第15話 (な、なんだこれ!? 誘拐!? 監禁!?)
ぱちん、と目が覚めた。
「……痛ッ!?」
後頭部に走る鈍痛に顔をしかめながら、ハイドはゆっくりとまぶたを開けた。
視界に広がったのは、見慣れた自宅の天井……ではなく、薄暗い地下室のような空間だった。
さらに最悪なことに、自分の体は頑丈な木の椅子に座らされ、腕から足先まで、これでもかというほど極太のロープでぐるぐる巻きに縛り上げられている。
(な、なんだこれ!? 誘拐!? 監禁!?)
ハイドは混乱する頭を必死に回転させた。
(落ち着け、俺。気配も殺気も一切読ませず、この最強の『影の実力者』である俺の背後を取って一撃で沈めるなんて……只者じゃない。王国軍の暗殺部隊か? いや、それともあの盗賊団の裏に潜む真の黒幕か!?)
どんな拷問にも耐え抜く覚悟を決め、ハイドが鋭い視線を暗闇に向けた、その時。
ギィィ……。
重たい木の扉が開き、ランタンの灯りと共に『凶悪な犯人』が姿を現した。
「あ、ハイド。目が覚めた?」
「……は?」
そこに立っていたのは、花柄の可愛らしいエプロンを身に着け、片手に木のお玉を持った村の幼馴染――セリアだった。
満面の笑みを浮かべる彼女のもう片方の手には、見事に底が丸くへこんだ愛用の鉄フライパンが握られている。
「お、お前……! セリア!? そのフライパン、まさか……!」
「ええ。ごめんね、ハイド。あんまり強く叩くと可哀想だから、峰打ち(?)にしておいたんだけど……痛かった?」
「フライパンに峰もクソもあるか!! ていうか、なんで俺は縛られてるんだ!?」
ハイドの悲鳴に近いツッコミに、セリアはフライパンをコトリと置き、両手で自分の頬を包み込んでうっとりとしたため息をついた。
「だって、心配だったんだもの。今日、村に王国軍の偉い人たちが来てたでしょ? なにかすっごく凶悪で恐ろしい化物を探してるって……!」
(それ俺ぇぇぇ!!)
「そんな物騒なヤツがうろついてるのに、ハイドったら裏口からコソコソ外に出ようとするんだもん! ハイドみたいなどこにでもいる『か弱い村人A』がそんな化け物と鉢合わせたら、一秒で命がないわ!」
セリアの瞳に、少しだけヤバめのハイライトが宿る。
ハイドの超感覚が彼女から一切の『殺気』を感知できなかった理由。それは、彼女の不意打ちが100%純粋な『ハイドへの過保護すぎる愛情』から来るものだったからだ。
いかなる最強の暗殺者も、幼馴染の愛の重さ(物理)には勝てなかったらしい。
「だからね、私が決めたの。ハイドは私がこの地下室で、一生安全に守ってあげるって。食事も全部私が作ってあげる。外の危険な世界なんて見なくていいの。ふふっ、これならずーっと一緒だね!」
(あかん、これ完全にヤンデレの監禁ルート入った!!)
ハイドは血の気が引くのを感じた。
このままでは、平穏なモブ生活どころか、地下室から一生出られないバッドエンド直行である。それに、今すぐあの砦に行って盗賊の頭目を黙らせないと、王国軍に捕まってしまう。
「せ、セリア! 気持ちは嬉しいけど、俺は畑の雑草抜きに行かなきゃ……!」
「ダメよ。雑草よりハイドの命の方が大事だもん」
「トイレ! トイレ行きたい!」
「しびん、用意してあるわ!」
「準備が良すぎる!!」
一切の隙を見せないセリアに、ハイドは絶望しかけた。だが、彼女は凄腕の暗殺者ではなく、あくまで普通の村娘である。
コトコトコト……。
その時、上の階から鍋が吹きこぼれるような音が聞こえてきた。
「あ、いけない! 特製スープが焦げちゃう!」
セリアがハッとして振り返る。
「すぐ戻ってくるから、大人しく待っててね。大丈夫、そのロープは村の漁師のおじさんに教わった絶対に解けない結び方だから……」
パタン、と扉が閉まり、セリアの足音が階段を駆け上がっていく。
「……」
静寂が訪れた数秒後。
ボキボキボキッ!!
ハイドは一切の躊躇なく自身の両肩と手首の関節を外し、軟体動物のような動きでスルリと極太ロープの山から抜け出した。
「ふぅ……関節の構造を無視すれば三秒で抜けられる。ダテに影の実力者を志してないっての」
外れた関節をバキバキと元に戻しながら、ハイドは手早く部屋の隅にあった麻袋と丸太を椅子に乗せ、先ほどのロープを被せて『ハイドの身代わりダミー』を錬成した。
(悪いな、セリア。お前の手料理は惜しいが、俺には守らなきゃならない『平穏な日常』があるんだ!)
ハイドは漆黒のマントを翻し、小さな天窓から影のように外へと滑り出た。
その直後、スープの入ったお椀を持ったセリアが戻ってくる。
「お待たせハイド! あーっという間に熱々のスープを……って、あれ?」
椅子の上には、不自然にロープが巻かれた丸太がぽつんと置かれていた。
ガシャアン!!
手から落ちたお椀が割れ、熱々のスープが床にぶちまけられる。
「……ハ、イ、ドォォォォォォォッ!!?」
地下室から響き渡る幼馴染の絶叫に、全力疾走で村を離れるハイドの背筋がヒュッと凍りついた。
(あの盗賊より、セリアに見つかる方が絶対にヤバい!!)
王国軍、勘違いする盗賊、そして愛が重すぎる幼馴染。
次々と増える理不尽な追手(?)から逃れるため、ハイドは半泣きになりながら、人質の待つ廃砦へと爆走していくのであった。




