール!!)


内心では歓喜のサンバを踊り狂いながらも、外見はあくまで冷徹な孤高の強者を演じきり、ハイドは夜の闇へと姿を消していった。


残されたシルヴィは、ハイドの背中が見えなくなっても、なおその場に立ち尽くしていた。彼女の頬は熱く紅潮し、胸の奥でかつてないほどの激しい感情が燃え上がっていた。


「名乗るほどの者ではない、と……? 私からの感謝など求めていない、と……?」

シルヴィの脳内で、ハイドのただのテンパり&中二病の沈黙は、信じられないほどの超解釈を受けていた。


「『言葉で語る暇があるなら、己の力で高みへ登れ』……。あの無言の背中は、非力な私にそう厳しく語りかけていたのですね……!」

勝手な解釈で感動の絶頂に達したシルヴィは、両手を胸の前で強く握りしめた。


「決めました。私、強くなります! いつか、あなたのように……言葉ではなく、圧倒的な実力で語れるような、真の強者に……!!」


誰もいない廃教会で、箱入り娘の場違いなほど熱い誓いが響き渡る。

こうして、裏社会を震え上がらせる伝説の誕生の裏で、一人の少女が謎の勘違いによって修羅の道を歩み始めることになったのである。


一方その頃、教会から少し離れた暗い森の中。


「痛ッ!? ちょっ、木の根っこに足引っかけた……! 泥跳ねたし! 誰にも見られてないよね!?」


完璧な退場を決めた直後に無様にすっ転んだハイドの情けない声が、闇夜に虚しく吸い込まれていった。

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