第12話 スポンッ!!! 聖女にしか抜けない聖杖? ああ、これのこと?
ハイドは隠密スキルと持ち前の驚異的な身体能力をフル活用し、切り立った崖の裏側から聖域の内部へと侵入した。
外では今この瞬間も、王国の正規軍と盗賊連合による血で血を洗う激しい攻防戦が繰り広げられている。剣と剣がぶつかり合う甲高い金属音や、魔法兵が放つ爆炎の轟音が遠くで地響きのように鳴り続けている。
しかし、ハイドが進む遺跡の中心へと続く暗い洞窟の道は、不気味なほど静まり返っていた。足音一つ、気配一つ立てずに影から影へと滑るように移動していく。
「警備ザルすぎだろ……。まあ、入り口の防衛戦で手一杯ってとこか」
誰もいない回廊を抜けながら、ハイドの口元は自然と吊り上がっていた。
「お宝、お宝……金貨の山か、それとも伝説の魔導具か、はたまた古の魔導書か……」
胸を躍らせながら洞窟の最奥部へと辿り着いたハイド。しかし、重厚な石の扉を押し開けた彼の目に飛び込んできたのは、期待していたような金銀財宝の山ではなかった。
そこは、広大な古代遺跡の中心部。
天井に空いた巨大な大穴から、真っ直ぐに差し込む月光が、澄み切った地下泉の水面をキラキラと神秘的に反射している。そして、その泉の中央に設けられた大理石の台座に、それは静かに安置されていた。
「……なんだ、これ?」
ハイドの目が、その物体に釘付けになる。
台座を覆う硬い岩盤に、深々と突き刺さった一本の杖。
純白の柄には複雑で古めかしいルーン文字がびっしりと刻まれ、先端に鎮座する巨大な水晶からは、暗い洞窟を昼間のように照らし出すほど、清らかで強烈な光が放たれている。
それこそが間違いなく、王国が血眼になって守り抜こうとしている伝説のアーティファクト――初代聖女が巨大な魔を討ち払ったとされる『聖杖』であった。
「真の聖女の魂にのみ呼応し、何人たりとも引き抜くことはできない」という絶対の伝説を持つ、神聖なる力の象徴。
現在、王都にいる『聖女』がこれを引き抜けないことが世間にバレれば、王国の威信は失墜し、聖女教会の権威も地に堕ちる。だからこそ、王国上層部はこの事実を隠蔽するために、多大な犠牲を払ってでもこの聖域を封鎖し、今回の盗賊たちとの大戦争を引き起こす直接的な原因となった元凶である。
しかし、そんな国家の存亡に関わる重大な事情など、ただの村人(兼・影の実力者志望)であるハイドが知る由もない。
彼は光り輝く聖杖の前まで歩み寄ると、顎に手を当てて、まじまじとその造形を観察した。
「ふーん……。換金できそうなお宝じゃないのは残念だけど、この無駄に神々しい光り方といい、岩にガッツリ突き刺さってるシチュエーションといい……『選ばれし者感』の演出アイテムとしては悪くないな」
彼の脳内で、新たな中二病のシナリオが猛スピードで構築されていく。
(光の象徴たる王国の軍勢、そして闇の象徴たる盗賊連合。その両者が死闘を繰り広げ、互いに疲弊しきった絶望の戦場……。そこに突如として、この光り輝く杖を手にした『謎の影(俺)』が空からふわりと舞い降りる……! そして一言、『光も闇も、この大いなる力の前には無力』とか低い声で言っちゃうわけだ! くぅ〜っ、最高にクールじゃないか!)
ハイドは軽い足取りで大理石の台座に飛び乗ると、岩に突き刺さった聖杖の柄へと、極めて無造作にその手を伸ばした。
伝説によれば、この聖杖は「真の聖女の魂にのみ呼応し、何人たりとも引き抜くことはできない」とされている。王国中枢の高位魔術師たちが束になって呪文を唱えてもビクともせず、屈強な重戦士たちが力任せに引いても微動だにしない。まさに神の意志を体現するような、絶対的な不可侵の結界が幾重にも張られているのだ。
だが、ハイドの脳内にはそんな知識や事情は1ミリも存在しない。
「んいっ……しょっと!」
**スポンッ!!!**
まるで、秋の収穫祭でよく育った大根を引き抜くかのような、ひどく間の抜けた軽快な音が洞窟内に響き渡った。
「おお、意外と軽いな。しかも手によく馴染む」
拍子抜けするほどあっさりと抜けた聖杖を片手に、ハイドはご機嫌な様子でクルクルとバトンのように杖を回し始める。
「いいね、この重量感。先端のクリスタルがブンブン唸ってて、いかにも『俺、伝説の武器です!』って自己主張が激しい。これから外の連中を驚かせるにはピッタリのアイテムだ」
数百年ぶりに台座から解放された聖杖自身が、本来の主ではない規格外の持ち主に握られ、戸惑うように明滅していることなど、ハイドは全く気付いていない。
「さてと。それじゃあ、最高のタイミングで『影の実力者』として乱入してやりますか」
ハイドが聖杖を肩に担ぎ、意気揚々と出口へ向かって歩き出そうとした、まさにその時だった。
「……うそ、ありえない」
誰もいないはずの静寂な地下空間に、震えるような声が響いた。
ハイドが足を止め、声のした方――洞窟の入り口の暗がりへと視線を向ける。
そこには、息を切らし、信じられないものを見るような目で硬直する一人の少女、シルヴィの姿があった。




