第63話:姉さまの石は、いつも正直でした
姉妹は母の墓前で会った。
王都の外れの小さな墓地。母エリスの簡素な墓標の前に二人は並んで立った。断罪の夜会で引き裂かれてから、初めて。魔具の光も社交界の視線もない、ただの姉と妹として。
「……お母様」
ペルラが墓標に白い花を供えた。手紙の封に貼っていたのと、同じ白い花を。
「あたし、お母様が死んでから、ずっと姉さまが憎かったの」
彼女は、俯いたまま、絞り出すように言った。
「だって、姉さまにはお母様の眼が遺ったから。石を視る、あの眼が。あたしには何も遺らなかった。……だから、魔具の光にしがみついたの。姉さまが持ってる『本物』の代わりに、『偽物の光』で。姉さまを踏み台にすれば、あたしもお母様の娘だって、思えた」
*
「知って、おりましたわ」
ノエリアは、墓標を見たまま言った。
「あなたが、お母様の眼を欲しがっていたことも。持てなかったことに苦しんでいたことも。……わたくし、鑑定士ですもの。石の来歴だけでなく、時々、人の、いちばん深いところも、視えてしまいますの。視えても、言えませんでしたけれど」
ペルラの肩が、震えた。
「あたし、姉さまを石ころって、笑ったのよ。みんなの前で。いちばん大きな声で。……なのに、姉さまはあたしが手紙を出したら、来てくれた。あたしを守ってくれた。証言の場で、物証で、あたしの声を鎧ってくれた。……どうして? あたしなんか」
「石ころ、ね」
ノエリアはふと微笑んだ。
「あの蔑称、わたくし、嫌いではございませんのよ。だって——石ころだって、視る目のある場所でしか、輝きませんもの。あなたも同じですわ、ペルラ。あなたを値踏みして、捨てたのはお父様と、会頭さん。あなたを輝ける場所へ連れてこられなかった、だけですのよ」
彼女は妹の、痩せた肩にそっと手を置いた。
「あなたはもう借り物の光ではございませんわ。あなたの本当の声が会頭さんを落としましたのよ。魔具の光では決して、できなかったことを。——それはあなた自身の価値ですわ。誰にも借りていない」
*
ペルラの目から、堪えていたものが、堰を切って、あふれた。
泣いた。声をあげて。子どもみたいに。断罪の夜会でも、出奔の夜も、証言の法廷でも、決して見せなかった涙を、母の墓前で、姉の手のぬくもりの下で、ようやくこぼした。
「ごめん……なさい……姉さま……あたし、ずっとずっと……」
「ええ。ええ」
ノエリアは、泣きじゃくる妹の背を、そっと撫でた。
彼女自身の眼の奥も、熱く、滲んでいた。母を失って、勘当されて、独りだった歳月。妹に石ころと笑われた、あの夜。——すべてが、この、墓前の姉妹の涙に報われようとしていた。
けれど、ノエリアは涙を零さなかった。
堪えた。ここで泣いては、いけない。彼女の涙は、たった二度きり、と決めていた。母の無念を本当に晴らす日と、そして——もう一つの、いちばん幸せな日のために。今日はまだその日ではない。だから、彼女は妹のぶんまでしっかりと目を開けていた。
「姉さまの石は、いつも」
ペルラが涙の中で笑った。
「いつも黙ったままで。でも、いちばん正直でした。……あたし、やっと姉さまの妹に戻れた気がする」
「ええ。おかえりなさいペルラ」
姉妹は、母の墓前で長いことそうしていた。二十年前の雨が引き裂いた、家族のひとかけらが、ようやくもとの場所へ戻っていくように。
*
別れ際。
ペルラが、ふと思い出したように足を止めた。
「そういえば、姉さま。……あの、倉庫街であたしが見たもの。金庫の本物のことは、手紙に書いたけど。もう一つ、思い出したことが、あるの」
彼女は記憶をたぐるように言った。
「一度だけ、会頭のところに宮廷の偉い老人が来たことがあって。枯れた、上品な人。会頭がすごく、へりくだってた。その老人が帰り際にこう言ったの。——『エリスの娘が御用鑑定人か。……あの女の眼をそっくり、受け継いだのなら。同じ轍を踏ませぬよう、早めに手を打っておくのだな』って」
ノエリアの指先が、止まった。
エリス。母の、名を。モルガナ卿が、口にしていた。二十年前に母を消した男が今、その娘の名を口にしていた。
「……ありがとう、ペルラ」
ノエリアは頷いた。眼の奥に、硬い光を灯して。
「それは——とても、大事な証言ですわ」
「石ころ」という蔑称、わたくし、そう嫌いでもございませんのよ。値のつかない石など、この世にはございませんの。値をつけられる方が、そこにいなかっただけですわ。
それから、涙のこと。わたくしのぶんは、まだ取ってございます。二度きり、と決めておりますので。……あの子のぶんは、今日で足りましたでしょう。
次回、母のノートの読めなかった頁を開きます。ご一緒にめくってくださる方は、【ブックマーク】と【☆評価】を。




