第17話 影の実力者はムーブをキメたくて自ら縛りプレイに挑んでしまう
ーー廃教会の分厚い正面扉が、爆発する少し前
外の暗闇の中、黒コートを翻す『ハイド』は、冷たい海風を浴びながら廃教会の様子を冷ややかに、しかし内心ではひどくウキウキとした気分で観察していた。
(なるほど、『封魔の結界石』か。確かに教会周辺の魔力が完全に沈黙している。……まあ、結界の範囲外から超弩級の質量魔法をブチ込んで、この断崖絶壁ごと地形を消し飛ばせば、あんな石ころは足場ごと崩落して簡単に無効化できるんだけど)
ハイドはいつもなら、一切姿を見せることなく、遠距離からの理不尽な範囲攻撃で対象を文字通り「フルボッコ」にして任務を完了する。
今日もそのつもりだった。だが、ハイドの脳裏にふと、ある魅惑的なシチュエーションが閃いたのだ。
(待てよ? ここでただ地形ごと潰したら、『天災で崖が崩れた』と思われるだけじゃないか?
それじゃあダメだ。
俺が目指すのは至高の『影の実力者』! 圧倒的な絶望を与えた上で、あえてボスの命だけは生かして逃がす。そして裏社会の連中に「正体の分からない、得体の知れない化け物にやられた……」と震えながら語らせる……ッ! これだ、これこそが俺の求めていた完璧な影の実力者ムーブ!)
己のロマンに火がついたハイドは、あえて魔法を封じられた空間に自ら足を踏み入れ、正面から堂々と姿を現すことにしたのだ。
結界内に入れば、当然ながら魔法は使えない。常人であれば自殺行為に等しい選択だが、彼にとっては「強者のハンデ」という極上のスパイスでしかない。
そして現在。
月明かりに照らされた廃教会の扉が突如として派手に粉砕された。
これは魔法ではない。彼がただ、純粋な膂力だけで分厚いオーク材の扉を蹴り破っただけだ。
降り注ぐ色とりどりのステンドグラスの破片の中、吹き込む夜風によって計算し尽くされたかのような見事なはためきを見せる漆黒のコート。背後に満月を背負い、まるで世界そのものを俯瞰するような傲慢な立ち姿で、ハイドはゆっくりと祭壇に着地した。
「闇に紛れし愚者よ……」
ハイドは、考え抜いた(そして何度も鏡の前で練習した)最高に中二病全開の低い声で、ゆっくりと口を開いた。
「お前の命脈は、今宵の月よりも短いと知れ」
「お、お前は……!」
祭壇の奥で、豪奢な椅子に腰掛けていた大柄な男——裏社会を牛耳る闇ギルドの幹部、ザイードが目を見開いた。だが、侵入者が単独であること、そしてこの場に満ちている絶対的な「優位性」を思い出し、すぐさまその顔に下劣な笑みが浮かぶ。
「驚かせやがって……! どこから嗅ぎつけたかは知らんが、たった一人で乗り込んでくるとは愚かな奴め! 貴様がどれほどの魔術師かは知らんが、ここは国宝級のアーティファクト『封魔の結界石』の効果範囲内だ! いかなる高位の魔術師であろうと、ここではただの貧弱なカカシにすぎん!」
(キタキタキタァァァッ!! これだよ、これ!)
絶体絶命の危機。しかし、ハイドは内心で歓喜のサンバを踊り狂っていた。
敵が己の絶対的優位を確信しているこの瞬間。ここから、彼のちっぽけな常識を理不尽な力で粉砕し、絶望のどん底へと叩き落とす。それこそが『影の実力者』の最大の醍醐味なのだから。
殺気が最高潮に達し、ザイードが勝利を確信して醜い笑い声を上げようとしたその時——。
ハイドは表面上は微塵も表情を変えず、ただひたすらに哀れむようなため息を一つこぼした。
「……結界、か。井の中の蛙は、空の高さはおろか、深淵の暗さすら知らないらしい」
チャキッ、と。
鯉口を切る微かな音が、死の静寂に包まれた教会内に、ひどく冷たく響き渡った。




