第18話 絶体絶命のピンチ? いいえ、最高のロマン(シチュエーション)です!
ザイードは歓喜と狂乱の叫びを上げた。祭壇の奥に鎮座する『封魔の結界石』が放つ青白い光が、漆黒のコートを纏うハイドの姿を冷ややかに照らし出す。
その光を浴びた瞬間、ハイドの体から立ち昇っていた底知れぬ魔力の気配が、まるで陽炎が強風に吹き飛ぶかのように霧散していくのが目に見えた。
「ハハハハッ! 魔力は完全に消え去ったぞ! いかに貴様が規格外の魔術師であろうと、ただの人間に成り下がった今、俺には絶対に勝てん!」
ザイードは確信に満ちた下劣な高笑いを響かせながら、自身の切り札を展開した。
「見よ! この『剛鬼の重鎧』はあらゆる物理攻撃を完璧に反射し、この『閃刃の魔剣』は触れたものを問答無用で塵へと変える! 終わりだ、正体不明の化け物ォ!」
ザイードは不気味な紫色のオーラを放つ魔剣を上段に構えた。鉛のように重く分厚い鎧がガシャガシャと耳障りな金属音を鳴らし、彼の筋肉に合わせて不気味に脈動する。
次の瞬間、彼は床の石畳を粉砕するほどの強烈な踏み込みで、猛然とハイドに向かって突進した。
魔法が完全に封じられた空間において、絶対的な防御と即死の攻撃を併せ持つザイード。この戦いの結末は誰の目にも明らかであり、勝負は一瞬で決まるはずだった。
(うおおおおおッ! キタキタキタァ! ボスの第二形態! しかも『物理反射』に『即死攻撃』とか、設定モリモリで最高じゃん! これだよ、これこそが俺の求めていた最高の舞台だ!)
「死ねェェェッ!」
ザイードの咆哮と共に、触れれば塵となる魔剣がハイドの脳天めがけて振り下ろされた。空気を裂く凄まじい斬撃。
しかし、ハイドは動じない。刃が頭頂部に触れるほんの数ミリ手前。彼はスッと半歩だけ右へズレた。
「なにッ!?」
完全に捉えたはずの必殺の一撃が空を切り、石畳を大きくえぐる。体勢を崩しかけたザイードに対し、ハイドはポケットから手を出さないまま、空いている右足の爪先で、魔剣の『刃の側面』を軽く小突いた。
キィィィンッ! という澄んだ音が響き、ザイードの巨体がコマのように回転して吹き飛ばされる。
(『触れれば塵になる』って言っても、それは刃先の魔法効果だろ? 側面に純粋な物理的ベクトルを叩き込めば、ただの脆い剣にすぎない。物理法則を舐めすぎだ)
ハイドにとって、魔力など数ある手札の一つに過ぎない。彼の真の恐ろしさは、魔法を一切使わなくとも、極限まで鍛え上げられた武術の練度と、生物の限界を凌駕する理不尽な身体能力にあるのだ。
「ぐ、おおおッ! ちょこまかと……ならばッ!」
激高したザイードは、重鎧のブースター機構を作動させ、常人には不可視の速度で連続攻撃を繰り出した。袈裟斬り、突き、薙ぎ払い。全方位から襲い掛かる即死の刃の嵐。
だが、ハイドの動きは狂気の沙汰だった。
右へ、左へ、あるいは上体だけを反らして。全ての斬撃を紙一重(ミリ単位)で躱し続ける。剣先が漆黒のコートの毛先一本すら掠めない。まるでハイドだけが違う時間の流れを生きているかのような、圧倒的で優雅な回避行動だった。
「ゼェ、ハァ……! な、なぜ当たらん! 貴様、本当に魔法を封じられているのか!?」
「……剣術の基本すらなっていない。欠伸が出るな」
冷酷な声とともに、ハイドはついに右手をポケットから引き抜いた。
「ふざけるな! 俺に攻撃すれば『剛鬼の重鎧』がその衝撃を倍返しにする! 貴様は手出しできないはずだ!」
「……反射、か。ならば試してみる価値はあるか」
ハイドは無造作に歩み寄り、ザイードの分厚い胸当てに向かって、軽く右拳を突き出した。
ドスッ、という鈍い音。直後、ハイドの腕に強烈な反発力が襲い掛かる。常人なら腕の骨が粉砕されるほどの反射ダメージだ。
しかし、ハイドは表情一つ変えずにその衝撃を筋力だけで相殺し、ニヤリと口角を上げた。
「なるほど。確かに跳ね返ってくるな。だが——**器の底が浅すぎる**」
次の瞬間、ハイドの姿がブレた。
ドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!
教会の空気が悲鳴を上げた。ハイドの拳が、一秒間に数百発という機関銃のような連打となって重鎧に叩き込まれたのだ。鎧が光り輝き、必死にダメージを反射しようと駆動音を上げる。
(物理反射? ああ、確かに便利な能力だ。だが、アーティファクトの限界許容量を遥かに超える常識外れの質量を叩き込めば、反射の処理が追いつかずにキャパオーバーでぶっ壊れるに決まってるだろ!)
「ギ、ギィィィ……ガガガガッ!?」
限界を超えた鎧から煙が吹き出し、亀裂が走り始める。そして——。
「これで終わりだ」
ハイドは、最後の一撃として、ただの『前蹴り』を放った。
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!!!
大砲の直撃でも受けたかのような圧倒的な破壊音が響き渡る。鎧の反射機構は完全に沈黙し、くっきりと『靴の裏の形』にひしゃげた致命的な亀裂と共に砕け散った。
「あ、が……ッ!?」
強烈な衝撃に内臓を掻き回され、大量の鮮血を吐き出しながら、ザイードは教会の石畳をボロ雑巾のように数十メートルもバウンドして転がっていった。
「あ、あばば……ひゅ、ひぃ……」
吹き飛ばされたザイードは祭壇に激突。その凄まじい衝撃の巻き添えを食らい、国宝級のアーティファクトである『封魔の結界石』が、甲高い音を立てて粉々に砕け散った。
全身の骨を砕かれ、もはや指一本動かせないザイード。瓦礫の山に埋もれた彼の瞳には、完全なる未知への恐怖と、己の常識を粉砕された圧倒的な絶望だけが深く刻み込まれていた。
ハイドはゆっくりと歩み寄り、倒れ伏すザイードを見下ろす。背後には砕けたステンドグラスから差し込む冷たい月光。計算し尽くされた、一枚の絵画のように完璧な立ち位置だ。
彼はわざとらしく、限界まで低く、そして底冷えのする冷酷な声を作って呟いた。
「……貴様のちっぽけな理など、我が前では塵芥に等しい。這いつくばり、この恐怖を闇夜に語り継ぐがいい」
(くぅ〜ッ! 決まった! 圧倒的な実力差を見せつけてからの、あえて生かして恐怖を植え付けるこのムーブ! 今日の俺、最高に輝いてるわ!)
内心で全力のガッツポーズを決め、見えない観客からのスタンディングオベーションを浴びる自分を想像しながら、ハイドは黒コートをバサリとこの世の何よりも美しく翻した。
あとに残されたのは、絶対的な死の恐怖に震え続けるザイードと、裏社会の歴史に永遠に語り継がれるであろう『正体不明の化け物』の理不尽な爪痕だけであった。




