第8話:公開対決、光る偽物と黙る本物
競売には、古い決まりがある。
落札者は、引き渡しの前にその場で品を検分し、異議があれば「鑑定異議」を申し立てられる。異議が通れば取引は白紙。通らなければ、落札者は値の一割を詫び金として払う。
迎賓館の検分室には、競売の立会人と、主立った客が詰めかけていた。金貨三千枚の目玉商品の検分を、見届けたい野次馬たちだ。
検分卓の上、『暁の紅玉』。
その前に、宵闇色のドレスの鑑定士が、膝を折って座る。
「ごきげんよう。……ようやく、お近くでお会いできましたわね」
石に挨拶し、ぱちりと白手袋。会場の後方で、誰かが忍び笑いをした。例の挨拶癖。けれど笑い声は、続かなかった——彼女の検分が、始まったからだ。
ルーペ。光源。角度を変え、息を整え、長い、長い沈黙。
やがて、ノエリアは顔を上げた。
「夜天商会は、本品に鑑定異議を申し立てますわ」
検分室が、爆ぜた。
「異議だと!?」「グランツ商会が保証した品だぞ」「光ったのを全員が見た!」
保証人として呼び出されたペルラは、扇を握りしめて立っていた。頬は薔薇色のまま、けれど目だけが笑っていない。
「……姉さま。冗談がすぎますわ。その石が偽物だとでも?」
「ええ。——よくできた、合成石ですわ」
「根拠は!? 光をご覧になったでしょう、あの七色の」
「光は、根拠にはなりませんの」
ノエリアは、検分卓の上に、するすると道具を並べた。
「皆さま、お近くへ。眼ではなく、証拠をお見せいたしますわ」
第一に、研磨痕。
「本物の紅玉は硬い石ですから、研磨の刃は必ず特定の角度で入ります。古い東方の研磨なら、なおさら作法が決まっておりますの。——ですがこの石の面の磨り筋は、浅すぎますわ。柔らかい石を磨く角度。つまりこの石は、紅玉ほど硬くない」
第二に、内包物。
「天然の紅玉は、生まれるときに小さな傷や、絹糸のような筋を抱きますの。石の指紋ですわ。ルーペでご覧になって。……この石の中、どこまでも澄んで、何もない。何もないのは、無垢ではなく——人の窯の中で、急いで生まれた証ですわ」
第三に。
ノエリアは、石をそっと裏返した。
「そして台座。留めの爪を一本だけ外させていただきますと——ここ。台座の裏の縁に、刻印がございます」
立会人がルーペを覗き込み、読み上げた。
「……王冠の意匠に、槌がふたつ。それと数字——『〇六』?」
「王室御用達工房の検印ですわ。〇六は、施工年。……二十年前ですの」
検分室が、ざわりとした。東方の旧家所蔵のはずの石の台座に、なぜ二十年前の王室工房の検印があるのか。
「つまり、こういうことですわ」
ノエリアは、立ち上がった。
「この合成石は、二十年前、王室の何かの修復のために誂えられたもの。それが巡り巡って、来歴を雑に塗り替えられ、今夜ここに出てきた。——本物の『暁の紅玉』は、別のどこかに、今もございます」
「で、では、わたくしの鑑定が、偽物を本物と……?」
ペルラの声が、初めて揺れた。彼女はとっさに、懐の小さな飾り——手鏡のような何か——を握り直し、紅玉に翳した。
ぱあ、と七色の光。
「ご、ご覧なさい! 光って……光っておりますわ! 本物の証の——」
その光の膜の端が、ノエリアの眼の中で、ぎち、と軋んだ。ほんの刹那。濁りが、糸を引くように揺らいだ。
(——あなたのその光。石から出ておりませんわね、ペルラ)
けれどノエリアは、それを口にしなかった。確信のない鑑定は、口にしない。代わりに、静かに言った。
「光は、まばたきをいたしませんのね。……本物は、翳るからこそ、本物ですのに」
立会人の合議は、四半刻で終わった。
「——鑑定異議、成立。取引は白紙。本品は来歴の調査まで、競売会が保管する」
検分室を出るノエリアの背に、ペルラの視線が突き刺さっていた。憎しみと、それよりもっと幼い何か——うろたえた子どもの目が。
*
「見事だった」
帰りの馬車で、ルキウスが言った。彼にしては、長い賛辞だ。
「ですが、宿題が増えましたわ」
ノエリアは、写し取ってきた検印の拓本を見下ろした。
「二十年前。王室。修復。……公爵様。二十年前の王室に、大きな修復の記録はございまして?」
「ある」
ルキウスは、窓の外の夜を見たまま答えた。
「先々代の王太后が崩御した年。代替わりの儀のために、王家の宝物が一斉に手入れされた。……その目玉が」
「目玉が?」
「——『七耀の大宝冠』の、大修復だ」
七耀。
母のノートの文字が、稲妻のように頭を走った。
——暁の紅玉。七耀の冠の第一席。
光る偽物は退場。けれど本物の『暁の紅玉』は、ではどこに?
二十年前の「大修復」と、お母様のノート。物語の奥の扉が、軋みはじめましたわ。【ブックマーク】と【☆評価】で、続きの鍵をお願いいたします。




